監査や保証、税務や法務、コンサルティングの分野で社会や経営課題の解決を支援するプロフェッショナルグループであり、国内約30都市に約2万人のプロフェッショナルを抱えているデロイト トーマツ グループ。昨今、多くの企業がウェルビーイングに取り組む中で、デロイト トーマツでは「Diversity, Equity & Inclusion(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン※多様性、公平、包括)」という考え方に基づき、ダイバーシティ観点からのウェルビーイング施策を行っている。
デロイト トーマツのDiversity, Equity & Inclusion
デロイト トーマツの考えるDiversity, Equity & Inclusionは、一人ひとりが自分の価値が発揮でき、「ちがい」(多様性・ダイバーシティ)を強みにするべく、「エクイティ=『公平な手段・支援』を提供する」というもの。「公平な手段・支援」を提供することで、それぞれの「機会が平等になる(インクルージョン)」ように環境を整えている。「ジェンダー」「性的指向・性自認」「民族・文化」「能力・特性」「ライフスタイル」という5つの観点で特に「公平な手段・支援」を必要とする層に向けて、「しくみ」と「しかけ」を使って施策を実践している。(※詳しくは前編、中編を参照)
今回はデロイト トーマツ グループ合同会社・Diversity, Equity & Inclusionマネジャーの高畑有未さんと細江充さんにインタビュー(所属は24年10月時点)。後編では、デロイト トーマツが行うダイバーシティ/ウェルビーイング施策の中でも画期的な、卵子凍結等の生殖医療費用補助などを行う「性差/生殖医療・妊娠~育児関連施策」と、「ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者向け施策」を紹介する。
前編はこちら
デロイトトーマツが考えるウェルビーイング経営とは?エクイティで提供する「機会の平等」
昨今、人々が“より良い状態”で過ごす「ウェルビーイング」の考え方が広まりつつある。従業員の働き方や健康を考える「ウェルビーイング経営」を取り入れる企業も増えてい...
中編はこちら
「公平な手段・支援で多様性を強みに変える」デロイト トーマツが取り組むウェルビーイング経営のしくみとしかけ
働く人々が自分の価値を発揮できるよう、「ウェルビーイング経営」を取り入れる企業が増えている。監査や保証、税務や法務、コンサルティングの分野で社会や経営課題の解決...
男性向け不妊治療から更年期ケアまで デロイト トーマツの性差/生殖医療支援
Diversity, Equity & Inclusionマネジャーの細江充さんと高畑有未さん(左から)
DIME WELLBEING(以下・D):デロイト トーマツでは卵子凍結費用の補助や、DV被害者向け支援があるとお聞きしました。内容を教えてください。
細江さん(以下、細江):卵子凍結費用の補助は、「性差/生殖医療・妊娠~育児関連施策」のひとつです。不妊治療や卵子凍結などにかかる費用を補助します。また不妊治療が理由で勤務時間を短くしたりお休みを取ったりする必要が生じることもあるので、フレックス勤務や休業制度もあります。
D:時短勤務や長期間の育休を整えている企業はたくさんありますが、不妊治療からサポートするのは珍しいですね。実際にどれくらいの方が利用されているのでしょうか。
高畑さん(以下、高畑):センシティブな問題なので、外部のサービスプロバイダーと契約し、何人が実際に利用したかは詳しいところまで把握しないようにしていますが、サービスを使うために数百人以上が登録しています。不妊治療に関する制度はジェンダーを問わず利用できますし、パートナーと一緒に制度を使う人もいます。
細江:不妊治療関連のサポートだけでなく、「性差/生殖医療・妊娠~育児関連施策」としては、育児コンシェルジュの設営やベビーシッターの費用補助、マザーズルーム(授乳室)、生理や更年期に関する法定以上の休暇制度などもあります。また更年期は男性にもありますので、更年期に関する休暇はジェンダーを問わず利用できますし、時間単位でのお休みにも対応しています。
中でも育児コンシェルジュは好評です。育休から業務に復帰するうえで保育園の確保は重要ですが、子育て中で特に初めて“保活”をする人は、情報を探すこと自体が大変です。育児コンシェルジュは一人ひとりの悩みを聞いて、今求めている必要な情報を提供してくれるしくみです。
「個人の問題」を会社と線引きしない―コロナ禍きっかけで始まったDV被害者支援
D:DV被害者支援はなかなか他にはない制度だと思いますが、なぜこうした施策を思いついたのでしょうか。
高畑:DV被害者支援は2021年6月から始めた取り組みです。その当時何が起きていたかというと、「日本では4組に1組のカップルがDVの当事者」という衝撃的なデータが内閣府から発表されていました。DV増加の背景にはコロナ禍による在宅勤務の一般化があったとも言われています。
D:あの頃は在宅勤務が一気に広がりましたね。
高畑:当時、デロイト トーマツも在宅勤務に一斉に切り替えました。ダイバーシティの観点からいうと、「いろんな人が働きやすくなって良かった」と私自身も思っていたのですが、在宅勤務をひとつの契機として、日本におけるDVの相談件数が1.6倍に倍増していたのです。
在宅勤務を推奨しその環境を整備することで、「間接的にDVの被害拡大に企業として関与してしまっているのでは」と気づきました。
D:会社として「働きやすさ」を考えて導入した在宅勤務が、社会全体でDV被害増加の要因になってしまったと。
