■連載/ヒット商品開発秘話
靴を履く時にしゃがむのは、高齢者などにはしんどい。立ったまま手を使わずスパッと簡単に履ければどれほど楽だろうか……。
手を使わず立ったまま簡単に脱ぎ履きできる靴として人気を博しているのが、チヨダが展開する「シュープラザ」「東京靴流通センター」などの靴店と同社公式オンラインショップで販売している『スパットシューズ』である。2022年3月に発売された『スパットシューズ』は、同社のプライベートブランド(PB)『セダークレスト』から登場。履く時はかかと部から足を滑り込ませるように入れるだけ。脱ぐ時も手を使わず立ったままできる。
メンズからスタートし、現在はレディース、キッズとアイテムを拡大。これまでにシリーズ累計200万足以上売れている。
2022年3月に発売された『スパットシューズ』。手を使わず立ったまま履くことができ、メンズ、レディース、キッズで商品を展開する。写真はメンズの売れ筋である品番CC-60770のオールブラックモデル
〝スパッ〟と履ける秘密は靴べらのようなかかと
『スパットシューズ』は生活者のニーズに応えるために開発された。開発に着手したのはいまから4年前。開発を担当した商品企画開発部 バイヤーの吉田博隆氏がPB商品の開発担当になってからであった。
簡単に履ける靴のニーズは以前から顕在化していた。ジッパーを使ったものやかかとを踏んで履くものを発売することで対応してきたが、手を使わずに履ける靴を望む声があった。吉田氏は次のように話す。
「PB商品は『日常生活を快適にする』をコンセプトに開発しているのですが、とくにお年寄りから手を使わずに履ける靴を要望する声が多く聞かれました。腰や膝の具合が悪く、しゃがむのがつらい人は、今までかかとを踏んでいたり、かかとがない靴を履いていたりしましたが、ホールド性が落ち安定感に欠けます。かかとがあってホールド性が良く、楽に履ける靴のニーズは高かったです」
市場にはすでに、手を使わず楽に履ける靴は存在していた。開発では先行して発売されていたものの特許に抵触しないよう、独自の工夫が求められることになった。
吉田氏が採用することにしたアイデアは、かかとを靴べらのような構造にするというシンプルなもの。開発に協力してくれることになった会社も同じようなことを考えていたことから、共同でつくることにした。
足に刺さらず靴の中に入れやすくするかかとの角度
アイデアはシンプルだがつくるのは簡単とはいかず、履きやすくするための細かい調整を繰り返した。とくにこだわったのは、かかとの角度。横から見るとわかるが、『スパットシューズ』のかかとはやや後ろに倒れ外側に張り出している。その理由を吉田氏は次のように話す。
「足を入れやすくするため、わざとかかとを外側に張り出すようにしました。かかとは一般的な靴よりも固くなるのですが、短かったり角度が急で立っていたりすると普通の靴と同じように履いた時に足に刺さってしまうんです。店舗には年配のお客様が多く来店されるので、お買い求めいただいた後に安心して使ってもらえるよう配慮しました」
『スパットシューズ』のかかと。足に刺さらず入れやすくするため、やや後方に倒れている
足を入れやすくし簡単かつ安心して履けるようにするには、かかとの角度、固さ、高さ、幅、靴べらに相当するパーツの素材、厚さと検討しなければならない項目が多い。靴べらに相当するパーツについては何かあった時に割れて刺さったり潰れたりしないよう、素材を慎重に吟味したほど。検証しては微調整を繰り返したので、試作をつくった回数は30回を超えた。
履きやすさだけではなく脱げにくくするホールド性も重視。脱げにくくするため、かかと周辺にパッドを配した。パッドは形状、位置、厚さが重要で、厚さについては場所ごとに変えてフィット感を高めている。
フィット感を高めるため、かかと周辺にパッドを配置。場所によっては2段で入れているところもある
難しいのは、靴は1足ごとにデザインが異なるのでパッドの厚さや形状、かかとの幅や外側への反り返り具合などを統一できないこと。靴ごとに一から検討してかかとやパッドの仕様を決めている。
圧倒的に多い「とにかく楽」の声
『スパットシューズ』はまず、メンズから展開が始まった。メンズの売れ行き好調を受けて2023年3月にレディースの販売を本格的に開始し、2024年3月にキッズの販売を始めた。色違いも含めるとこれまでに100アイテムは発売している。
2022年度は計画売上10万足に対し15万足、2023年度は計画売上50万足に対し75万足を販売。2024年度は当初計画売上の100万足をクリアしており、150万足と計画が上方修正されている。
