「フレイル」という言葉をよく耳にするようになりました。フレイルとは、もともと「か弱い、壊れやすい」という意味で、「加齢により心身が老い衰えている状態」を指します。健康な状態と介護が必要な状態の間にあるとも言えます。
現在、フレイル予防の普及活動に取り組み、東大IOG(高齢社会総合研究機構)の機構長を務める飯島勝矢先生(東京大学未来ビジョン研究センター教授)にお話を伺いました。豊かなシニア期を過ごすコツは、親の世代をサポートする際に役立つだけでなく、セカンドステージに立つ50~60代も積極的に「予習」しておきたい情報です。
フレイル予防は医学だけでなく総合的な視点が必要
人生100年時代、健康な状態を維持することは日々を幸せに過ごすうえで重要です。この「健康寿命」に影響するといわれるフレイルを予防するには、どうしたらよいのでしょうか。現在、東大病院で外来患者の診察に当たる一方で、自治体との協働による元気な高齢者で構成されたフレイルサポーターの養成などにも取り組む飯島勝矢先生(東京大学未来ビジョン研究センター教授)は、医学の領域だけではなく、経済や法律、まちづくり、福祉など、さまざまな角度から総合的に取り組むことが必要だと指摘します。
「フレイル予防は、ただ単に食事に気をつけたり、運動したりすればいいというものではありません。もちろん、個人としてそういうことに気をつけることは大切ですが、シニアの皆さんが健康的で充実した、楽しいシニア期を過ごすためには、もっと総合的な視点で暮らしをとらえ、社会のシステムを整えていく必要があります」
フレイル対策には、「栄養(食事と口腔機能)」「身体活動(運動や生活活動)」「社会参加」の3つがカギになります。それを踏まえて、飯島先生が機構長を務める東大IOG(高齢社会総合研究機構)では、超高齢社会に対し、産官学連携の活動、地域づくりやコミュニティづくり、専門家によるリサーチや提案など、さまざまな活動を進めています。
「3つの柱は、大いに関りがあります。たとえば、『社会参加』を軸について考えてみましょう。ボランティア活動や地域の活動、趣味の集まりなどに参加せず、家に引きこもった状態だと、外出の機会が減ります。外出しなければ、他者と挨拶したりおしゃべりしたりする機会や体を動かしたりする機会が減ります。体を動かさないと、あまりおなかが空かず、欠食したり栄養が偏ったりしてしまう……こんなふうに連鎖します」
すなわち、フレイル(虚弱)は、単に身体機能の低下した状態のことを指すのではなく、社会性も含めて複合的に絡み合い、いわゆる負の連鎖になって自立機能が落ちていってしまいます。よって、フレイル予防のために、まずは3つの柱を意識して生活を見直すことが大切なのです。
暮らしに必要な、きょういく(今日行くところ)と、きょうよう(今日用事がある)
「今日、私の外来診療が終わったら、これからどうするの?」
診療時、飯島先生は必ず患者さんにこう尋ねます。それは、返ってくる言葉や態度に、その人のシニアライフの実態が見えてくるからだとか。
「せっかく都心まで出てきたのだから、デパートに寄って買い物します」「お気に入りのお店でお昼ごはんを食べようと思っています」と答える人もいれば、「家に帰ってテレビを見るだけ」「特に何も予定はないですが…」と答える人もいるそうです。
「きちんと自分で予定を入れて、その日一日を楽しもうとしている人は、膝や腰が痛かったり、持病があったりしても、毎日が充実している人ですね。自分の暮らしを自分でデザインしているわけですから。今日行くところがあり、今日することがある(今日用事がある)のは、シニアにとって、とても大切なことです」
「今日、行くところ」と「今日すること」があれば、「どの服を着ていこうか」「天候はどうだろうか」と考えることになります。実際に出かければ運動になり、人と挨拶したり、話したりすることにもつながります。つまり、この2つはフレイルや認知症予防に直結しているのです。
「セカンドステージに入ったばかりの50~60代の皆さんはまだまだ忙しいし、体力も気力も充実しているから、『今日行くところ』や『今日すること』なんて、特別に意識しないかもしれません。でも、70歳、80歳、90歳…と、みんな年老いていきます。いくつになっても豊かに暮らせるように、ぜひ頭の片隅に置いておいてほしいですね」
ちなみに、たくさんの患者さんと接している飯島先生が憧れるのは、毎回、スリーピースのスーツを着こなして受診する90歳のおじいさんだとか。
「病院に来るのだから、自宅での部屋着にちょっと上着を羽織るレベルでも変ではないのに、あんなふうにビシッとスーツを着て受診されるのは、本当にかっこいい。素敵だなと思います。私も、あんなふうに年を取りたいですね」
自分のシニア期を想像しておくこと、いいお手本を見つけて参考にすること、暮らしをデザインする意識を持つこと…。セカンドステージのうちから、少しずつ準備しておけば、その後もきっと幸せを感じられるでしょう。
更年期は自分の健康について見直すチャンス
「予習」ばかりではありません。より快活なセカンドライフを過ごすためには、その一歩手前の時期、すなわち閉経や更年期障害などが起こりやすい時期の健康自己管理も非常に重要です。
更年期はイライラする、やる気がでない、不安感に襲われるなど、気持ちが乱れやすくなります。また、大量の汗をかく、重だるい感じがする、頭痛や肩こりに苦しむなど、身体的な不調に悩む人も多くいます。そうした心身ともにさまざまな変化が現れる時期だからこそ、飯島先生は、自分の健康について見直すチャンスだとアドバイスしているそうです。
「閉経後、女性ホルモンが大きく減少するため、骨粗しょう症になる女性が増えてきます。骨折して寝たきりになってはじめて『こんなはずではなかった』と嘆く患者さんも大勢見てきました。シニアだけでなく、幅広い世代の皆さんに自分の健康は自分で守るという意識を持ってほしいと願っています」
フレイル予防、今日行くところと今日すること、健康の見直し。そしてもう一つ、飯島先生は幸せなセカンドライフに欠かせないものがあると指摘します。果たして、それは何でしょうか? 後編に続きます。
飯島勝矢
医学博士。東京大学高齢社会総合研究機構 機構長、未来ビジョン研究センター教授。専門は老年医学、総合老年学(ジェロントロジー)、健康増進~虚弱予防、地域包括ケア~在宅医療介護連携、医学教育。特にフレイル予防研究の第一人者であり、かつ住民主体活動の全国展開を手掛ける。
取材・文/ひだいますみ インタビュー撮影/横田紋子(小学館)