一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは本誌連載中の小山薫堂さんと古くから交流を持つヘラルボニーの松田崇弥さんによる「企画力」をテーマにしたディスカッションを紹介していく。
高校生・松田さんが出会った「企画が最強」
さまざまな分野で活躍する小山さんと福祉領域でビジネスをする松田さんの出会いは、教員と教え子という関係だった。当時の小山さんは、企画を考えることに特化した学科を作りたいと考え、山形県の東北芸術工科大学のデザイン工学部企画構想学科の教授兼学科長に就任。そこに生徒として入学してきたのが松田さんだった。
「高校生で卓球をやっている丸坊主だった頃に、夏休みのオープンキャンパスで小山さんと出会いました。そこで小山さんは、「企画は最強」という話をされていました。企画が最強なら映像クリエイターもグラフィックデザイナーもたくさんの人が集まってくる。この学科はそういう人たちを作っていくという話をしていました」(松田さん)
「企画は、農業でも料理でもあらゆる職業で大切。料理もただ作るだけじゃなくて、どうおいしそうに伝えるか、よりお客さんを集めるためには企画が必要になる。この学科には、どこでも潰しがきくから、将来の進路が決まっていない人にこそ来てほしいと思っていました」(小山さん)
松田さんは大学で小山さんの元で4年間学んだあと、小山さんが代表を務めるオレンジ&パートナーズに就職。大学卒業後、かつて小山さんが住んでいたマンションに住むなど、まさに弟子のような存在だったようだ。小山さんが行った大学時代の実習は、学生に創業するつもりで自分たちのチームの名前を決めさせたり、「人生の分岐点になるかもしれないと思う人と、名刺交換をしてください。」と小山さんがひとりひとりの名前を直筆した名刺を100枚渡して4年間で配ったりするなど異色のものだった。今回のディスカッションでは、その狙いや大学時代のさまざまなエピソードも語られたが興味深いものだった。そして大学卒業時に取り組んだ卒業展を見た小山さんから誘われて、松田さんは山形から上京して入社。企画の会社でまったく何もできないと感じる時代があったという。
「すごくラッキーだったのは、山形の大学で小山さんの学科に入れたこと。例えばSFCや京都大学だったら、すでに起業しているすごく面白いやつがいっぱいいて、私なんか目もかけられずに入社もできなかったと思います。大学では、前に出るタイプだったけど、会社では鼻をへし折られて何もできない感じでした。入社して2か月後ぐらいの会議で何もできないから議事録だけ取っていたら、小山さんが会議終わりに顔を見ながら「お前ってこんなに静かなやつだったっけ?」と言われました。それが悔しくて、会議で1回は発言しようと自分のなかでルールを作りました」(松田さん)
「会議は戦場で、どれだけほかの人より面白いことが言えるかということを命がけで考えないといけないと思っています。会議では、しゃべらずにただいるだけなのが一番良くない。頓珍漢なことでも何か発言した方がいいし、その人の発言がきっかけに別の人のアイデアが出ることもあるので、何かしゃべった方がいい」(小山さん)
いま企業がヘラルボニーと組む理由
そんな小山さんの元で鍛えられて、オレンジ&パートナーズに5年間在籍した後、松田さんは独立してヘラルボニーを創業。主に知的障害のある作家と契約し、IPとしてさまざまなジャンルで活用していくビジネスを手掛けるスタートアップで、現在は200名以上の作家と3000点以上の作品をIPデータ化しており、JALのビジネスクラス・ファーストクラスのアメニティ、東京パラリンピック閉会式のプロジェクション・マッピングなどにも採用されている。アール・ブリュットと呼ばれるアートをテーマにした会社はたくさんあるが、ヘラルボニーの考え方には、オレンジ&パートナーズ時代に『くまモン』を担当した経験が大きかったと語る。
「『くまモン』はライカやミニクーパーなど価値の高いレイヤーのコラボレーションだけでなく、一気にお土産物までやってしまう。ヘラルボニーをIP事業にしたのは、『くまモン』からインスパイアされている部分は大きい。『くまモン』のデータを渡しておけば経済が動くってすごいことだなとひしひしと感じていました。そしてヘラルボニーが大切にしているのは、作家の作品が障害者アート展みたいな行政の一角ではなく、誰もが憧れる一流の場所で美しい作品として美しい状態で世に出ていくっていうシンプルなことを実現すること。そうすれば同じ作品でも意味合いがまったく違ってくる。支援貢献の文脈ではなく、かっこいいから尊敬される世界を作るためのビジネスで、障害のイメージや生き方や暮らしを変えていくことが目的」(松田さん)
小山さんは、ヘラルボニーの成功は時代の風に乗ることができたと評価する。
「いま企業は、サステナブルな社会やインクルーシブルな社会を実現させようとするなかで、どう見えるかを考えている。その中でヘラルボニーと組むということが非常に障害のあるの人にとっての壁を失くしているというアピールになる。おそらく商品だけ作っていても、けっしてブランドにはなってなかったと思う。そこに多くの大企業が乗っかってきて、そこに加えてLVMHが乗ってきたのは大きかった。そしてヘラルボニーがすごいのは、採用で本当にいい人が入ってきている。いま2か月に1回ほど一緒に会議をやっているけど会議の度に人が増えているし、それよりも会社を辞めない」
