テレビとラジオは使う筋肉=脳が違う
赤江 今年から玉川さんはラジオの仕事をスタートされましたね。どうですか?
玉川 すごく楽しいです! 選曲を考えるのも含めて、とても自由だし。すでに僕にとっては〝オアシス〟になっています。テレビとは使う筋肉=脳が違う気がするし、基本的にテレビでやっていることはやらないようにしています。
赤江 テレビは分業制で、レストランに例えるとアナウンサーは〝最後に料理を出して説明する人〟。ラジオは、食材の調達から自分でやる小料理店の店主みたいなもの。私もラジオの経験ゼロで、いきなり50mのプールに投げ込まれたような感じで。軌道に乗るまでもがき続け、泳ぐ力が身に付いていきました。
玉川 『赤江珠緒たまむすび』は日本武道館でのイベントまで行なわれた超人気番組でしたよね。ラジオの仕事をしている中、いまだに同番組がいかに伝説的だったのか話を聞くことがあります。当時赤江さんはパーソナリティーとしてどんなことを目標にしていましたか?
赤江 途中のお休みを挟んで、約10年担当しましたが、いまだに何が良かったのか、自分ではよくわからないんです。担当した当初は訳もわからず「私のこんな、おバカな話を聞いていただけます?」という感じで(笑)、内心ではビクビクしながら話していました。ただ、ちゃんと反応が即座に返ってくる、聴いていてくれている人がいるってことは、とてもありがたいな〜と思っていました。
スタッフの信頼を得て身近な人の幸せを第一に考える
玉川 数字(聴取率)が取れたのは、どんな理由があったと思いますか?
赤江 今までにやっていないことでいえば、朝日放送とは全く違う社風でスタッフの人数が何倍も多いテレビ朝日で、経験したことのない全国放送の司会を『スーパーモーニング』で任された時も同じ境遇だったと思います。私自身に何が求められているのかわからず、まずは一緒に働く周りのスタッフの信頼を勝ち得ることを、ひとつの目標にしました。はるか先の「沖まで泳げ」って言われたら途方に暮れますが「25m先が目標」なら「頑張ったら泳げそう」だし。
玉川 赤江さんの仕事に対する姿勢が、とてもわかる話だと思います。
赤江 身近な人をどうしたら幸せにするかを必死で考え、私が司会でいいと思ってもらえるにはどうすればいいか。表に出て話す立場として、番組を台なしにしないように必死でした。そのことが結果として良かったのかもしれません。
玉川 だから当初から大きすぎる目標を立てず、数字(聴取率)についてはあまり気にしなかったというわけですね。
赤江 それよりもっと手前の段階で、隣に座っている作家さんやプロデューサーが「今日はいいかも」と思ってもらえるようにどうするかを考えていました。大谷翔平選手が実践している9マスのシートじゃないけど、真ん中に定めた「視聴率&聴取率を取る」という目標を、いきなり達成しようと思っても、なかなかできることではありませんから。
玉川 小さな目標を立ててクリアしていくやり方は、すべての仕事に共通することでしょうね。商品開発でも、いきなり「売れるものを作れ!」と言われても困ります。遠くの目標ではなく、既存の商品の中からひとつずつ「こういう要素があればいい」という点をピックアップし、積み上げていく。そのうえで好きな仕事や商品だったら、もっと力を発揮できるでしょうし。赤江さんもアナウンサーという仕事において、自分の好きなことにつながっていて、実力を発揮できたことがあったのではないでしょうか?
赤江 私は文字フェチで、活字が大好き。アナウンサーはいつも膨大な資料や文章を事前に読む必要がありますが、全く苦になりません。その点は、アナウンサーの仕事に就けてとても良かったと。「もっと資料を読みたい」といつも思います。仕事では相手が期待している以上の、プラスアルファの部分をたくさんお返しする努力が必要になってくる。それが嫌いな分野だと、やはりつらいでしょうね。
玉川 楽しそうに仕事していても、見えない部分の苦労は誰にでもありますよね。僕もディレクター時代、毎週徹夜で編集するのは、肉体的につらかった。
赤江 本当のプロは、玉川さんのようにスマートに仕事をしているように見えるもの。でも、必ずその裏があります。私も昔、グルメのリポートを「楽しそうでいいね」と言われましたが、1日にお菓子ばかり何十個も食べるのはとても大変。それに楽にしゃべっているように見えて、仕事と日常生活のおしゃべりは全く違う。カメラが回っている時は〝商品になる〟話をしなければいけない。発言するコメントの内容を脳裏でふるいにかけ、計算しながら発言しています。
玉川 裏も取らないといけないし、間違えてもいけないし。いろいろ大変なのに、アナウンサーを続けてきた理由は?
赤江 仕事を続けていれば、自分が変わっていく。できなかったことができるようになっていくおもしろさがあります。すべて自分次第で、まるで修業やゲームのような醍醐味が楽しいからこそ、続けてこられたのかもしれません。
玉川 成功の定義は人によって様々ですが、赤江さんはアナウンサーとして成功したひとりだと僕は感じています。
赤江 成功?しているかな……。ずっと続けているという意味ではそうかもしれません。仕事は自分がイキイキ生きるための手段のひとつだと感じています。
玉川 以前は急に「植木職人になりたい」と言い出したこともありましたし、赤江さんは職業に対するこだわりがないように思います。
赤江 仕事を続けること自体を目標にせず「私なりに生きていく」という気持ちはなくしたくないし、いつでも辞める自由や気概を手放したくはないですね。
達成方法がわからない大きな目標を実現するための赤江さん流の視点
表の中央には、できるだけ実現しやすい目標を据えること。そのうえで、まずはハードルの低い身近な課題をクリアすることを目指す。最初の目標がクリアできたら、表の中央にはもう少しだけ高い目標に設定し直す……。こうした行動を繰り返しているうちに、より高い目標に到達できるというわけだ。
【今回のまとめ】
赤江さんはアナウンサーの仕事だけでなく、スタッフとの関係や彼らの幸せを大事にしてきました。そうした努力を一生懸命にしたからこそ、自分にも幸運が来るんです。優雅に水面を動いている白鳥が水面下で必死に脚を動かす姿と、赤江さんが重なります。
僕の場合、視聴率や聴取率を目標にして「狙わないと取れない」と思っていました。でも最近は「それが間違いかも」と感じることもあります。数字ではなく、他人の幸せのために努力してきた赤江さんのラジオ番組は、2013年には聴取率1位、翌年にはギャラクシー賞を受賞しました。いまだに〝たまちゃん〟と愛され、再登場を期待される人はほかにはいません。
取材・文/柿川鮎子 撮影/湯浅立志(Y2) スタイリング/入江未悠(リンクス) ヘアメイク/東上床弓子