■連載/ヒット商品開発秘話
健康志向の高まりから市場が成長しているノンアルコールビールテイスト飲料。しかし味は本物のビールと比べると、進歩してきているとはいえ物足りなさを感じてしまうことがある。
そんなノンアルコールビールテイスト飲料で本格的なビールらしい味わいが堪能できるとして好評なのが、アサヒビールの『アサヒゼロ』である。
2024年4月に全国発売された『アサヒゼロ』は、独自のブリューゼロ製法でアルコール度数0.00%を実現しながら本格的なビールらしい味わいと飲み応えが楽しめるのが特徴。2023年10月から始まった近畿エリア(滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県)での先行販売を経て全国発売に至った。
全国発売は年間100万箱の販売目標を掲げて開始(1箱:大びん633ml×20本換算)。発売直後から売れ行き好調で、7月に120万箱、10月に150万箱と2回販売目標が上方修正されたほど。2024年12月末時点で172万箱を販売しており、再上方修正された販売目標を達成している。
2024年4月に全国発売されたノンアルコールビールテイスト飲料『アサヒゼロ』。近畿エリアでの先行発売を経て全国発売に至った。独自のブリューゼロ製法でビールからアルコール分を抜き、アルコール度数0.00%を実現。現在350ml缶と500ml缶の2種をラインアップしている(写真は350ml缶)
「本当にうまいものができた」と確信
「今から3年近く前のことになりますが、研究所から『おいしいノンアルコールビールテイスト飲料の試作品ができた』という提案を受けました」
開発の経緯をこのように振り返るのはマーケティング本部スマドリマーケティング部 次長の岡村知明氏。研究所が試作したノンアルコールビールテイスト飲料は月に1回実施される社内での提案会で発表され、この時試飲されたのが『アサヒゼロ』の原型だった。
アサヒビール
マーケティング本部スマドリマーケティング部
次長 岡村知明氏
試飲した提案会の参加者は誰もが、研究所がつくった試作品を高く評価。試作品をベースに急ピッチで商品化を進めることにした。この提案会に岡村氏は出席していなかったが、商品化決定後に見本缶を飲んだところ、おいしさに衝撃を受けた。その時の感想を次のように明かす。
「十数年ビール類のマーケティングに携わってきましたが、これまでのノンアルコールビールテイスト飲料はおいしいけれどビールとは味が違うと思っていました。しかし『アサヒゼロ』は『本当にうまいものができた』と驚きました」
ターゲットはノンアル否定派
同社にはノンアルコールビールテイスト飲料のトップブランド『アサヒドライゼロ』がある。『アサヒドライゼロ』はキレがありシャープで爽快感がある刺激的な味わいなのに対し、『アサヒゼロ』はコクがあり麦の味わいがしっかり感じられ本格感がある。
違いは味だけではなくターゲットや提供する情緒価値、価格などにも及ぶ。明確な差別化を図った。
ターゲットは『アサヒドライゼロ』がノンアルコールビールテイスト飲料の味わいに肯定的な人なのに対し、『アサヒゼロ』はノンアルコールビールテイスト飲料に対して否定的な人とした。
また、提供できる情緒価値は『アサヒドライゼロ』がスポーツ後に飲むといったアクティブで挑戦的な動的なもの。『アサヒスーパードライ』に近い世界観だ。これに対し『アサヒゼロ』は、こだわりが強く本物を知っているといった静的なもの。違いがわかる人に飲んでもらうべく落ち着いた世界観を提示することにした。
生産者価格については『アサヒドライゼロ』より『アサヒゼロ』を高く設定。ターゲットとしたノンアル否定派はビール好きで味にこだわり、おいしいビールが飲めるのであれば少しぐらい高くても抵抗を感じにくい傾向があることから、『アサヒドライゼロ』より少し高くても買ってもらえるという見立てをした。
脱アルを2回実施しアルコール度数0.00%を実現
生産者価格を『アサヒドライゼロ』よりも高くすることにしたのには、製造にコストがかかるからであった。独自のブリューゼロ製法で脱アル工程を2回実施するからだ。
脱アル工程は、同社が2021年6月に全国発売した微アルコールビールテイスト飲料『アサヒビアリー』の製造で初めて活用したもの。コク深いビールを醸造した後に脱アル工程でアルコールを除去し、アルコール度数0.5%の微アルコールビールテイスト飲料に仕上げている。
『アサヒゼロ』の製造で脱アル工程を2回実施するのは、2回実施しないとアルコール度数0.00%が実現できないからであった。岡村氏は次のように話す。
「日本市場で完全なノンアルコールを訴求するにはアルコール度数0.00%というスペックを満たさないといけません。これは脱アルコール工程を2回経ないと実現できませんでした」
近畿で支持されれば自信をもって全国展開できる
しかし同社はなぜ、『アサヒゼロ』を最初は近畿エリア限定で発売したのか?その理由を岡村氏は次のように明かす。
「商品には自信がありましたが、『アサヒドライゼロ』とのカニバリ(自社製品同士で売上を奪い合うこと。カニバリゼーション[共食い]の略)は気になるところです。そのため、まずはエリア限定で展開し様子を見ることにしました。近畿エリアにしたのは市場が大きいことと、他のエリアに比べて味覚のセンスに自信がある人の割合が比較的高いことがアンケート調査からわかったからです。近畿エリアで支持が得られれば、自信を持って全国展開することができます」
近畿エリア限定での先行発売では、懸念された『アサヒドライゼロ』とのカニバリはほとんど見られなかった。カニバリを抑え新規ユーザーを多く獲得できたことから、同エリアでのノンアルコールビールテイスト飲料におけるシェアが4位になったほど。ユーザーの反応も「これまでのノンアルとは全然違う」といった驚きの声が多かったこともあり、近畿エリア限定での先行発売から約2か月後に全国発売を決定した。
20%超が本物のビールと間違う
「ノンアル否定派の人たちは、ノンアルコールビールテイスト飲料のことに関してメーカーが言ったことは信じられないという意識が強いです」と岡村氏。購入のハードルが非常に高く、普通に「おいしものができました」と言っても信じてもらえないが、どうやってノンアル否定派の人たちに『アサヒゼロ』を手に取らせようとしたのだろうか?
