米国アポロ17号で人類が最後に月面に降り立った1972年から半世紀以上経ち、人類は再び、有人の月面着陸を目指しはじめている。かつてとは異なるのが、火星まで視野に入れていることだ。
地経学研究所 梅田耕太さん
2010年に防衛省へ入省。海外の軍事動向調査や軍備管理に関わる政策の取りまとめなどを担当し、2015年より現職。国内外の宇宙業界での政策動向・技術動向の調査分析や、戦略立案、日米宇宙協力の推進などを行なう。
資源確保や移住可能性の探求を目指す主な取り組みとして挙げられるのが、アルテミス計画とILRS計画だ。両者には世界経済における〝米中ハイテク覇権争い〟と似た構図が見え隠れする。
「米国は、宇宙探査計画の継続性を確保する思惑で様々な民間企業を宇宙開発に巻き込み、その企業からは『計画の安定』を求められています。中国は、短期的な政治的環境の変化が少なく、宇宙開発を粛々と進行中です」
そう話すのは宇宙開発事情に詳しい地経学研究所・客員研究員の梅田耕太さん。
「各々が体制を構築して宇宙開発を推進している中、地政学的な視点から対立構造にある両者は、月探査においても〝競争相手〟ではあるものの、必ずしも〝敵同士〟ではなく、相手を打ち負かすために宇宙開発をする関係ではありません。月や火星の探査をめぐっては、長いマラソンを走り続けるように、継続的に計画を進めていくことが重要です。日本は米国の中核的パートナーとして、居住用モジュールや月面ローバーの開発など、様々な役割を担っています。なお、1967年発効の宇宙条約によって、宇宙活動の骨子となる国際的なルールはありますが、月などでの新しい宇宙活動を行なうための具体的な運用ルールの整備は今後の課題です」
火星開拓も視野に入れた
アルテミス計画
アメリカ、日本、カナダ、欧州宇宙機構(ESA)ほか
2019年3月に立案され、同年5月に命名された、米国主導の宇宙探査プログラムの総称である。月にある水や鉱物資源の調査のほか、将来的な火星有人探査に向けた準備実験の場として、月の利用可能性を探っている。西側諸国や民間企業パートナーとの協業による複数のプログラムに分かれているが「重要なパーツ類の開発を自国に限定せず、パートナーに任せることも敬遠しない方針で米国は開発を進めています」(梅田さん)。例えば月周回軌道に設置する宇宙ステーション『ゲートウェイ』内の居住棟「I-HAB」はJAXAと欧州宇宙機関(ESA)が開発。宇宙服を脱いだ状態でも乗れる与圧式月面探査車『ルナクルーザー』は、JAXAとトヨタが手がけている。
[主なロードマップ]
2022年
無人の宇宙船を大型ロケットで打ち上げ月を周回して地球に帰還させる飛行試験を実施。
2025年
宇宙飛行士を乗せた宇宙船が月を周回する試験飛行を行なうことを目指す。
2026年
宇宙飛行士が月面に降り立つミッションを実施する予定。
世界初、月の裏側への着陸に成功!
ILRS計画
中国、ロシア、ベネズエラ、南アフリカ、アゼルバイジャン、パキスタン、エジプト、タイ ほか11か国
ILRSとは、2021年に中国とロシアが共同開発する合意をした「国際月面研究ステーション」のことで、2030年代の建設を目指している。ロシアをはじめ、南米やBRICS諸国が同計画に協力。2024年5月には月面土壌のサンプル持ち帰りを行なう無人探査機の打ち上げに成功した。「ロシア以外には宇宙開発力がなく、そのロシアも、ロシア・ウクライナ問題を発端とする資金不足で活動量が下火。中国もロシアの技術力には魅力を感じるものの、アテにはしていないようです」(梅田さん)。中国一強の体制で月探査計画を進めており、アルテミス計画と同様、将来的に火星を目指す可能性はある。
[主なロードマップ]
2020年
「嫦娥(じょうが)5号」で月の表側にあった岩石などのサンプルを地球に持ち帰る。
2024年
「嫦娥6号」が月の裏側からサンプルを採取し、地球に持ち帰る。
2030年まで
中国人宇宙飛行士による有人での月面着陸。
2035年まで
月面に科学実験や資源開発を行なう。
戦略的自律性を重んじ、独自に開発を進める
インド
インドは一応、米国陣営の「アルテミス合意」という宇宙開発の行動規範には署名しているものの「最終的には他国へ依存せずに自分たちで有人宇宙開発能力を持ちたいようです。宇宙の開発においては、戦略的に自主性を保つようにしているために、今後どんなスタンスに立つのかが、インドにとって重要でかつ興味深いです」(梅田さん)
潤沢な予算をもとに他国への生産を依頼
UAE
アルテミス計画に対して「ゲートウェイ」のエアロック機構を提供予定。中東の石油産出国で蓄えた富で「宇宙開発能力を持ちたい意思を示しているものの、技術力向上や人材育成には数十年単位で時間がかかるので、米国の研究機関に開発させたり、日本でロケットを打ち上げたりといった独自路線の取り組みをしています」(梅田さん)
月面計画の発展で見込まれる民間企業のビジネスチャンスは無限大!?
走破性と耐久性を高めた第2世代
月面開発がさらに進むことで需要が高まりそうなのが、タイヤメーカーのブリヂストンが開発している月面探査車用タイヤ。空気を使わず、激しい気温差や放射線にも耐えられる仕様だ。『ルナクルーザー』への採用も決定している。
「商業ビジネスがどこまで伸びるのかは未知数ですが、各計画が進む中で〝素地〟となる企業やプロジェクトが生まれる可能性はあります」(梅田さん)。例えば、月での居住施設が完成すれば、食料や水が必要。月環境での実験に必要な装置の調達も含め、様々なビジネスチャンスに期待がかかる。
取材・文/久我吉史
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