「低空経済圏」という言葉をご存じだろうか。
高度1000m以下、宇宙や飛行機が飛ぶ高度空域より低い空域で展開される経済活動のことである。近年、ドローン市場の発展に伴い注目を集めている新たな経済圏だ。
特に中国では、2023年には低空経済をバイオテクノロジーや次世代エネルギーと並び「戦略的新興産業」に位置付けており、法整備や企業支援を進めている。
一方、日本ではドローンに関する法整備や活用については年々進んでいるものの、中国ほどのスピード感は無いのが現状だ。
このままでは、日本の低空経済圏市場の発展が遅れてしまうかもしれないーー。今後の日本の新たな低空経済圏の活用のカギを握る3人のキーパーソンに話を聞いた。
山本 雄貴さん
株式会社ドローンショー・ジャパン 代表取締役
1983年石川県金沢市生まれ。東京工業大学卒業後、銀行勤務を経て起業。複数の会社で経営に携わりM&AやIPOを経験。「地方でスタートアップを立ち上げ、世界と戦いたい」という考えから、2020年に地元石川県で日本初のドローンショー企業となるドローンショー・ジャパンを設立。
金林 真さん
株式会社電通 メディアコンテンツトランスフォーメーション室
チーフテクニカルディレクター
電通入社後、社内で初のスマートフォンメディアの取扱を担当。仕事はテクニカル周りの担当が多く、映像伝送技術からVR空間のテクニカルディレクションまでさまざま。ずっとガジェットが好きで最初に買ったドローンは2013年にアメリカで購入したParrot AR.Drone。ずっとARやVRで空間に3Dを浮かべていましたが、リアルに立体物を浮かべるのも好きです。趣味はGaussian Splattingで3Dスキャン。
上野 敦史さん
株式会社電通 第16ビジネスプロデュース局 トランスフォーメーション・プロデュース部
電通ドローンプロジェクト代表 トランスフォーメーション・プロデューサー
電通入社後、ストラテジー、プロモーション、PR領域に従事。課題抽出から戦略策定、アウトプットまでの一気通貫したプランニング、制作実施までのプロマネを数多く経験。2016年より空域を活用したビジネスの可能性に着目し、本領域における事業拡張に従事。
ドローンはもはや「市場」ではなく「経済圏」になっている?
――最近、「低空経済圏」という言葉をよく耳にしますが、どのような意味なのでしょうか。
金林:一言で言ってしまえば、航空領域において、飛行機が航行するような高度空域(約1万メートル前後)ではない〝低空域領域での経済活動〟のことです。この領域で使われているのが主にドローンであるため、大まかにはドローンに関連するビジネスや産業のことを指していると考えてもらって大丈夫です。
上野:ドローンや空飛ぶクルマ(eVTOL)、AIなどの技術革新により、各地域や産業での活用が進み、さらなる成長が期待されています。
山本:ハード面(機体性能)やソフト面(制御技術)、さらには法整備など、ドローン関連は年々やれることが増えていますからね。それにともなって経済規模が大きくなるのは当然のことだと思います。
ただ、「低空経済圏」という言葉自体は、中国が産業として注力するために生み出したような側面もあります。〝市場〟ではなく、新たな〝経済圏〟だとアピールしているのだと思います。
――実際に中国は「低空経済圏」において、他の国々よりリードしているのですか。
上野:そうですね。ドローン技術の発展が軍事技術と密接に関係しているということもありますが、‶空飛ぶスマホ〟と言われるドローンです。半導体技術などでも最先端を走る中国はドローンの開発だけでなく、活用においても、実験的な取り組みをスピード感を持って行なっているのが特徴です。
金林:撮影用で使われているドローンもほとんどが中国製のドローンですよ。撮影に必要な機能はほぼ搭載されていますし、それを成し遂げるだけの精巧な技術力があるのは間違いないですね。
――「低空経済圏」のひとつ、ドローンのエンタメ活用において代表的なのがドローンショーだとは思うのですが、この分野においても中国と日本とでは大きな差が開いてしまっているのでしょうか。
金林:いや、技術自体は大きな差はありません。むしろ音楽や人との連動などの演出の繊細さにおいては日本の方がこだわっている位です。
山本:ただ、規模感で言うと中国に分があるのも事実です。
規模感のポイントになるのはドローンの数です。ドローンの数が多くなると、当然、空を占めるドローンの割合は多くなります。そうなると、ダイナミックで見栄えのいいドローンショーができますよね。
ドローンの数自体は中国も日本も同じだけの数を飛ばせる技術力はあるのですが、日本では安全面を考え、人の頭上にドローンを飛ばすことは難しいです。中国では人の頭上やビルの間などでもドローンの航行を行ないます。その結果、飛ばせるドローンの数も増え、ダイナミックなドローンショーを実現しているんです。
金林:差が付くのは法整備の差というわけですね。日本に比べて、中国は電波法をはじめとする法律面でも、リスクに寛容な印象を受けます。その分、事故が起こった際に「問題が起こりやすい」ということもできます。
日本はリスク回避的な側面があらゆる面で存在しているので、安全管理をしっかりと行なった上で、必要なところは適宜緩和をしていくといった形で低空経済を拡大していくことが良いと思います。
表現が広がるドローンショーと、その先の未来とは
――2013年、世界初のドローンショーがインテルによりロンドンのテムズ川上空で開催されました。この10年間でドローンショーもかなり進化しましたよね。
山本:表現の幅はかなり広がりましたね。一つのドローンが1ドットという原則は変わりませんが、昔はドローンショーのフレームレートも4FPS(=1秒間に4コマ)でしか表現できませんでしたが、今では30FPS(=1秒間に30コマ)と映像アニメーションに匹敵する表現ができます。LEDもRGBにようやくW(ホワイト)が追加され、より美しい白の表現ができるようになりましたね。
――ドローンショーは年間でどれくらい公演されているのですか?
