アイデムの研究部門では、“求人”と“求職”の両視点から、さまざまな調査研究と情報提供を行なっている。今回は最近話題の〝カスハラ〟問題に関するニュースレターが到着したので、その概要をお伝えする。執筆は株式会社アイデム 東⽇本事業本部データリサーチチーム所属の三宅 航太氏。
住宅メーカー勤務の20代男性が自死、2023年10月に労災認定
先日、住宅メーカーに勤務していた20代男性の自殺は、カスタマーハラスメントなどで精神疾患を発症したことが原因の労災として認定されていたことが報道で明らかになった。
自殺した男性は2019年4月に住宅メーカーに入社、関連会社で注文住宅販売の営業を担当していた。カスハラを受けるようになった契機は、住宅を新築中の男性客に「追加費用が必要になった」と説明したこと。
男性客から休日に電話に出なかったことを怒られたり、下請け業者が汚した隣地の外壁を清掃させられたりするなど、1年以上、叱責を受ける状況が続いていた。会社はこれを把握していなかったという。
2020年、男性は社員寮の自室から飛び降りて亡くなり、2022年、男性の両親は労働基準監督署に労災を申請した。同署は、男性社員の携帯電話に残されていた音声データなどから精神障害の労災認定基準に該当すると判断。2023年10月に労災認定した。
音声データには男性客から強い口調で責められる様子が記録されており、決め手の1つになったようだ。また、同署は会社側の対応も問題視しており、クレームを受けた社員が会社に相談したり、報告したりする体制が設けられていなかったとされる。
■2023年、カスハラが労災認定基準に
2023年9月、厚生労働省は心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正して、カスハラを加えた。精神障害の労災認定は発症前の約6か月間に業務で強い心理的負荷を受けたことを要件としており、具体的な出来事(「悲惨な事故や災害を体験した」「パワハラを受けた」など)を列挙した「業務による心理的負荷評価表(※)」などに照らして判断される。
その具体的な出来事の中に、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスハラ)という項目が追加された。
※実際に発生した業務による出来事を、同表に示す「具体的出来事」に当てはめて、負荷(ストレス)の強さを評価するもの
厚労省が発表した「2023年度過労死等の労災補償状況」によると、仕事によってうつ病などの精神障害を発症し、労災認定を受けたのは883件(前年度比173件増)で5年連続過去最多となっている。
認定された883件のうち、新たに追加されたカスハラによる労災は52件。そのうち45件は女性で、顧客からの迷惑行為の標的にされやすい傾向を示す結果となっている。
■東京都がカスハラ防止条例を提出
9月18日、東京都はカスハラの防止条例案を都議会に提出した。成立すれば全国初の条例となり、2025年4月1日の施行を目指している(罰則は設けられていない)。
カスハラ対策は、国でも検討が進んでいる。8月1日、厚労省の有識者検討会はカスハラ対策の強化に関する報告書をまとめた。
具体策としてマニュアルの整備、被害を受けた従業員への相談対応などをあげている。対策の措置義務などの詳細は今後、労使の代表を交えた審議会で協議して関連法改正案の検討を進め、2025年通常国会での提出を目指すとしている。
近年、カスハラは小売業やサービス業を中心に社会問題化しており、自治体や企業の中には法制化に先駆けて対策を打ち出すところが増えている。
例えば自治体では、職員のネームプレートを名字だけにしたところがある。プレートに記載されたフルネームをもとに、個人情報が特定される懸念があるためだ。小売業では、イニシャルや仮名での表記を認めているところがあるようだ。
■AIで客の威圧的な声を変換
カスハラ対策ツールを開発し、実用化を目指す企業も出てきた。
富士通は東洋大学と共同で、カスハラを疑似体験できるAIツールを開発した。カスハラ客に応対する従業員の教育などに役立ててもらうことを想定したものだ。
また、ソフトバンクは東京大学と共同で、電話をしてきた客の声を変換する技術を開発した。AIで怖い声を識別し、威圧感を抑えた声に加工するものだ。電話によるクレームはエスカレートしがちで、コールセンターではオペレーターの離職率が高い一因だと指摘されており、対策が求められている。
構成/清水眞希