高畑:「会社として何かをしなければ」と考えました。DVは生殖医療と同じか、それ以上にセンシティブで表層化しづらい課題でもあります。
しかしコロナ禍を通して、これまで別々だった「ワーク」と「パーソナル」な部分が重なり合うようになりました。その重なり合う部分が広がっていく中で、「これはあなたのパーソナルな問題です」と、会社が線引きしないようにする考え方に転換していきました。
家庭の問題に関しても、「社員やメンバーの心身の安全にかかわり、かつ仕事でパフォーマンスを出せない要因になり得るのであれば会社として何かするべき」と、考え方をシフトさせたのです。
D:個人的な問題でも、社員の安全確保や価値発揮に繋がることには入っていくのですね。
デロイト トーマツの「ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者向け施策」
高畑:そこは社内での「しくみ」と「しかけ」をすごく考えて、被害者向けの施策を導入しました。DVは一歩対策を間違えると命に関わるので、「しくみ」の部分では慎重に、
実績のある専門の支援団体と業務委託の契約を締結して対応いただいています。
緊急避難のためのシェルターも全国100か所以上に用意していただいていますが、徹底した安全確保の観点から場所は明かされておらず、私もどこにあるのかは知りません。また日本語が母国語ではないメンバーもいますので、相談窓口は10か国語以上の言語に対応いただいています。
D:被害者を守るために徹底していますね。
高畑:例えば被害届を出すために警察署へ行く際や、離婚調停で裁判所へ行く時も、被害者は加害者に会うのが怖いですよね。この制度を使えば、相談員の方に同行してもらえます。もちろん費用は会社が負担します。この制度を実際に使えるようにするための「しくみ」として、DVを含む犯罪被害にあったメンバーが利用できる「特別休暇制度」も導入しています。
D:確かに、サポートを利用したくても会社が休みづらければ、対応が遅くなってしまいます。
高畑:そうですね。「DV被害支援制度を使ったことがバレないか」「そもそも使っていいのか」と迷っているメンバーもいると思います。そこは「しかけ」の工夫として、年に1~2回は全社対象の社内啓発勉強会を開催しています。23年は、実際にDV被害にあっていた社員が自ら登壇し、「会社としてDV被害支援の施策があることの意義」や「被害にあっていた時にいかに仕事に集中できなかったか」などを話してくれました。体験者の話によって、ほかのメンバーもDV被害に対する認識の解像度があがったと思います。
制度が導入された21年度以降、実際に制度を利用した社員は複数います。でも、被害にあったことがない人や、パートナーがいない人は「自分事化」しづらい。社会課題として「DV問題が存在している」ことは知っていても、遠いところで起こっている課題と思いがちです。
でも勉強会を通して、「一緒に仕事をしている仲間が実は過去に深刻なDV被害にあっていた」と知り、「傍観者」でなく「支援者にならなければ」と気持ちに変化が出てきたという声が複数寄せられました。また、「実は自分が苦しんでいたことはDVだったのか」と自身の状況に気づいた人もいます。制度を利用するか悩んでいた人が、「制度を使って生活を再建したい」と思うようになったという声も寄せられました。反響が大きい取り組みです。
D:仕事を辞めることなく、在籍しながら対策ができるのは画期的ですね。
高畑:被害者向け施策を導入した背景として、「DVを理由に離職させない」という目的がありました。DVから脱却して生活再建をする上で一番大事なのは「経済的に自立していること」だからです。本人も「仕事を辞めたくない」と思っていて、会社としても社員に離職してほしくない。両方にとって一番重要なことは、「会社を辞めずにすむこと」です。一旦生活を再建して、また仕事復帰してもらうことが会社として支援する意義でもあります。その前提を置いたことで、経営層もこの施策にすぐGOを出してくれました。
D: これまでお話を伺って、ジェンダーやライフスタイルなどさまざまな領域で先進的な改革をされています。そのアイデアはどこから浮かんでくるのでしょうか。
高畑:私たちは、「社会の課題は会社の課題でもある」と考えています。つまり、「社会で起きていることは、会社でも起きている」と。デロイト トーマツには約2万人の社員がいるので、社会の縮図だと思っています。DV対策の取り組みも、社会課題として深刻になっていると報道で見た時に、「会社でもこの課題があるだろうな」と思いました。卵子凍結や不妊治療も、男性育休も、社会問題として目にした時に、「会社でも起こっている」と考えました。
細江:仮説として「社会で起きているから会社で起きているだろう」と考え、社内でヒアリングをします。話を聞いて、「問題がある」と確認できたら、すぐに具体的な取り組みに落としていくという流れです。
D:すでにさまざまな施策をされていますが、今後はどういったことをしていきたいですか。
細江:現在の「しくみ」や「しかけ」は、すでに顕在化している大きな課題に対応している取り組みです。そのため、「今は見えていないけど、課題があるかも」というところに焦点は移っていきます。正直なところ、まだ見えてないところもたくさんあると思います。「しくみ」も「しかけ」も一定数作ったけれど、まだ完成したわけではありません。新しい課題が出てきたらフィードバックして、継続して対応していく。永久に完成しないというか、作り続けていく形になると思います。
デロイト トーマツが実践するDiversity, Equity & Inclusion。今度も新たな課題に対してさまざまな取り組みが続けられていくだろう。
取材・文/コティマム