現在の売れ筋は、メンズではオールブラックのスニーカータイプCC-60770(品番。以下同)や防水機能を持ったスニーカータイプCC-60862。レディースではスリッポンのCC-2506やコートタイプ(テニスなどコートでプレーするシューズを元にしたシューズ)のCC-2509、キッズは調整ベルト付きのコートタイプCC-3126やスニーカータイプのCC-3122が売れている。メンズはどのような服装にも合わせやすいシンプルなもの、レディースはオシャレに見えるものの支持が高いという。
メンズの売れ筋である品番CC-60862。写真のキャメルのほかネイビーの計2色で展開している
レディースの売れ筋である品番CC-2506。写真のネイビーのほかブラック、オーク、カーキの計4色で展開している
レディースの売れ筋である品番CC-2509。写真のシルバーのほかホワイト、ブラック、ピンクの計4色で展開している
キッズの売れ筋である品番CC-3126。写真のブラックのほかサックス、ホワイトの計3色で展開している
キッズの売れ筋である品番CC-3122。現在は写真のブラックを展開している
ユーザーの声で圧倒的に多いのは「とにかく楽」。その声を反映してか、一度購入するとリピートされる確率が高いそうだ。そのため、新作やシーズンものをコンスタントに発売し、リピート需要に応えるようにしている。マーケティング部プロモーション統括室 係長の天野恵介氏は次のように話す。
「肌感覚になりますが、リピート率は高いです。例えば春夏/秋冬の年2回買っていただけるお客様は本当に多いです」
チヨダ
商品企画開発部 バイヤー
吉田博隆氏(左)
マーケティング部プロモーション統括室 係長
天野恵介氏(右)
法人需要の開拓も進んでおり、2024年11月にはプロテクティブスニーカー(軽作業靴)CC-60890の販売を店舗で開始した。つま先を保護する鋼製先芯を内蔵しており、公益社団法人日本保安用品協会が定めた安全性や耐久性を満たしたことでJSAA B種の基準をクリアしている。
プロテクティブスニーカー(軽作業靴)CC-60890。写真のレッドのほかブラックの計2色で展開している
同社が展開する店舗でワーカーが作業時に履く靴を取り扱うのは珍しいが、プロテクティブスニーカーをつくることになった経緯を吉田氏は次のように明かす。
「『スパットシューズ』は一般のお客様向けに多くの需要がありますが、需要をさらに拡大していくに当たり注目したのがワーカーの作業靴です。引っ越し業者など仕事によっては靴を頻繁に脱ぎ履きすることがありますので、需要が見込めました。日本は地震をはじめとした災害が多いので、一般向けでも防災用の需要が期待できます」
プロテクティブスニーカーは2024年7月に同社の公式オンラインショップ『kutsu.com』と法人営業部で先行販売を実施。オリジナルモデルをつくったケースもある。
どんな靴かわかりやすく伝えられたテレビCM
店舗で他ブランドの靴も販売するので、購入につなげるには販促の工夫が欠かせない。ネーミングも販促の観点から決まった。天野氏は次のように話す。
「手を使わなくてもスムーズに履けることをわかりやすく伝えるものとして、『スパッ』という履いた時の実感を表した音を使うことにしました。商品名を決めるに当たっては、この靴がどういうものかが一発でわかるというわかりやすさを重視しました」
発売後は実際に履いてもらう体験会を全国全店で実施。靴をお試し用マットの上に置き、気軽に体験できるようにした。
体験会の様子。写真は2024年9月18日にアリオ北砂店(東京都江東区)で実施したイベント時のもの
手を使わず簡単に履けることを動作で示すことができるという点で有効だったのが、テレビCMの放映だった。天野氏はテレビCMの効果を次のように明かす。
「店頭で図示したPOPを掲示することよりも、履く動作をテレビCMで見せたり店頭でCMを流したりしたほうが、どんな靴かということが一発でわかってもらいやすいです。体験会とCMを絡め、テレビCMを見た人が店舗に足を運んで実際に体験してもらえるよう促すことができました」
テレビCMの放映は本格的なレディース発売開始直後のスタートダッシュにも貢献した。2023年3月、テレビCMで発売になったばかりにレディースを訴求したところ大きな反響を得た。
また、パブリシティにも注力。主に地方局中心に実際に体験する様子を取材してもらい、放送直後の来店客増につなげた。都心部ではJR東日本管内の電車内で放映する『トレインチャンネル』で動画を配信するなど、動画を積極的に活用した。
さらに、雑誌とのタイアップにも取り組んだ。女性誌やモノ系雑誌と定期的に実施しており、タイアップ記事の出稿や媒体専属インスタグラマーと一緒にInstagramで配信を行なうなどして認知拡大につなげた。