山本:ドローンショージャパンだけで年間150公演ほどです。他の企業が開催するものも含めると、日本では年間200公演以上が行なわれています。
金林:電通とドローンショージャパンが手掛けたドローンショーの事例としては、2023年10月に実施したロート製薬さまの「目の愛護ショー」があります。
「目の愛護ショー」は、ショーでは「つかれた目を休めるためには、遠くを見ることが大切」というメッセージのもと、大阪の夜空を舞台にドローン300機による全長100メートルの巨大な目を描きました。
ドローンが描く「目」は視線を動かす演出を通じて、観覧者にも自然と目を動かす体験を提供し、目の健康に関心を促す新しいプロモーション効果をもたらしました。この視覚的インパクトとともに、目の健康を意識する実用的なメッセージが多くの観覧者の共感を呼び、メディア、SNSで大きな反響を得ました。
そのほか、大手テーマパークの新エリア開設前夜で行われたオープニング記念イベントでは、音楽とパフォーマーの動きと完全に同期したドローンショーを実施しました。ライブストリーミングでの生放送されたため、カメラドローンの動きともシンクロさせる必要があり、技術的に多くのハードルを乗り越えました。
また、観覧者が多くいるエリアでの実施ということもあり、通常よりも厳しい安全基準を自主策定し、万全の体制でドローンショーを実施可能なオペレーションフローを組みました。
さらに、クライアントさまが提供されている世界観を崩さないよう、独自のシミュレーターを開発し、実施前にどのレンズでどの角度から撮影すると希望する映像が作れるかをシミュレーションできるようにしました。
――ドローンショーの可能性として、他にどのような未来が考えられるのでしょうか。
山本:私たちはドローンにより〝空中のディスプレイ化〟が可能になったと捉えているんです。ドローンショーはそのディスプレイに映像を投影する一事例です。つまり、私たちの上空に広がる空間をメディアに変容させる力があるという点が、低空経済圏の肝だと思っています。
金林:空中をメディアと捉えることで、広告・マーケティングを担う電通が手伝えることが拡大しました。立体的で広大な空間を映像表現に使えるということは、人々にこれまで以上の感動体験を提供できる機会にもなります。
さらにはエンタメや広告だけでなく、例えば、災害時に緊急かつ不特定多数の人に情報を伝える手段にも活用できます。
大きな地震が起こった際に津波情報を街の全域に伝えないといけない、避難先をすぐにでも周知しないといけないといった状況において、ドローンを活用すれば、これまでの災害アナウンスといった聴覚情報だけでなく、視覚情報を加えることができる。
こういった可能性もドローンショーの先に広がっているんです。
上野:広告にしろ災害情報発信にしろ、こうした活用のためには「ドローンが飛ぶこと」が許容できる社会を作る必要があります。落下事故など、ドローンにはネガティブなニュースもあります。しかし、年々ドローンの安全性は向上しています。ドローンの安全性を感じてもらいながら、空を活用した新たな体験や価値をデザインすることが、いま私たちに求められていることだと認識しています。
山本:そのためのドローンショーです。ドローンのエンタメ活用が、人々がドローンを受け入れるきっかけになってくれればと思います。中国の後追いをするのではなく、日本なりの低空経済圏の形を創っていきたいですね。
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修