同社が取り組んだのは、「そこまで言うなら本当にうまいかも。飲んでみるか」と思わせる挑戦的なコミュニケーションやプロモーションだった。例えば、サンプリングで配る試飲缶に挑戦状とも受け取れる次のようなメッセージを印字した。
#ZEROの衝撃
ノンアルコールをうまいと思ったことのないあなたへ。
ビールのうまさにこだわる人のAlc.0.00%
このメッセージが印字された試飲缶は現在も使われている。とにかく飲んでもらうため全国各地でサンプリングや試飲イベントを実施し、これまでに約80万缶が配られた。
販促でとくに重視したのがリアリティー。飲んだ人のリアルな反応や声を届けることにこだわった。テレビやウェブで流すCMでは一般の人が実際に飲んだ時の驚きのリアクションを伝えるようにし、ブランドサイトでも一般の人たちが試飲時に発した素の声を紹介している。
リアリティーを重視した最たる取り組みが、全国発売に合わせて福岡、東京、名古屋、広島でオープンした期間限定バー「ビール好きのビアスタンド」で実施されたイベント。名前を伏せた状態で『アサヒスーパードライ』『アサヒドライゼロ』『アサヒゼロ』の3種類を飲んでもらいどれが本物のビールかを当ててもらうブラインドテストを実施したところ、20%超が『アサヒゼロ』を本物のビールと間違えたほどだった。岡村氏は「挑戦的なイベントですが、リアルな場でこれまでのノンアルコールビールテイスト飲料とは次元が違うことを示せたと思います」と話す。
発売に合わせて全国4か所にオープンした期間限定バー「ビール好きのビアスタンド」(イメージ)
2024年10月にはそれまでの350ml缶に加えて500ml缶が発売され、現在好調に売れている。岡村氏によれば、2024年9月頃からノンアルコールビールテイスト飲料市場におけるシェアがよりアップするようになり、500ml缶の発売によりさらに伸びる流れになってきたという。
取材からわかった『アサヒゼロ』のヒット要因3
1.ビールの味のままアルコール度数0.00%を実現
本物のビールからアルコール分を抜くことで、ビールのおいしさを損なうことなくアルコール度数0.00%を実現。これまでに例のないつくり方により、従来のノンアルコールビールテイスト飲料では実感しづらい本格的なビール感が味わえるものができた。
2.強みを生かした世界観の構築
本格的なビールらしい味わいが楽しめることを生かす観点から、ターゲット、提供できる情緒価値、価格などブランドの根幹をなす部分を決定。ノンアルコールビールテイスト飲料のトップブランドである同社の『アサヒドライゼロ』とは世界観が異なり差別化できたことで、カニバリが抑えられた。
3.高い購入ハードルを乗り越えた
ターゲットは商品を手に取ってもらうことさえ非常に難しいノンアル否定派。あえて挑戦的なメッセージを印字した試飲缶を配布するなど「おいしそう」「飲んでみたい」と思わせるコミュニケーションやプロモーションに徹したことが奏功した。
発売当初は福島工場(福島県本宮市)でのみ製造していたが、現在は吹田工場(大阪府吹田市)でも製造しており商品供給体制を拡充している。ノンアル否定派を新たなユーザーとして獲得し需要が拡大しているが、味については好評な一方で、「後味に少し甘さを感じる」「もう少し飲み応えがほしい」といった声も聞かれるという。
飲む人も飲まない人もお互いが尊重し合える社会の実現を目指す「スマートドリンキング」を提唱している同社にとって、商品で多様な選択肢を提案するためにはノンアルコールビールテイスト飲料の継続的なおいしさ向上は避けて通れないところ。岡村氏も「もっとおいしさを追求していかなければならないと思っています」と話す。今後のブラッシュアップを期待したい。
ブランドサイト
https://www.asahibeer.co.jp/asahizero/
取材・文/大沢裕司