ある一定の収入を超えると負担が増え手取りが減る年収の金額を「年収の壁」という。その年収の壁については誤解も多い。今回、国会で議論されている年収の壁について詳しく解説する。
「年収の壁」には2つある
パート等の短時間労働で働いている人は、うまく調整すると、税金が発生せず、さらに配偶者の扶養に入っていれば社会保険料の負担をしなくて済む。短時間労働で家計を助けたいと考えて働いているのだから、さらに多く働くことで余計税金や社会保険料の負担が増えて手取りが減ってしまうことは望んでおらず、その負担が増える年収の前で働き控えが起きる。その年収の水準が年収の壁だ。
年収の壁は大きく分けると、税制上の壁と社会保険上の壁との2つがある。
税制上の壁は超えると、自分自身に税金が発生し、扶養に入れている配偶者側も配偶者控除の金額が減り、税金が増える。
一方、社会保険上の壁は、一定金額の年収を超えると勤め先の社会保険に加入しなければならず、社会保険料負担が増える、または配偶者の扶養から外れ、自分自身で社会保険料を負担しなければいけなくなる壁のことである。
それぞれの壁を詳しく見ていく。
国会で議論されている税制上の壁=「103万円の壁」
パートから得る所得は「給与所得」に分類される。給与所得には、給与所得控除といって実際にかかった必要経費と関係なく、金額ごとに定められた一定金額を収入から控除することができる。
給与所得控除は、収入金額が162.5万以下は一律55万円である。
そのため、収入が103万円の人は、103万円-55万円=48万円となり、給与所得は48万円となるのである。
最終的な所得は、上記のように所得を他の所得合わせて合計し、最後に基礎控除、他の控除(社会保険料控除、生命保険料控除、配偶者控除など。ただし、扶養に入っている人はこれらの控除は扶養者の控除に入れる方がよい。)を控除して課税所得が決まる。
基礎控除は、合計所得金額が2,400万円以下の人は一律48万円であるため、給与所得48万円からこの基礎控除を48万円控除すると課税所得がゼロとなり、所得税がかからない。そのため、給与所得控除額55万円+基礎控除額48万円=103万円以下で働くよう調整するのである。これが「103万円の壁」である。
103万円を超えていなければ、所得税は源泉徴収されたとしても、年末調整で還付される。
103万円を1円でも超えると、5%(所得金額195万円未満の場合)の所得税がかかる。例えば、2万円超えると2万円×5%=1,000円となる。時給1,000円で働いていれば、1時間分の労働となるのであるから、できるだけ超えたくないのである。
実は…年収103万円でも税金はかかる
年収103万円というのは、所得税がかかるかどうかの年収の壁である。
給与収入には、基本的に所得税と住民税がかかるのだが、住民税は所得税と基礎控除が異なることから、実は年収103万円でも住民税がかかっている。
住民税には、均等割と所得割がある。均等割は年収に関わらず(※)、道府県民税年額1,500円、市町村民税年額3,000円の合計5,000円課税される。一方、所得割は課税所得に一律10%(県4%、市6%)課税される。
※所得が一定金額以下、障がい、寡婦等で非課税になる規定はある。
所得税の基礎控除額は48万円だが、住民税は43万円である。したがって、年収103万円でも103万円-55万円(給与所得控除額)-43万円(基礎控除額)=5万円と課税所得は0にならず、均等割と所得割が課税されるのである。年収103万円でも均等割5,000円、所得割5万円×10%=5,000円の合計1万円の住民税が課税される。住民税は、前年分を翌年6月以降に毎月源泉徴収され、6月ごろに勤め先から通知される住民税決定通知書で確認できる。
一定の所得金額までは住民税の所得割の税率10%の方が、所得税の税率5%より高いのに、住民税の年収の壁はあまり気にせず、103万円の壁ばかりを気にするのは奇妙だ。
配偶者控除と配偶者特別控除の違い
一方で、税制上の壁には、配偶者控除のことだと考えている人もいるだろう。
配偶者控除とは、扶養している配偶者の課税所得を計算するときに、控除することができ、課税所得を減らすことができる。例えば、パートしている妻を扶養している会社員の夫が、配偶者控除することで、夫の税金を減らすことができる。なお、この控除を受けるにはその夫の合計所得金額(給与所得のみなら給与所得控除後の金額)が1,000万円以下である必要がある。
