生成AIの急速な進化によって、自動化され消失すると言われている業務が多くあります。加速する少子高齢化によって、人手不足から生成AIを業務に取り入れる企業も増えています。このままでは自分の仕事はAIにとってかわられるのでは? そんな不安への答えのひとつと言われているのが「リスキリング」。
日本初のリスキリングに特化した非営利団体を設立した後藤宗明さんは、リスキリングとは失業なき成長産業への労働移動、すなわち新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くことだと言います。
とはいえ、成長産業への労働移動は簡単なことではありません。働き手として必要とされるために何をいつ、どのように進めるべきなのか。将来の選択肢を増やすために、どう変わればよいのでしょう。
そこで、今回は後藤さんの著書『中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる』から、リスキリングの具体的な進め方をご紹介。技術も経験も持たない分野へ一足飛びに転職するのは難しいもの。目標へたどり着く方法を著者の実体験をもとに解説してくれます。
リスキリングの進め方
「リスキリングの目的は、失業なき成長産業への労働移動です」とご紹介しました。と同時に、そのような労働移動の機会が極めて少ないという現実もご紹介しました。特に新しく生まれている分野については、スキル習得機会が限られていること、募集数そのものが少ないことなどがあり、なかなか目標とする仕事に就けない場合もあります。
そのような現実をふまえたリスキリングの進め方を、私の実体験などもご紹介しながら考えていきます。
(1)まず類似スキルを活かす
ここで改めて強調したいのは、
「一度で目標の仕事にたどり着こうと考える必要はない」
ということです。成長産業への労働移動を目指すにあたっては、複数の業務や職種を経て、理想にたどり着くという発想で臨んでいただきたいのです。
将来就きたい仕事にスキルA、D、Eが必要だとします。現在の仕事でスキルA、B、Cを持っていますが、残念ながらスキルDとEの習得機会がないとします。その場合、いきなり就きたい仕事に就くチャンスを得るのはとても難しいと思います。そのため、まずはスキルAとスキルBが重なっていて、スキルDが経験できる「中継ぎ仕事(1)」に就くのです。こうした2つの仕事で必要となる共通のスキルA、Bのことを「類似スキル」と言います。中継ぎ仕事に就くことで、新たにスキルDを獲得するチャンスを得ることができます。当然、スキルDを獲得するために、リスキリングが必要となるのは言うまでもありません。
次に、同じように、類似スキルB、Dを活かして、スキルEが経験できる「中継ぎ仕事(2)」に就きます。ここでは、新たなスキルEを獲得するチャンスを得ることができます。そして、最終的に「中継ぎ仕事(1)(2)」で新たに獲得してきたスキルD、Eを活かして、就きたかった仕事にたどり着くことができるというわけです。
(2)窓口となるゲートウェイ・ジョブを起点に
新しく生まれている分野としては、例えば、今急激に必要性が増しているグリーン分野などは中継ぎ仕事の典型的な例です(グリーン分野とは、地球温暖化への対応を成長の機会として捉えた場合に見えてくる、あらゆる可能性(産業分野)を含みます)。
LinkedInが発行している「Global Green Skills Report 2023」では、ゲートウェイ・ジョブの重要性について述べられています。ゲートウェイは入り口・玄関という意味なので、この場合はグリーン分野の職業に将来就くために、その扉を開いてくれる仕事(中継ぎの役割を果たす仕事)のことを指しています。
特に、脱炭素化に向け、グリーン分野は重要性が急激に高まっているものの、まだ新しい職業が生まれている真っ只中で、多くの一般的な方が働けるほどの求人があるわけではありません。そのため現在、CSR推進部やサステナビリティ推進部などと呼ばれる企業の社会貢献活動を担う部署での職務がゲートウェイ・ジョブの役割を果たしているようです。サステナブル関連の仕事が最終ゴールではないものの、まずそこをステップとして経験を積むことで、グリーン分野やその関連のスキルを身につけ、将来的に最終目標となるグリーン分野の職業に就くことを目指すのです。
(3)私自身が志したAI分野にたどり着くまで
私自身、デジタル分野でのリスキリングで、まさにゲートウェイ・ジョブから目標の職業に就く経験をしました。新卒時代の金融機関での経験からフィンテック分野(AIなどの情報技術を活用した金融サービス)のスタートアップに誘われ入社しました。ところが、スタートアップでは金融システムを販売する仕事だったのに、システム関係の知識やスキルはゼロ。このときの仕事が、私がデジタル分野に関わり始めるゲートウェイになりました。一般的な金融分野での経験がこの場合、類似スキルになったのだと思います。今思えば、リスキリングの原点です。メインクライアントが通信会社だったため、ネットワーク関係の知識やスキルの基礎も身につけることができたのです。
