帝国データバンクは、2023年におけるアニメ制作業界の市場規模が前年比22.9%増の3390億円となり、初の3000億円を超えたことを明らかにしました(「アニメ制作市場」動向調査2024」)。
テレビシリーズや動画配信、劇場公開作品とアニメ制作業界は好調。しかし、制作スタジオに十分な予算が行き渡らず、人材が疲弊するという問題点は依然として横たわっています。
データから、アニメ制作業界を分析していきたいと思います。
市場規模が過去最高でも制作会社単体の3割赤字は変わらず
2024年は豊作に恵まれました。2月16日公開の『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』は興行収入が115億円を突破。4月12日に公開された『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』は150億円を超えて邦画史上10本目の快挙を達成。配給する東宝は両作のヒットを受け、通期の営業収入を従来予想よりも6.1%高い2970億円に引き上げる上方修正を行っています。
1月26日公開の『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』は50億円を突破しました。この作品は、松竹が年度内に公開した映画の中でトップに立っています。
エイベックスによる劇場映画『ルックバック』は、異例のロングラン上映を続けて興行収入は20億円を超えました。
『怪獣8号』や『ガールズバンドクライ』、『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』、『負けヒロインが多すぎる!』、『チ。―地球の運動について―』、『ダンダダン』など、テレビや動画配信のアニメシリーズも人気化しています。
2024年も昨年と引き続いてアニメ市場は活況。映画の配給会社やテレビ局、制作会社は人気IPの創出に力を入れており、アニメ市場の中長期的な成長にも期待ができそう。
一方で業界特有の問題点も顕在化しています。帝国データバンクは、制作会社の業績動向も調査しています。その中で、2023年が赤字であると回答した制作会社は全体の32.3%。減益が20.5%でした。この数字は2022年も変わっていません。つまり、市場規模が過去最高にまで膨らんでいるにも関わらず、制作会社は大して恩恵を受けていないことを示唆しているのです。
日本人の平均年収よりも低いアニメーターの報酬
国連は日本のアニメ産業について労働搾取の問題が残っていると指摘しました。これは2024年5月に発表した調査報告書で、アニメーターの低賃金、過度な長期労働、不公正な請負関係などを問題視したもの。搾取されやすい環境が作り出されていると結論付けています。
日本アニメーター・演出協会が行った「アニメーション制作者実態調査2023」によると、アニメーターの年収の平均値は455万円。中央値でも422万円。日本人の平均年収は458万円で、平均よりも低いことがわかります。
アニメーターの1ヶ月の平均作業時間は198.3時間。最頻値は200時間だったといいます。
労働基準法では、休憩時間を除く1日8時間、週40時間を法定労働時間とし、それ以上労働させてはいけないと定めています。
これを月の労働時間に換算すると173時間。アニメーターは低賃金で長時間働いているのは間違いなさそう。なお、労働基準法を超えた時間働いているのは、フリーランスなどとして活動する人が多いためでしょう。
搾取が生まれる背景に、製作委員会方式とやりがい搾取が起こりやすい業界構造、そして人手不足という3つの要因が大きく関わっていると言えるでしょう。
第1四半期は2期連続で黒字化ならず
アニメ制作会社の窮状と、製作委員会方式のメリットとデメリットを体現する会社があります。『SPY×FAMILY』などの人気シリーズを手がけるIGポートです。
この会社はアニメの制作を手掛けつつ、製作委員会に出資もしています。中小の制作会社は製作委員会に出資するほどの資金力を持ち合わせていません。制作会社の中でも珍しい上場企業であるIGポートならではの事業展開だと言えます。
同社の2024年6-8月の映像制作事業は3億9400万円の営業損失(前年同期間も900万円の営業損失)でした。一方、製作委員会で出資した収益分配による版権事業は前年同期間の3.7倍となる7億4400万円の営業利益を出しています。
アニメ制作事業は昨年に引き続いて利益が出ていません。赤字幅が広がっているのは、制作期間の長期化やCG制作費、外注費高騰によるもの。アニメ作品は高品質なものが多くなっていますが、それもこれも職人気質のアニメーターに支えられているため。良質なものを提供するために制作期間は長期化してCG制作費は嵩み、それに伴って外注費も上がってしまうということでしょう。
ここがやりがい搾取という問題点に繋がります。IGポートは版権事業で利益が出せるが故に安定的な経営を行っていますが、中小の制作会社はそうはいきません。帝国データバンクの調査で全体の3割が赤字なのも納得できるでしょう。
そして、制作予算に見合わない高品質な作品に仕上げるため、アニメーターの長時間労働が慢性化し、賃金も上がらないというジレンマに陥っているのです。そこに人手不足が加わり、優秀なアニメーターは過度な仕事量をこなす必要が出てきます。制作現場が疲弊しているのはこのためです。
当たり外れが大きいという製作委員会方式の問題点
IGポートの版権事業は、制作に携わった『君に届け』『ハイキュー!!』『怪獣8号』『進撃の巨人』『SPY × FAMILY』などの収益分配を得たために、大幅な増益となりました。
ただし、製作委員会への出資は、当たり外れの大きい博打に近いものだという問題があります。IGポートは、Netflixとワーナー・ブラザーズが配給した大型作品『バブル』の製作委員会に30%出資しています。そして、ウィットスタジオという連結子会社が制作を手掛けました。
この作品はプロデューサーが『天気の子』の川村元気氏、脚本が『PSYCHO-PASS サイコパス』『魔法少女まどか☆マギカ』の虚淵玄氏、監督が『進撃の巨人』の荒木哲郎氏という、オールスターが勢ぞろいしたもの。アニメファンの期待値が高い映画でしたが、興行収入はまさかの1.6億円という結果に終わりました。
2023年5月期の版権売上は合計で18億5500万円。そのうち、『バブル』の構成割合は3%でした。30%の出資で、版権収入が5500万円ほどだったことになります。このクラスの作品であれば、製作費は数十億円規模だったでしょう。
当然、その後の動画配信サービスなどで中期的に収益は得られるはずですが、ヒットしなかったために大きな金額を望むことはできません。
製作委員会方式は、中長期的に手堅い収益性をもたらすものの、失敗した場合の損失リスクが大きくなることを意味しているのです。
製作委員会方式は中規模の会社が製作費を集める目的で広まったもの。『新世紀エヴァンゲリオン』などのヒット作を世に送り出すきっかけを作りました。
熱意のある作り手が、資金を集める方法としてはうってつけなのです。
IGポートは、自社で100%予算を捻出する作品も手掛けています。『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』『海賊王女』などがそうでした。ただし、これができるのは上場しているような大手企業だけ。制作方式委員会の問題点ばかりを指摘すれば、才能の芽をつぶすことにもなりかねません。
アニメ現場の搾取構造も深刻で、健全な労働環境を整備しなければ長くは続かないでしょう。アニメーターの報酬体系の見直しや労働条件を明記した契約の締結、下請け構造の見直し、労働組合の活用など、具体的な改善の取り組みが必要となるでしょう。
文/不破聡