配偶者控除には、配偶者控除と配偶者特別控除がある。配偶者控除は合計所得金額が48万円以下、つまりパート収入なら103万円-55万円(給与所得控除額)=48万円以下と年収103万円以下で受けられる。配偶者控除額は合計所得金額が900万円以下で38万円、900万円超950万円以下で26万円、950万円超1,000万円以下なら13万円である。この控除は、所得が多いほど税率が上がる所得税の仕組から、年収が高い人ほど控除による減税効果が高い(合計所得金額900万円以下の場合)。
パート等をする妻の年収が103万円を超えたらどうなるか。直ちに扶養控除が受けられなくなるわけではなく、配偶者特別控除が受けられる。控除額は以下のように、年収が増えるごとにその控除額が減っていき、合計所得金額133万円以下、つまりパート収入なら約202万円になると受けられなくなる。
配偶者特別控除は、パート収入が103万円を超えても一気になくなってしまうわけではない。配偶者特別控除額は、配偶者の合計所得金額48万円超95万円以下までは配偶者控除と控除額は変わらない。したがって、103万円を超えても年収150万円(150万円-55万円=95万円の合計所得金額)までは控除額は減らない。配偶者控除については103万円の壁はない。
最も重要なのは社会保険の壁=「130万円の壁」
今国会で議論されているのは、冒頭述べた税制上の壁だ。
国民民主党が提案しているのは基礎控除額を現在の所得税48万円、住民税43万円から75万円に引き上げることである。そうすると103+27=年収130万円まで所得税と住民税がかからない。
基礎控除は、所得から基礎控除を控除した後、税率をかけて税金を計算することから、税率の高い所得が高い人ほど恩恵を受けてしまう。そのため、一定金額以下の所得の人のみに基礎控除の引き上げを検討している。
ただ、103万円の壁を超えたからといって急激に税金が増加するわけではなく、そもそも年収103万円の人は住民税を支払っているのである。
もっとも急激に手取りが減ってしまうのは、社会保険料の壁である。
社会保険は扶養者である会社員の保険に加入すると、被扶養者である配偶者は健康保険料、年金保険料を支払わなくて済む。この被扶養者になれる基準が130万円である。
この130万円を超えると、社会保険料を自己負担しなければならない。それは、税制上の壁を超えたときの比でなく大きく手取りが減る。また、130万円を超えてなくても、勤め先が従業員数51人以上であると、年収106万円以上(月額8.8万円以上)だとその勤め先の社会保険に加入しなければならない。勤め先の社会保険に加入することは悪いことばかりではない。社会保険料の半額は会社が負担してくれ、将来の受取年金額も増える。しかし、実際現在の家計の助けとなるために働いているのに、手取りが少なくなるのは納得いかないだろう。
なお、勤め先でパート・アルバイトでは社会保険に加入できない場合、130万円を超えると全額社会保険料が自己負担となってしまう。また、フリーランスや自営業の場合でも、社会保険は全額自己負担である。このような場合は、厚生年金ではないため、将来の受取年金額は増えず、扶養から外れたことでただ負担が増える。
今、将来の社会保険財政のために、加入要件を緩和することでパート・アルバイトの加入を増やしている。そのため、加入したくても加入できない人に対する加入要件緩和などの対応策や、130万円の壁をつくっている社会保険の扶養制度が本来は議論されるべきだ。税制の壁については、まずはもっと国民の理解を深め、さらに税制を複雑化させ、国の財政健全化を遠のかせるのはどうだろうか。
文/大堀貴子
「年収の壁」がなくなった時、もっと働きたいと思う人はどれくらいいる?
年収が一定の水準を超えると、社会保険料の負担が増え手取り収入が減ってしまういわゆる「年収の壁」が問題となる。 日本労働組合総連合会は、いわゆる“年収の壁”や年金...
年収130万円の壁は崩れるか?「国民年金第3号被保険者」制度に対する賛成派と反対派の割合は
会社員の配偶者(第2号被保険者)に扶養されている、年収130万円未満で20歳以上60歳未満の人は、自身で保険料負担をせずに基礎年金が受け取れる「国民年金第3号被...