■連載/ヒット商品開発秘話
焼肉のたれは食感のない液体が定番。しかし現在、ザクザクとした食感が特徴の焼肉のたれが売れている。
それはエバラ食品工業が2024年2月に発売した『焼肉ザクだれ』シリーズ。ニンニクやタマネギなどの具材を香りの良いオイルと合わせ、香ばしくザクザクとした食感が楽しめる。焼いた肉にのせたり、液体の焼肉たれに加えて具材感を楽しんだりするほか、焼肉以外でも幅広く使うことができる。
現在、〈塩だれガーリック〉と〈旨辛ガーリック〉の2種をラインアップ。これまでの累計出荷数は100万個を超えている。
家庭で起きている焼肉離れ
開発のきっかけは2021年12月に研究部門から商品開発部に商品化の話が持ちかけられたこと。2022年3月頃から開発に着手したが、開発を担当した商品開発部商品開発一課 チーフの杉戸香織さんは次のように振り返る。
「『ザクザクした食感の具材と調味料が一体化したようなものがつくれるのだけれど、商品化に生かせないか』といった相談が研究部門から開発部門に持ちかけられました。相談を受けた時点では、何に活用するかまでは決まっていなかったです」
エバラ食品工業
商品開発部商品開発一課
チーフ
杉戸香織さん
焼肉のたれに応用することにしたのは、家庭での焼肉にはマンネリ化の傾向が見られたことと、焼肉のたれは長期的な視点から見るとダウントレンドと判断される商品であったからだ。杉戸さんは次のように話す。
「焼肉のたれは食卓登場頻度を示すTI値(1000食当たりのメニュー[もしくは材料、商品]出現数。TI=Table Index)がコロナ禍の内食需要拡大で上がったものの、外食への回帰もあり家庭で焼肉をする機会が減ってきています。家庭での焼肉離れが起こりつつあったことから焼肉をする頻度を上げることを会社としては長期的な目標にしていましたので、これをきっかけに家庭で焼肉をする回数を増やし、楽しんでもらうことを目指しました」
焼肉のたれには市場にザクザク食感のものが見当たらず、独自性を示しやすい。動画や音声コンテンツでASMR(聴覚や視覚への刺激によって得られる心地良さやゾクゾクする快感。Autonomous Sensory Meridian Response=自律的感覚絶頂反応の略)がトレンドになっていたこともあり、ザクザク食感を生かすことにした。
従来の焼肉のたれにはないザクザク食感が特徴の『焼肉ザクだれ』シリーズ。2024年2月に発売され、写真の塩だれガーリックを含む全2種を現在ラインアップしている。内容量は90グラム
安定した品質で量産するための課題
具材がザクザク食感を維持できる理由は、水分の少ない具材をオイル漬けにしているため。オイルに漬かっていることで水分の吸収を抑えている。具材にはフライドガーリックやローストガーリック、乾燥タマネギ、大豆由来のそぼろといった水分の少ないものを使うことにした。
研究部門から商品化の打診を受けて始まった開発なので、試作でのつくり方は確立されていた。とはいえ、問題なく量産できるかどうかは別の問題。工場の生産設備を使い、安定した品質で量産できるようにする必要がある。
量産化に当たり克服しなければならない課題の1つが、具材と調味料を均一に分散することだった。杉戸さんは次のように振り返る。
「具材に調味料をまとわせる工程で、調味料が具材に均一に分散せず具材同士がくっつき団子状態になってしまうこともありました」
液体であれば長年にわたり培ってきた知見を生かすことができるが、手がけた経験がほぼない具材主体のものなので、既存商品より工場での試験回数が多くなった。液体の量産試作は数回で済むことも多いが、細かい調整を繰り返すことになった。
発売が心配された過去の苦い経験
2023年3月に30~50代女性100人を対象としたモニター調査を実施。「家庭ではなかなか出せない味わいで魅力的」「子どもが野菜を肉で巻いてモリモリ食べてくれた」といったような高く評価する声が多く聞かれた。
モニター調査から好感触を得た同社は、中味の出来に自信を深めた。ただ、売場に置かれた時にこれが何者なのかがパッと見て理解できるようにすることが課題として残った。
この課題を解決するカギを握ったのが商品名だ。特徴である食感を生かすことから「ザクザク」を打ち出すことは最初からほぼ決まっていたが、問題は「焼肉」を打ち出すかどうかであった。焼肉のたれとして開発したのになぜ、商品名に「焼肉」を入れるかどうかで議論になったのか? その理由を杉戸さんは次のように話す。
「商品名に『焼肉』を入れてしまうと、用途を焼肉に限定してしまうイメージが強くなってしまうからです。入れないと何物かがわかりにくいという不安の声が強かったことと、『エバラ』と『焼肉』の2つを示すことで何に使う商品かのイメージがつきやすいことから、最終的に『焼肉』を入れることにしました」
こうした一方で、『焼肉ザクだれ』シリーズは過去の苦い経験から発売を心配する向きもあった。苦い経験とは、2011年2月に発売された『エバラ黄金の味 具だくさん』(以下、黄金の味 具だくさん)の失速。当時、食べるラー油が流行っていたことからメディアでは「食べる焼肉のたれ」と大々的に紹介されることもあった『黄金の味 具だくさん』は発売と同時にかなり売れたが、家庭での焼肉シーンに定着することができず、発売から数年で終売となった。
「『焼肉ザクだれ』を見た社員の中には、『黄金の味 具だくさん』のことを思い出す人がいました。2つは何が違うのかについても社内でよく聞かれました」と杉戸さん。『黄金の味 具だくさん』は刻みタマネギをメインの具材にしたシャキシャキとした具だくさんの焼肉のたれであり、味と食感をプラスできる『焼肉ザクだれ』とはまったくの別物だという。