デジタル化に伴うペーパーレスが進む昨今、印刷業界の市場規模は縮小傾向にある。これまで紙関連ビジネスをメインとしていた事業者は、新たなビジネスモデル開発が求められている。
すでに数多くの企業がデジタル化に取り組んでいる中、印刷業界に関連する事業者は、どのように既存事業とデジタルとを融合させるかが問われているところもある。
今回は、プリンター大手のエプソン販売と、印刷業界で確かな実績を重ねてきた共同印刷の2社の取り組みを紹介する。
1.紙に書く学習をこれからも絶やさない ~エプソン販売の試み~
エプソン販売は、セイコーエプソンの子会社であり、家庭や業務用プリンター機器や業務用プロジェクターなどエプソンブランドの製品の販売、マーケティング、プロモーションを行っている。
同社は顧客の購買行動が変化する中で、顧客の困りごとを起点とした新たなビジネスやサービスの開発に取り組んでいる。その中で生まれたものの一つが、2023年4月より正式販売開始となった、学習塾向けの遠隔学習支援サービス「StudyOne(スタディワン)」だ。
同社の新規ビジネス開発部(ビジネス・ディベロップメント)課長である水野知之氏は、次のように解説する。
「StudyOneは、学習塾の経営や塾向けの教材、システムを開発しているスタディラボ社との共創により、『塾と子ども部屋をつなぐ』というコンセプトのもと、塾向けに提供しています。塾に通っている生徒さんや保護者の方の『家での勉強がはかどらない、学習の習慣が身につかない』といった課題と、塾の『生徒が家に帰った後の学習サポートが手薄い』という双方の課題をサポートします」
StudyOneのサービス概要図 ※LMS:スタディラボ社の学習管理システム
「本サービスは、スタディラボの学習管理システムを通じ、あらかじめ生徒の自宅に設置されたネットワークにつながるプリンターに、塾から配信された宿題や小テストが、自動で印刷されるようになっています。生徒は授業の前後に、その宿題や小テストなどを紙で受け取り、まるで塾にいるかのように自宅で紙によって学びができます。小テストなどを解いた後はスキャンしてデータを塾に送信。塾側は採点して生徒へフィードバックを行うなど、紙を通じて学習支援を遠隔で完結させることが可能です」
もともと教育関連は得意としている領域だ。これまで学校や塾へ電子黒板(プロジェクター)やプリンターをはじめとしたさまざまな機器を提供し、顧客に対する価値を深掘りする中、こうした学びの場において、紙と教育には高い親和性があることがわかってきた。このような背景もあり、スタディラボ社と連携し本サービスの構想を進めていった。
「昨今の子どもたちの学びは、紙に書くスタイルと、デジタルデバイスを通じたスタイルの大きく2通りに分かれます。どちらが良い・悪いではなく、どちらも大事だと思っています。そのため、それぞれの長所を生かしていこうと考えました」
StudyOneで使用しているプリンター製品「EW-M634T」イメージ
「構想を進めていく中で、塾に関わる方々の見解として『本番である学校のテストや入試は現状、紙であるため、日ごろの学びでも紙が近くにあったほうがいい』という声もいただきました。また、教育評論家や脳科学を専門とする大学教授、脳科学者の方々に尋ねたところ、紙による学習は、デジタルを活用した学習と比べ、脳へ刺激があることから集中力や記憶への定着に優れていることが見えてきました。このような見解を踏まえ、脳の成長期である子どもたちに合ったものとして、紙を使った学習にこだわっています」
本サービスは、デジタル化が進む中で、解決しにくい紙による学びの課題を、プリンターの強みが解決している。いってみれば理想的な紙関連事業とデジタルとの融合の形といえそうだ。
「今後はさらに本サービスを普及していくとともに、その先には、生徒一人一人に合った、よりよい学習体験の実現につなげたいと考えています」
2.アナログな販促ツールにデジタル融合。より立体的な売場に! ~共同印刷の試み~
長年の印刷事業で培った技術力と実績を活かしつつ、昨今はDX戦略を打ち出すなど積極的にデジタルシフトに乗り出す共同印刷。