この仕事が終わってから、43歳のときに人生で初めての転職活動をするのですが、100社以上で書類選考や面接が通らず、本当に苦しい思いをしました。その中で、自分を拾ってくれた会社が通信ベンチャーでした。通信会社をクライアントに持った偶然が功を奏し、このときの経験がまた類似スキルとなって、通信ベンチャーで働くことができるようになりました。
ちょうどこの頃、「技術的失業」という言葉を知って、労働の自動化を推し進めるAIに興味を持つようになりました。技術的失業を防ぐには、AI側の論理や知識を学び、経験を積まないといけないと思ったからです。しかし、当時の自分のデジタル分野での少ない経験からAI分野で働くということは非現実的でした。それならばと、自分の働く通信ベンチャーのサービスを大きくデジタル化する方針の中で、業務を通じて少しずつ近づいていこうと考えました。海外で開かれる最新のデジタル分野の国際会議や展示会に積極的に参加し、AI分野の最新事情の収集、ソフトウェアの導入を通じて、AI分野の第一線で活躍する方たちとのつながりができるようになりました。残念ながら、事業方針の食い違いからプロジェクトを完遂することはできませんでしたが、のちにこのときの経験が大きく活かせることになりました。AIの実務を経験することはできませんでしたが、リスキリングのプロセスという観点では、学習に関しては一定レベル進んだのではないかと思います。
通信ベンチャーの退職後も、また辛い現実が待っていました。苦しい転職活動が始まったのです。40代で専門性が低いという弱みから、来る日も来る日も、書類は通らず、面接も一次面接止まりでした。そんな中、人事分野とデジタル分野の両方を経験している人を探しているというコンサルティング会社を紹介してもらうことができました。ここでは、業務プロセスのデジタル化を行う仕事を担当することができ、今でいうデジタル・トランスフォーメーション(DX)の一端を経験しました。自分でも積極的に休暇を活用しながら、米国で開催される最新AI分野の国際会議に参加してネットワークづくり、AI分野の知識の習得をしていきました。
次に、こうした経験を活かして、クラウドサービスやソフトウェア分野での転職を試みましたが、やはり導入の実務経験や実績などがなかったため、面接までは進めても、内定まではもらうことができない状態が続きました。そんな中、AIスタートアップで働く後輩から、最新の海外のデジタル分野について話を聞きたいと依頼があり、役員も含むその会社の方々にお話ししたところ、「海外展開を積極的に進めているので、一緒に働きませんか?」とお誘いいただくことができたのです。正直に、「私はAI分野の実務はやったことがないのですが、大丈夫でしょうか」とお伝えしたら、「AIは最新分野なので、ほとんどの人が経験したことがない状態です。なので、入社してから頑張って学んでキャッチアップしてください」という答えが返ってきました。2019年のことです。AIの分野の仕事がしたいと志してから5年の歳月が過ぎていましたが、ようやくAI分野の仕事に就くことができたのです。
新型コロナウイルス感染症で海外進出プロジェクトが中止となり、約1年半程度の経験となってしまいましたが、AI分野の実務、特にソフトウェア分野の経験ができたことが大きな収穫でした。そして現在、自分自身の10年にわたるリスキリング経験と、AI分野の実務の経験を活かして、カナダで創業し現在は米国に本社を置くAIスタートアップ「Sky Hive Technolog ies」の日本進出事業を担当しています。
振り返って感じるのは、特定の職種の専門性を持たずに業界をまたぐ転職をしようとすると、40代以降は本当に難航するということです。私の場合は、特にソフトウェア分野の敷居をまたぐことが何より難しかったように思います。ただ、一つだけ皆さんにお伝えできることがあるとすると、数少ないチャンスを活かして、真剣にリスキリングを行うことができれば、複数の業務や職種を経て、自分の目標にたどり着く可能性を高められるということです。
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『中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる』
(朝日新聞出版)990円
著者・後藤 宗明
<著者>
文・後藤宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies 日本代表。
2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。いばらきリスキリング戦略アドバイザー。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける「リスキリング 」』。
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