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世界中で成功を収めてきたマーケティング戦略インサイトが今でも必要とされる理由

2024.10.23

思わず買いたくなる「心のスイッチ」を押す

インサイトを探る――それは、人が商品を買ったり、サービスを利用したりする行動の裏側にある心理を見つけ出すこと。インサイトとは、人が思わず動く「心のホットボタン」のことだ。人の行動のほとんどは無意識だが、必ず何らかの動機や理由、判断があって行動する。それが直観的、瞬間的だったとしても。だから、逆に言えば、行動する動機や理由を見極め、そのボタンを押すことができれば、人に行動を起こさせることができる。

事業活動で言えば、何かを「売る」とは、人の「買う」という行動で成り立っている。だから、「売る」視点ではなく、「買う」ほうの視点で、どうしたら買ってもらえるかを考えるのである。過去にも、消費者を分析し、顧客を理解する考え方や手法はあったが、インサイトは以下の点で大きく異なる。

1つは、人の心理の中で、最も「購買行動」につながる心理を特定する点。調査レポートにあるような羅列された消費者心理は、主な発見(キー・ファインディングス)であって、インサイトではない。

2つ目は、人が自分自身でも気付いていないような「潜在的」なニーズや感情を見つけ出す点。人が、欲求や不満を口に出せるものは、既に顕在化したニーズや感情で、すぐにでも対応すべき当然のもの。しかし、当たり前のものに、人は「嬉しい驚き」を感じない。

3つ目は、新商品や広告メッセージなど、アウトプットにつながる点。インサイトは、ある意味インプットであり、効果的なアウトプットにつながって初めて、人に行動を起こさせ、成果をもたらすことができる。

4つ目は、自社の技術的な強みや自ブランドの資産など、強みを活かせる心理はどれかを特定する点。自分たちの土俵で戦わなければ、最終的に勝ち切れない。

これまでインサイトを用いて成功した事例

まず、最初に、高級アイスクリームの市場を創造した「ハーゲンダッツ」の事例。ハーゲンダッツは、20~30代の働く女性をターゲットに、そのインサイトを捉えることで、ブランディングに成功してきた。女性の根源的なニーズ(ヒューマンインサイトという)である、仕事で頑張ったちょっとしたご褒美に、甘いもので「幸せな気持ちに浸りたい」という願望をとらえてきた。「幸せだけで、できている。」「ハローしあわせ。」と、ブランドメッセージの表現は変わっても、「幸せ」をブレることなく一貫して訴求している。

そして、ターゲットにとっての「幸せ」とは、ひとりの「ゆっくりした、ひととき」というインサイトを捉え続けている。アイスは、それまで「子どもの食べ物」というイメージが強く、日中におやつとして食べるものだったが、ハーゲンダッツは、「大人が(パーソナルユースで)」「仕事をがんばった後の夜に」「プチご褒美として」食べる、プレミアムアイスクリーム市場を創造したのである。

次に、ビジネスパーソンが鍵となった「スパークリングウォーター(炭酸水)」の事例。仕事中にスパークリングウォーターを飲んでいる男性がまわりにいないだろうか。あるいは、あなた自身が仕事中に飲んでいるかもしれない。スパークリングウォーターが仕事中に飲まれる理由は何だろうか。ミネラルウォーター(水)では物足りないし、リフレッシュできない。かといって、コーラやジュースは何となくオフィスに馴染まない。

想像してみてほしい。大事な会議で、ミネラルウォーターを飲んでいるビジネスパーソン。コーラを飲むビジネスパーソン。オレンジジュースを飲むビジネスパーソン。誰が一番、仕事ができて、信頼できそうか。そう、実はミネラルウォーターには、「知的な」イメージがある。そして、そのイメージの源(起因)は、液体の「透明」さにある。黒色のコーラ、オレンジ色のジュースには、「遊び心」や「リラックス」はあっても、ストイックな「知的さ」はない。スパークリングウォーターは、水の持つ「知的さ」と、炭酸の「リフレッシュ」を併せ持つ飲料として、ビジネスシーンで飲まれるようになったのである。

最後に、海外の事例。インドにおける紙オムツの市場開拓を紹介する。海外では、ターゲットの人々のニーズ・感情がわかっていなければ、思いきり的を外す恐れがある。インドでは、紙おむつの消費量が月1枚と極端に少ない。普段は、ふんどしタイプの布おむつを使っている。しかし、都市部のママは、紙おむつを買う経済力があり、紙おむつは便利で世界中で利用されていることもよく知っており、使いたいとも思っている。それなら、なぜ月1枚しか使わないのか。

もし、月1枚を、毎日1枚にできれば、市場規模は30倍に拡大できる。先進国並みに1日7枚にできれば、210倍にできる。インサイトをとらえる打ち手を考えることは、事業の拡大に直結する。

実は、インドでは夫の家に「嫁入り」し、「夫の母親(姑)」が、家では絶対的な権力をもつ。そのため、姑が「うちの大事な跡取り息子に、紙おむつなんぞ使って、おむつかぶれでも起こそうものなら、ダメ嫁の烙印を押す」ことになる。そのため、ママは使いたくても使えないのだ。

だから、真のターゲットは姑。姑が「布おむつより、紙おむつのほうが良い」と思う製品やメッセージこそが必要なのだ。まず「おむつかぶれを起こさないことが見てわかるほど通気性が良さそうな製品」や、「紙おむつのほうが、赤ちゃんは快適で夜しっかり眠れて成長によい」といったメッセージが、姑のインサイトをとらえることになる。

2024年になった今でもインサイトは必要なのか

かつて、インサイトは、広告代理店がより効果的なクリエイティブ、つまり消費者の心をとらえる広告表現を作り出すためのアプローチとして生み出された。しかし、今では、広告主側つまり事業会社が商品開発や事業そのものの戦略を考えるために使うようになった。インサイトは、より上流で使われるようになってきているといえる。

広告は、デジタル化の進展で、たとえ心理や理由がわからなくても、CTRやCVRなどの行動を解析すれば、効果を高めることができる。しかし、ABテストが簡単にできない消費財の商品開発や事業戦略の策定には、骨太のインサイトが欠かせない。

最近の取り組み案件でも、広告コミュニケーション関連より、商品開発や事業戦略の立案に関するプロジェクトが圧倒的に多い。加えて、海外市場では、その国やエリアの消費者理解、さらにはインサイト把握がなければ、事業戦略そのものが的を外してしまうため、必須となる。

また、インサイトを起点にしたイノベーション開発の案件も増えている。インサイトは、UXやサービスデザインの起点になる。デザイン思考でのプロトタイピング(試作品制作)やサービスデザインでのストーリーボーディング(どういう嬉しい体験を提供するかを絵コンテにしたもの)の前段階で、インサイトが必須になるからだ。

インサイトは、以前にも増して、事業戦略や商品開発を担う重要な役割を果たすようになっていく、経営陣やマーケターに必須の戦略アプローチである。

文/桶谷功
おけたに・いさお。株式会社インサイト代表取締役。京都市生まれ。京都市立芸術大学を卒業後、大日本印刷でパッケージ・デザインのディレクションを担当。食品ラップの仕事でV字カット(特許)を開発。1989年、世界最大級の広告代理店ジェイ.ウォルター・トンプソン・ジャパン(現現ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン)に入社。 以降、クリエイティブと戦略の両方の経験を生かし、アカウント・プランナーとしてブランド・コミュニケーション戦略の開発に携わる。執行役員シニア・アカウント・プランニング・ディレクターを経て、2010年にインサイト設立。著書に『インサイト』『インサイト実践トレーニング』『戦略インサイト』など。

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