ビジネスの場で「競争」という言葉は、「生き残り競争」や「シェア競争」など、さまざまな形で使われています。一般的な「競争」は、単純に勝ち負けを争うものですが、ビジネスにおける「競争」は少し違います。そのため、勝ち負けだけにこだわってしまうと、ビジネスが上手くいかないケースが多いのです。そこで、一般的な「競争」とビジネスでの「競争」の違いを解説しながら、ビジネスの競争を優位に進めるための「独自性」について、実例を踏まえて紹介します。
1. なぜ「独自性」が重要なのか
競争について考える上で、まずは格闘技の競争を思い浮かべてみてください。格闘技では、壮絶な試合の後に、勝者と敗者が決定します。野球やサッカーも同じで、勝者と敗者が明確になります。ところが、ビジネスの世界では、誰かが勝って、誰かが負ける、というシンプルな構図が成り立つかというと、そうではありません。むしろ、ビジネスにおける「競争」は、芸能や芸術の「競争」に近いのです。
たとえばJ-POPにおいて、”ユーミン”こと松任谷由実と、サザンオールスターズはどちらが勝っていて、どちらが負けているでしょうか?私は、この議論を行うことに意味がないと思います。ユーミンにはユーミンの良さ、サザンにはサザンの良さがあり、いずれも多くのファンがいます。つまり、それぞれに「独自性」を持っているのです。また、芸術においても、「キュビズム」で知られるピカソのファンもいれば、「ひまわり」などの油絵の名作で知られるゴッホのファンもいます。これらにおいても、どちらが勝者であるか、という議論は必要なく、むしろどちらも勝者である、と言ってしまってもよいでしょう。
このように、芸能や芸術の世界では、「独自性」があれば、勝者は複数生まれます。このことから、スポーツなどにおける「競争」と、芸能や芸術の「競争」は、スタイルがまったく違うと言えます。そして、ビジネスにおいての「競争」は、芸能や芸術のように「独自性」での勝負になるため、複数の勝者が生まれることになります。つまり、ビジネスにおいては、独自のターゲット・顧客に対して、独自の価値を提供し、他社との違いを生み出す、という「独自性」が一番重要な勝ち筋なのです。
2.実例から学ぶ「独自性」
H&Mを例にとってみましょう。H&Mは、「高価格のため、高級なブランド品を手にすることが出来ない人たち」に対して、「高級ブランド製品に似たものを低価格で提供する」というビジネスのコンセプトを持っています。低価格で製品を提供するには、コストダウンが必要となりますが、H&Mは、デザイナーを雇わないことによって、それを実現しています。
様々なフリーランスのデザイナーと契約し、デザイナーに世界中のファッションショーなどを見に行ってもらい、各々にデザインを描いてもらいます。それらを応募し、企業がその中から商品として適するものを選んでいくスタイルを取っています。また、輸送のコストに関しても、商品を船で運び、オンラインショップで販売することにより、世界中で製品を低価格にて提供することに成功しているのです。
また、アメリカでNo.1のレンタカー会社であるエンタープライズレンタカーは、顧客の大部分が保険会社と自動車整備工場で成り立っています。この会社では、「自動車を修理しなければいけない人」に対して、「修理の期間、代車を費用負担なしで修理工場から即日提供し、そのまま返却する。という”わずらわしさゼロ”のサービス」を提供しています。「レンタカー特約」という保険に入っていれば、「レンタカー特約」の利用範囲内で車を借りることが出来るので、顧客は多くの金銭を支払う必要はありません。また、店舗に関しては、特別派手なところに出店するというより、むしろ自動車整備工場の近くに出店しているケースが多いです。プロモーションの面でも、自動車整備工場と保険会社にPRすればよいので、そこまでコストがかかることもありません。
3.「独自性」を生み出すために
この二つの例から分かるように、ビジネスにおいて、ひとつの施策だけで強みを生み出すことは簡単なことではありません。しかし、「誰」に「どんな価値提供をするか」を明確にし、それを実現するために「どのような方法であれば、その価値を高めることができるか」…と、『掛け算』をしていくのです。H&Mの例であれば、「フリーのデザイナー」×「輸送コストの低減」×「オンライン販売」の掛け合わせで強みを強化しています。特定の顧客のニーズに答えるために、どのような掛け算をすればよいのか、それを逆算することにより、強み、すなわち「独自性」を生み出すことが可能になるのです。
『独自性を掛け算で作る』という方法を知っているだけでも、企業のみならず、企業の中の部門や、チームが他の会社と違う価値を提供できるというヒントになるのではないでしょうか。「独自性」こそが、利益の源泉であり、ビジネスを成功させる最も重要な視点のひとつであると考えます。
文/安東邦彦
あんどう・くにひこ。ブレインマークス株式会社 代表取締役。1970年大阪府生まれ。ITベンチャーの取締役を経て、2001年に中小企業向けのマーケティング支援を行う株式会社ブレインマークスを設立。世界的コンサルタント、マイケルE.ガーバーと出会って渡米し、「社長依存型の組織を脱却し、自走する組織をつくる」方法を学び、組織の再生に成功。その経験と米国メソッドをもとに社員30人以下の中小・ベンチャー企業に『社長が不在でも事業を拡大する仕組みづくり』を支援し続け、現在までに個別での支援した企業は約200社、主催する経営塾の卒業生は1000社を超える。https://www.brain-marks.com/