一見本屋さんのように見えて、本屋さんよりも本屋さんのような美容室がある。髪を切るための座席を2200冊以上もの書籍が取り囲む、一見奇抜な美容室。
東京・下北沢。駅から徒歩数分の場所にある「文学堂美容室 retri(レトリ)」だ。
たまに、本屋さんと間違えて入って来る人もいるという美容室だが、現在オープンから7年目。様々なメディアでもその異質な佇まいを取り上げられ、人気を誇っている。
一体なぜこんな美容室ができてしまったのか?今回、オーナーの生田目泰孝さんにその真相を聞いた。
――本屋のような美容室が誕生したきっかけから教えてください
「以前は一般的な美容室で働き、店長も務めていたんですが、たまたまネットで起業相談のサービスを見つけたので、美容室の開業について教えてもらおうと相談しに行ったんです」
「その際に担当してくれた方から「ウリになるものがあるといい」と言われた時、『そういえば本が好きで本に紐付けた美容室ができるといいな』と伝えてみたところ、とても賛同してもらえて。それが全てのきっかけでした」
そもそも、独立を本気で考えていた訳ではなかったという生田目さん。しかし、ずっと好きだった本と美容師という仕事の組み合わせから、その先のイメージが膨らみ、未来のカタチが輪郭を帯びて見えてきたという。
「自分自身、本を読むことは気分転換になり、日常生活から一旦離れることができる時間になっていると思っていました。美容室も日常生活から少しだけ離れた時間かもしれないと思ったとき、本を読むということと近いものがあるのではないかという気がしたんです」
「また、独立前に勤めていたお店でも本の話が弾んで固定のお客様になってもらったり、本の内容から少し個人的な話題に会話が広がっていくこともあったので、本がお店のコンセプトになることは至極自然だったのかもしれません。何より、自分が本に囲まれたかったという思いも大きな要因の一つです」
そんな本屋のような美容室「retri」がオープンしたのは2018年。『今までなかった』というスタイルは一躍多くの人の心を魅了した。
「おかげさまで『他にない』と言っていただけることが多く、自分と同じように本に囲まれるということに喜びを感じてもらえることが嬉しかったのを覚えています。店のコンセプトや本の話題をきっかけにお客様と色々な話ができ、ヘアスタイルやお手入れについてもイメージしやすくなっているのではないかと思っています」
本屋のような美容室で読んで欲しい!本好き店主おすすめの3冊
文学堂美容室retriでお客さんを迎える本は小説やエッセイ、人文書から実用書、ノンフィクション、漫画や図録まで幅広いジャンルが揃っている。
生田目さん曰く「本だけ読みに来ることも貸し出しもOK」とのことだが、本を目当てに来られるお客さんも多いのだろうか?
「実際は髪を切りにいらっしゃるお客様がほとんどですが、本の話ができるということをより楽しみに来てくださる方もいらっしゃるので、もしかしたら気持ちとしては本が目当てという方も密かに多いかもしれません。本屋さんと思って入って来られた方も、美容室と知って面白がってくれる方が多いように感じます」
ちなみにお店は生田目さんお一人で切り盛りされているとか。他の美容師やお客さんを気にすることもなく、本を楽しみながらマンツーマンで髪型を整えてくれる点も嬉しいポイント。
そんな美容室を彩り、お客さんを楽しませている2200冊以上の本の中から、本好きな生田目さんにおすすめの本を教えていただいた。お店に伺う際は是非参考にして欲しい。
【おすすめ(1) 『スキサケ!』 問乃みさき/ 著】
「職場のハラスメントをテーマにミステリー要素もあって、お仕事小説として楽しめるお話です。恋する相手を脳が敵と判断して近づけない「好き避け」を患っている主人公のキャラクターやその周りの登場人物たちが魅力的です」
【おすすめ(2) 『踊れ!文芸部』 キタハラ/著】
「ヲタ芸に出会って変わっていく高校生たちの物語です。それぞれの過去や抱えている問題にぶつかっていく登場人物たちを応援したくなって、青春を讃える歌のような作品でした」
【おすすめ(3) 『台湾漫遊鉄道のふたり』 楊双子/著】
「1930年代の台湾が舞台で、様々な食べ物が出てきて台湾に行きたくなります。見る視点で変わってしまうような事柄はたくさんあって、人との関わりの中で見えてくるものがあるということを考えさせてくれる小説でした」