離職率が低いことを松田さんは次のように分析している。
「大企業から来る人もいるので、給料が下がっている人もいると思います。でもこの事業をやっている理由をシャワーのように感じられる環境にあることは大きい。何のためにこの会社が存在していて、誰が喜んでいるのかが非常にクリアな会社であることが一番のベネフィットになっていると感じます」(松田さん)
小山さんは、自分の仕事に関して「その仕事は新しいか」、「その仕事は自分にとって楽しいか」、「その仕事は誰を幸せにするのか」という3つの問いかけをするという。どれにも当てはまらない仕事は何か間違っているし変えた方がいいはずで、でもヘラルボニーは3つとも明確にあるので離職率も少ないのだと語る。
そして実績も着実に積み上げている。ヘラルボニーは、LVMHが世界中の過去5年以内に設立のスタートアップから公募しているアワードで、1545社社中の部門賞を受賞した6社に入った。フランスにもオフィスを設立し、今後はLVHMが抱えるメゾン・グループ企業への接触機会をもらうこともできる。自分たちの会社も変えいく大きな分岐点にいるといえる。小山さんは、アートでは作品が誰に出会うかで価値が変わってくるという。一方で松田さんはいろんな人に伝わるものを作っていきたいと語る。
「ヘラルボニーは、ピカピカのメゾンブランドになりたいわけじゃない。キティちゃんはグッチとやれば100円ショップにもある。ヘラルボニーはいろいろな人たちに渡るようなプラットフォームになりたい。小山さんは、興味の幅かもしれませんがそこが上手です。ホームパーティに呼んでもらった時、吉野家の製法で最高食材をそろえた『小山家』をやる。銭湯が好きだけどハイエンドも好き。いろんな幅があることがセンスでしょうね。ヘラルボニーもそうなれたらいいなと思っています」(松田さん)
「そういう意味では多様性の時代には、多様な価値観を持つことがいろんな企画を作り出すことに大切な才能と姿勢なのかも知れないね。「塩むすび」を一番美味しいと感じることがあるけど、フレンチも食べたくなる。同じところをずっと目指していたら狭くなって、結果として人生が楽しくないと思う」(小山さん)
小山さんが考える今後の仕事のスタンス
ディスカッションの後半では小山さんの今後についても盛り上がった。還暦を迎えて、仕事への考え方に変化があるという。
「60歳を過ぎるとどう生きるかよりどう死んでいけばいいのかをよく考えるようになった。人間国宝の漆芸家である室瀬和美さんには、完成した作品を200年後の人に見せて、その人が感動することを想像するのが好きですと言われました。それを聞いて打ちのめされた。その時に自分の考えた企画が種となって、200年後に花を咲かせていたらいいなと思うようなものをどれだけ世の中に蒔いて死ねるかという気分になった。昔は自分の作品をどう残すかを考えたけど、いまは自分で完成させなくても結果的に自分がやったことで誰かがそれを継いで踏み台にして歴史の中に大きな一歩を残せたらいいなと思います」(小山さん)
ほかにも小山さんの人生の分岐点として20代で父親から借金をしてポルシェを購入した話など考え方の基礎になったと思われるエピソードやそのポルシェと松田さんの意外なつながりなども語られた。そして小山さんから松田さんにエールも送られた。
「これから成長していく姿を特等席で見させてもらいます。以前、ダイムの連載でも松田さんのことを「謙虚という才能」というタイトルで書かせてもらった。謙虚って何がいいかというと助けてくれる人がいっぱいいるでしょ。いろんなタイプの人がいるけど、いろんな人がいいアイデアが浮かんだらあの人に持っていこう、おいしい話があったらあの人に持っていこうと思ってもらう引き寄せる力、運だけでなくチャンスを引き寄せる力は謙虚から生まれる。これからも謙虚でいてください」(小山さん)
多様性と企画をテーマにしたディスカッションだったが、師弟といえる小山さんと松田さんの関係性が感じられるディスカッションだった。
<プロフィール>
小山薫堂(こやま・くんどう)
放送作家、脚本家。京都芸術大学副学長。1964年熊本県生まれ。『料理の鉄人』『リモートシェフ』『湯道』など数多くの人気番組や映画作品を手がける。脚本を担当した『おくりびと』は、第81回米アカデミー賞外国語映画賞受賞。執筆活動のほか、地域・企業のアドバイザーなどを行なっており、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。
松田崇弥(まつだ・たかや)
ヘラルボニー代表取締役Co-CEO。小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の兄・松田文登とともにヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験カンパニーを通じて福祉領域のアップデートに挑む。世界を変える30歳未満の30人「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」受賞。著書「異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―」。ヘラルボニーではクリエイティブを統括。
取材・文/久村竜二 撮影/小倉雄一郎