フレイル対策、今日行くところと今日すること、健康の見直し。そしてもう一つ、幸せなセカンドライフに不可欠なものとは? 高齢期の患者さん及び全国の多くの地域高齢住民とのやりとりを通して飯島勝矢先生(東京大学未来ビジョン研究センター教授、東大高齢社会総合研究機構(IOG)の機構長)が得た知見とは? セカンドステージの読者へのエールとともにお届けします。
前編はこちら
幸せなセカンドライフはフレイル予防から!東京大学未来ビジョン研究センター・飯島勝矢教授に聞く、豊かなシニア期を過ごすヒント
「フレイル」という言葉をよく耳にするようになりました。フレイルとは、もともと「か弱い、壊れやすい」という意味で、「加齢により心身が老い衰えている状態」を指します...
飯島先生のユニークなカルテ(1)ブログ風会話メモ
東京大学未来ビジョン研究センター教授であり、東大IOGの機構長も務める飯島勝矢先生が、訪問診療を行っていたときのエピソード。飯島先生のユニークなカルテは、看護師や介護スタッフの間で評判だったそうです。
「診療のカルテには、一般的には血圧や脈拍、血中酸素の数値などを記入します。でも、私は、そのような医学的な情報だけではなく、ご本人との雑談の内容をそのまま書くんです。たとえば、こんなふうに…」
――(飯島)このあたりでおいしいレストランはある?
――(患者さん)「かつきち」というトンカツ屋があるよ
――(飯島)え、「かつきち」? なんで、僕の学生時代のあだ名を知ってるの? 「かつきち」って呼ばれていたんだよね~。さてと、私と一緒のツーショット写真を撮って、電子カルテに載せておこうよ。だって、最後の写真になるかもしれないからね。冗談だけど・・・(笑)。
――(患者さん)はっ、はっ、はっ(笑)
まるでその場にいたかのように、やりとりの様子がよくわかるブログ風のカルテ。会話を通して患者さんの状態やそのときの心理状態など情報をよりよく共有できると、スタッフの間で好評なのもよくわかります。
「専門が循環器内科(特に心臓病)だったこともあり、若い頃は、臓器の管理にばかり注目してしまう医者でした。でも、患者さんとの会話を重視し、患者さんの生活を丸ごと見ることに注力するようになりました。シニアの患者さんの健康状態には、薬や検査の数値など以外の『何か』が大きく影響していることが、だんだん分かってきたからかもしれません」
飯島先生のユニークなカルテ(2)今月の俳句
現在、外来診療でも、患者さんとの会話を楽しむことを目指しているという飯島先生。娘さんが連れてくる80歳手前の患者さんに尋ねました。
「どういうふうに時間を過ごしているの?」
「もう外に出る勇気もなくなってきたので、家にいます…」
「何か、打ち込んでいる趣味はないの?」
口ごもる患者さん。すると、娘さんが言いました。
「お母さん、先生に言いなよ」
「教えて、教えて」
「実は、俳句が趣味で…」
その患者さんは、昔は雑誌や新聞に投稿したり、定期的に句会や会合にも参加したりしていたそうです。ところが、コロナ禍をきっかけに行かなくなり、閉じこもるようになってしまったとか。そこで飯島先生は、宿題を出しました。
「来月の外来診察までに、3句作ってきて。今までの句を流用するのはダメだよ。ちゃんと新作を披露してね」
すると、気合いが入ったのか、その患者さんは熱心に句を作り始めたそうです。娘さんから、「先生、母が変わりました。マイベスト3を先生に見せたいと句を詠んでいます」と報告があったのです。
飯島先生は、その句を「今月の俳句」としてカルテに記入。それがさらに刺激となり、すっかり気持ちの張りを取り戻したそうです。
「薬や手術など科学的な治療とは別に、患者さん自身の内なる力というか、その人らしさがシニア期を支える大きな力になると思います。特に、長い時間をかけて打ち込んできたことがある、夢中になれることがある人は、強いと思います」
幸せのカギは、「夢中になれるもの」と「自分の納得度」
「人間、年を取ると、若い頃のように体が動かなくなっていくのは当たり前。身体のあちこちにガタが来て、痛いということもあるでしょう。それでも、そのような状況を受け入れながらも、自分で取捨選択をして、自分の一日をそれなりにプランニングできる人は、目の輝き方が違います」
シニア期の幸せのカギは、夢中になれるものがあることという飯島先生。若い頃から続けてきた趣味や興味があったことに打ち込むもよし、セカンドステージに立って新たに始めた活動でもよし、今後、自分らしい一日を過ごすために欠かせないものを、今から準備しておきたいものです。
「人生100年時代とはいうものの、医者として、70代、80代で亡くなる人もいれば、足腰の身体機能は元気でも認知症になってしまう人、逆に頭はしっかりしているのに体が動かない人も見てきました。50~60代の人には、そのときどきの自分の状態と折り合いをつけつつ、上手に暮らしをデザインしていけるシニアになってほしいですね」
最後のアドバイスとして、飯島先生が大切にしてほしいと考えているのは「自分の納得度」。自分が選んだという主体的な気持ちがないと、周りの人や行政などのせいにして愚痴っぽくなってしまうケースが多いそうです。そして、飯島先生は、「どんな年齢でも、色々な意味でもう一段階段を上ることができるのです」と最後に強調されました。セカンドステージに立つということは、来し方行く末を考える分岐点にいるのかもしれません。1回きりの人生。幸い、時間はまだあります。飯島先生のアドバイスをもとに、じっくり考えてみませんか。
飯島勝矢
医学博士。東京大学高齢社会総合研究機構 機構長、未来ビジョン研究センター教授。専門は老年医学、総合老年学(ジェロントロジー)、健康増進~虚弱予防、地域包括ケア~在宅医療介護連携、医学教育。特にフレイル予防研究の第一人者であり、かつ住民主体活動の全国展開を手掛ける。
取材・文/ひだいますみ インタビュー撮影/横田紋子(小学館)