街中を歩いていてドラッグストアが目に入った際、そういえば歯磨き粉やシャンプー、あるいは石鹸などの日用品が残り少なくなっていたことに気づかされるケースがあるかもしれない。これ幸いにとそのままお店に入って買い物をするのはごく自然な消費行動なのだが、現代の我々の多くはそこでいったん立ち止まって確認することがある。ポイントアップデーがいつなのか、だ――。
脳は報酬を最優先して“目ざとく”働く
特にスマホが普及して以来、我々の生活は情報の洪水にさらされており、気を散らされる一方であるともいえるのだが、その中には知っていれば得をする価値ある情報も確かに存在する。
ドラッグストアやスーパーなどの実店舗はもちろん、ネット上のショッピングサイトでも各種のキャンペーンやポイントサービスを提供しており、自分が利用する可能性のあるものをチェックするだけでひと仕事になる。
どうしてこのように気が散って仕方のない世の中になってしまったのか。その“犯人”としてよく槍玉に挙げられるのがスマホということになるのだが、最新の研究ではそれは“濡れ衣”であることが指摘されている。その“犯人”はほかならず我々自身であり、気が散る環境で我々の脳は身についた習慣よりも報酬を最優先していることが報告されている。
つまり我々は基本的に“強欲”であり、脳は実に敏感にアンテナを張りめぐらせて利益が得られる情報をチェックしているというのだ。そしてスマホをはじめとするデジタル技術の普及によって、情報収集のカバー範囲は飛躍的に拡大しているのである。
デンマークのコペンハーゲン大学の研究チームが今年5月に「Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance」で発表した研究では、実験を通じて我々の脳は、身についた習慣に反する場合でも、最高の報酬が得られる行動を優先するように働くことが示唆されている。
コンピューターゲームの形式で行われた実験では、画面の中央に表示された4つのボックスと画面の四隅に現れるアルファベットとが関連付けられた。
4つのボックスには1~9の数字がランダムに表示され、実験参加者は数字が表示されたボックスに関連付けられたアルファべットをなるべく早く報告することが求められた。報告後にボックスに表示された数字はそのままポイントとして付与される。
まず最初に習慣を形成するための事前のトレーニングを行った後にゲームがスタートして何千回も繰り返されたのだが、ほとんどのケースにおいて参加者は4つのボックスに表示された最も大きな数字をいち早く察知してそれに関連するアルファベットを報告したのである。我々の脳は常に目の前の最高の報酬を獲得しようと素早く、ある意味で“目ざとく”動いていたのである。
“スマホ依存症”は仕方がないことなのか?
一度身についた習慣は断ち切るのが難しいともいわれているが、今回の研究では、迅速な意思決定が求められている場合、より大きい利益を優先する判断を下し、習慣的な行動を放棄する可能性が高いことが示されている。習慣は我々が考えるほど身に染みついているわけではないことになる。
日常的に利用するスーパーでの買い物では買う品物はある程度決まっており、買い物の大部分は“補充”のためという側面もあるとは思うが、それでもイレギュラーでお買い得になっている特売品に思わず注目してしまうことも確かにありそうだ。そして当初の予定を変更して特売品を購入することもあるのだろう。
またこうした体験を重ねると、スーパーの広告チラシをチェックするようになるかもしれない。
アナログな広告チラシに加え、ネットからはさまざまなクーポンやキャンペーンの情報が入手でき、加えて各種のポイントサービスもある。しかもポイントがアップする特定の日や、期間限定のキャンペーンなどもあって、こうした情報を日ごろからチェックすればいろんな面で得ができることは確かだ。
情報のチェックは我々がスマホを手放せない原因のひとつになっており、我々の脳は利益が得られる情報のチェックを価値の高い行動と見なしている。
ということは我々が“スマホ依存症”や“スマホ中毒”になってしまうのは、脳の働きにおいて仕方がないことなのだろうか。脳は我々が考えているよりも欲に溺れやすいのだとすれば、脳の“正体”に幻滅してしまうかもしれない。
しかし突き詰めればこれは“価値観”の問題ということになりそうだ。
ある牛丼チェーンが期間限定の100円引きキャンペーンを実施したことで、期間中に店を訪れて牛丼を食べることができれば確かに経済的に得をしたことになる。そしてこの得をするためにはキャンペーン情報をいち早く知ることが重要だ。
しかし人々の価値観も事情もさまざまだ。
もちろん牛丼が嫌いな者にとってこのキャンペーンは何の意味も持たないのだが、牛丼が好きであっても必ずしも期間中に牛丼を食べるとは限らない。
ダイエット中でカロリー制限をしていたり、食べたいものがほかに数多くあって期間中には訪れられなかったというケースや、外食が難しい状況と重なってしまうことなど、考えればいくつも挙がってくる。牛丼をより美味しく食べるために一定期間の“牛丼絶ち”を自らに課している者もいるかもしれない。
そもそもお得に入手できるその商品やサービスが本当に必要なのかという疑問もある。たとえばバーゲンでお得な価格で購入したが、結局あまり着ない服があったりもするだろう。
そして健康的な食事の重要性を脳が深く理解していたならば、求める食に関する情報はずいぶん違ったものになりそうである。欲に溺れやすく“強欲”である脳を10年後、20年後の自分の健康に仕向けて働かせれば、むしろ頼もしい味方になってくれそうだ。
※研究論文
https://psycnet.apa.org/fulltext/2024-78669-001.html
※参考記事
https://neurosciencenews.com/attention-tech-habit-neuroscience-27836/
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文/仲田しんじ