一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは『スマートバスマット』を開発したissinの程涛さんと視覚障がい者向けデバイス『あしらせ』を開発したAshiraseの千野歩さんを招いて、顧客に寄り添うウェルネスな製品作りについてディスカッションした内容を紹介していく。
製品開発のきっかけは自分事や家族のつながり
程さんが代表を務めるissinは、人々にとってハードルが高かった日々の体重管理をバスマットに集約することで無意識の習慣にし、収集データを家族でも共有できるようにしたヘルスケア製品『スマートバスマット』を開発。
一方の千野さんは、視覚障がいがある人のため、靴に取りつけたデバイスの振動でさまざまな情報を伝えるナビゲーションシステム『あしらせ』を開発している。ともにウェルネスな社会作りを担う製品として注目を集めているが、共通するのは製品開発のきっかけが「自分事」だったことだ。
「30代の頃に別の企業でがむしゃらに働いて、会社は右肩上がりで成長しました。しかし、私の健康診断の結果は右肩下がりで逆の方向に進んでいたんです。それで、次に挑戦する会社は、自分と家族の健康を守るものにしたいと考えました。私の父親は若くして亡くなりました。いま振り返ると最後の3か月ぐらいはどんどん痩せていたのに、当時は忙しくてその変化に気づけなかったんです。それもあって、家族の不調の兆候や気配を感知できるような商品やサービスがあればいいなと思って作りました」(程さん)
「私は新卒から自動車メーカーでエンジニアをしていて、自動運転や電気自動車の制御に関する技術開発をしていました。2016年頃、妻のおばあちゃんが、川の横をひとりで歩いていた時、川に落ちて亡くなりました。その時に、歩いているだけで死亡事故が起きるということに驚いたんです。そこで、歩行にもモビリティ的要素があると考えたことが起業のきっかけです」(千野さん)
家族との関わりの中で新しい領域のビジネスに足を踏み入れたことが共通するふたりだが、ビジネスモデルの基本としては使う人のストレスにならないものを目指している。
『スマートバスマット』は、毎日計測する面倒くささや自分の体重の増減と向き合うというストレスを感じがちな体重管理の先入観を壊すものにしたいと考えて作られている。実際にアンケート調査を実施したところ、現実逃避で体重計の数字を見たくないなどさまざまな意見があったという。
「無意識に体重管理をするための方法を考えることから、最初のプロダクトがスタートしました。そこから、体重計を玄関やバスルーム、リビング、寝室などいろいろなところに置いてテストしました。バスマットは生活導線を邪魔せず、裸に近い状態で毎日乗るものです。しかも、乗る時間帯もだいたい同じなんです」(程さん)
「生活の中に溶け込ませて使ってもらうところは共通しています。視覚障がいの方は、道順確認に集中すると安全確認がおろそかになるので、ひたすらシンプルで直感的な使い方にして安全確認に集中できることがコンセプトでした。最初は視覚障がいの方が使う白杖と呼ばれる杖を使って、障害物を見つけるアイデアもあったんです。でも、当事者の方から『白杖は私たちの目です』と言われてしまいました。というのも、杖で叩いた音の反響から、耳で障害物を判断している人もいます。そこで彼らが使っているインターフェイスを徹底的に避けて、無意識に使えるように考えた結果、いまの形になりました」(千野さん)
『あしらせ』は靴に装着して足から振動を伝えることで道などをナビゲーションしてくれる。外出する時に必ず履く靴に装着することで忘れず邪魔にもならない。すでに先行販売では120名が使用しているという。シンプルな製品であることが、ウェルネスな商品には重要な要素でもあるようだ。
「商品の価値を発揮できる『場所』が決まったら、その商品は勝つという仮説を持っています。家電の冷蔵庫や洗濯機などは家にあるべき場所が確保されています。IoT商品で靴につけるという場所が担保されている商品は初めて見ました。極力、管理コストも減らすべきだと思っていて、健康管理は大切ですけどイコールでコストがかかるものは違うと思います。シンプルにすることで管理コストを下げることはできるはずです」(程さん)
さまざまなアプローチで顧客として満足できるものを作る
じつは『あしらせ』の先行販売では、当初製品とサービスに満足していたのはわずか20%。ユーザーの声を聞き続けて、30回以上アプリのアップデートを行ない、いまは80%まで満足度が向上した。10月からは一般販売の予約がスタートしたが、今後はハードウェアに起因している不満点を改良していくという。
「先行販売の後で改良して新しいハードウェアを作ることは決めていました。先行してクラウドファンディングで購入した人には新モデルを無償で届けます。そうすると自分の意見が新しい製品につながって無償で入手することができるので、アンケートのフィードバック率がものすごく高いです。ユーザー視点の厳しい意見もあるし、自分のためになるから応援もしてくれる。これはクラウドファンディングの面白い使い方だなと思いました」(千野さん)
一方の『スマートバスマット』も初代モデルの発売では約2万人のフードバックを受け、2代目を発売した。
「初代モデルは市場にニーズがあるかというテストマーケティングの意味合いもありました。市場から反響があって最初のユーザーから貴重なフィードバックを受けて、いかに反映させるかが製品開発の命かなと思います。僕の場合は、N1(エヌワン・エヌイチ:特定のひとりの顧客を深く理解することに焦点を当てたマーケティング手法)をよく使います。世界で100%満足できるものを作れるのは自分しかいない。だから自分の不満を解消するような方法を日頃から習慣化してよく使います。あらゆることを観察して違和感があったら、そこに非合理や不自由なことが存在していると考えます」(程さん)
一方の千野さんは、視覚障がいを持つ人を対象にしているがゆえに、ユーザーの本質的な課題を自分ごとにできない難しさがある。それを解消するためには、ユーザーの生活の中に入り込むぐらいまで徹底的にコミュニケーションを取っていくことが重要だと語る。
これまでになかったコンセプトの製品を作り出す苦労には、共通することも多く、経営に関することや物作りに関することがかなり深い話題にまで広がった。そして、新しい価値を生み出すこともウェルネスな商品には重要な要素のようだ。
「じつは絆をもっと深めていく商品ができないかなと思っています。AI化が進み、世の中が便利になっていく中で、商品やサービスによって自分が何もしなくてもやりたいことをどんどんできるようになりました。でも、その中でちょっと足りないのが感情の部分です。例えば孫とおばあちゃんも一緒に体重管理をしたら、孫がおばあちゃんの数字を抜く時がくるし、それは思い出になる。手軽で思い出になりにくいコンテンツがどんどん量産されているので、思い出が残るような商品にしたいと自分自身が求めています」(程さん)
「先行販売して気づかされたのは、ナビゲーションが提供されて目的に向かう手段が強化されると、目的地が変わるということ。行動的ではなく趣味がない人も趣味ができればそこに行きたいという活力が出てくるし、生活を通して感情が動くことが重要だなと思います。僕らはナビゲーションシステムを開発していますが、歩くことだけを機能として担保するだけじゃなく、生活の中でそれをどう生かしてもらうかが重要です」(千野さん)
ウェルネスな製品を送り出す経営者として、物作りの考え方では共感する部分も多かったと語った程さんと千野さん。ウェルネスな起業を目指す人にとっては学びと発見が多いディスカッションになっていた。
プロフィール
程涛(てい・とう)
issin株式会社代表。2021年4月にissinを創業。無意識に体重管理を続けることができる『スマートバスマット』を開発。
千野歩(ちの・わたる)
株式会社Ashirase代表取締役CEO。2021年4月にAshiraseを創業。視覚障がい者のためのナビゲーションデバイス『あしらせ』を開発。
取材・文/久村竜二 撮影/田中麻以