特に紙による店頭販促ツールの制作・供給に強みを持ってきたが、近年はデジタルサイネージを取り入れるなどして積極的にデジタル化を進めている。その具体的な取り組みの一つが、2020年9月に提供開始された配信型デジタルサイネージ一体什器「Digital Gondola®(デジタルゴンドラ)」だ。
「Digital Gondola(デジタルゴンドラ)」イメージ
販促什器とサイネージの画面が一体化しており、迫力ある販促映像が流れるそのすぐ手前位に商品を陳列できる。商品を引き立てるような映像の工夫により、売り場にありながら、まるでショーウィンドウのような魅力ある陳列が可能になる。サイネージに表示するコンテンツは、クラウドサーバを通じて遠隔より自由かつ手軽に変えることができる。
デジタルゴンドラを使えば、例えば化粧品売り場でブランドのイメージを映像で訴求しつつ、商品の特徴をわかりやすく訴求できる。一般的にはサイネージと陳列棚は距離があるものだが、同サービスであれば、商品が陳列されているその場で訴求ができることから、来店客に手に取ってもらいやすくなる。
同社のビジネスマーケティング部に所属し、オウンドメディア『HintClip』の編集長でもある杉山毅氏は、デジタルゴンドラのサービス提供背景について次のように話す。
「当社は、長年にわたり店頭販促の領域で紙によるPOPや什器の制作などを手がけてきましたが、デジタル化の波に乗るために新たな取り組みを始めました。紙ベースの販促ツールには限界があり、デジタルサイネージなどのデジタル技術を取り入れることで、より効果的で効率的な販促を実現できると考えました。デジタルゴンドラは、これまでの実績とデジタル技術を融合した新しいサービスであり、顧客の購買意欲を高めるとともに環境負荷も軽減することができます」
デジタルゴンドラを通じて店頭販促のデジタル化を進めたことで、各者はどのようなメリットが得られているのか。
「買い物客にとっては、映像・音響表現により、新しい顧客体験を得られます。また実物の商品とサイネージが近いことで、商品理解がスピーディです。
小売業の店舗にとっては、買い物客の注目を集めやすいことで売り上げに貢献します。クラウドサービスなので、セール情報や新商品情報のリアルタイムな更新が可能であり、小売業の人手不足の課題の解決につながると考えます。
メーカーにとっては、自社製品の売り場でのインパクトのある強調、設置・撤去などの業務負荷を軽減できます。また効果測定が容易であり、販促戦略の改善がしやすくなります。紙ベースの販促ツールの廃棄物を削減し、環境負荷を低減できるという環境面のメリットもあります」
デジタルゴンドラは「バーチャル販売員」にもなってくれる。什器の棚に試食提供物を設置しておき、サイネージではバーチャル販売員を映し出す。近寄ってきた来店客には試食してもらいつつ、接客もできる。
今後、同サービスはさらなる発展を目指しているという。
「今後もメーカーと小売業のよきパートナーであり続けるために、当サービスを進化させてまいります。具体的には、AIやビッグデータの活用によって、より効果的なコンテンツの配信や顧客の行動分析を行う仕組み、スマートフォンやSNSとの連携を強化し、顧客とのインタラクションを増やすことでより効果的な販促が実現できるようにすること、ユーザーフレンドリーな操作性やデザインの向上を図ることで、より使いやすいデジタルツールとしての地位を確立することなどを展望しています」
従来の紙によるPOPなどは、すでにサイネージに置き換わっている売り場は数多くある。しかし同サービスはそこからさらに一歩進み、アナログとデジタルの融合を図っている点が特徴的だ。それは従来の紙から始まった売り場作りを熟知する同社だからこそなしえたことなのかもしれない。
アナログからのデジタル化はますます加速しているが、ただ単にデジタル化をすれば良いわけではない。今回紹介した2社の事例は、アナログの良さや強みを活かしながら、新たなサービス展開を図っていくヒントとなりそうだ。
文/石原亜香利
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