一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは推し活について、「YoKIRIN」を展開するキリンホールディングスの奥村雄実さんと「オシノミクスレポート」編集員の鈴木美織さんがディスカッションした内容を紹介していく。
プロフィール
奥村雄実さん
キリンホールディングス株式会社ヘルスサイエンス事業部所属。アニメファンとクリエイターを繋ぐサービス「YoKIRIN(よきりん)」の事業責任者。本人もアニメ・ゲームオタクで、特に『新世紀エヴァンゲリオン』が好き。心に残っている推し活はアニメ『シュタインズ・ゲート』の秋葉原聖地巡礼。
鈴木美織さん
株式会社博報堂ストラテジックプラニング局所属。推し活の心理と行動を定量的に調査・分析した「オシノミクスレポート」編集員。一番影響を受けた作品は、中学生の時に見たアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』。いま好きなコンテンツは「ヒプノシスマイク」「にじさんじ」。
「推し」という言葉がさまざまなジャンルを総括できる
いまや市場規模8000億円ともいわれる「推し活」ビジネス。コンテンツを楽しむだけでなく、ファンとしての行動までさまざまな方面に広がっている。鈴木さんは博報堂が推し活について調査・分析する「オシノミクスレポート」を発行するプロジェクトのメンバー。一方の奥村さんは、キリンホールディングスで推し活の新しいファンビジネスの形として『YoKIRIN』を展開。ともにオタクであり、個人的にも「推し活」を楽しんでいるという。では「推し」とは何を指すのか?
「推し活をする人の呼び方がオタクという言葉しかないというのがあって、推しとオタクは近い概念だと思われがちですが、実は、推し活はしているけれど自分を「オタク」だとは思っていない人も多いんです。「推し」とは何かを考える時は、「好き」とどう違うかを考えるとわかりやすいです。「オシノミクスレポート」では、作品やキャラクターに対する自分の中にある内向的なエネルギーが「好き」、お金を使って応援したいとか外に向かっていくエネルギーが「推し」なんじゃないかと定義しています。そういう意味では、「オタク」は内向的で自分の好きなものを突き詰める人という感じだと思うんですけど、もっと広く「推し活をする人」の定義とはちょっと違うと思います。でも自分のことはオタクって呼んじゃっています」(鈴木さん)
「一昔前はオタクは自虐的というか卑下するところがありましたが、推し活の文脈もそうですが、自分が好きなものや推しているものを言えることが当たり前になって、「推し」があることを羨ましがられるところもある」
オタク=アニメや漫画やゲームみたいな部分もあったが、「推し」という言葉によって何かを応援している人をすべて包括している。
「例えばアニメキャラ推しの人がいたとして、推しキャラのグッズやブロマイドをケースに入れて集めたりする行動は、アイドル推しの人とやっていることと近い。カテゴリーはそれぞれ違うけど、根本的な行動は似ているところが多いです。クラスター別に推し活行動を見ていても、グッズのコレクションを目的とする人もいれば、持ち歩くことで推しとつながっている感覚を楽しむ人もいるし、グッズを買うことでお布施として還元したいという人もいる。同じグッズを買うという行動でも目的や価値観は違います」(鈴木さん)
推し活に投じる金額についての考察も語られた。会いに行けるアイドルなど距離が近いジャンルは、使っている金額も高くなる傾向があるそうだ。ちなみに奥村さんは、家のスペースの問題もあって、グッズの購入は厳選するがデジタルデータでは財布のひもが緩みがちになるという。一方の鈴木さんは、ハマっているVtuberのアクリルスタンドやコラボグッズはすべて集めないと気が済まないタイプ。それぞれの性格や状況によって、推し活のスタイルもかなり違うようだ。一方で制作者側や運営側が足元を見ているような展開をすると一気に醒めてしまうこともあるそうだ。このあたりのオタク心理を想像しながら展開していくのは、は推し活ビジネスの難しい所でもあり面白い所だろう。
「担当者は仲間だなと思ってもらえることが大事だと思います。企業コラボの時は、企業自体にポジティブなイメージを還元した方がいいと思うので、中の人(担当者)も絶対にオタクだなと思ってもらえることはプラスに働きます。実際に推し活をしている人は、自分の推し活をうまくビジネスにしていく方がお互いにとって納得感のある楽しいものができるはず」(鈴木さん)
他ジャンルの企業が「YoKIRIN」でファンビジネスを展開する意義
キリンホールディングスが展開する「YoKIRIN」は、アニメファンがお金を出すことでアニメ制作者の健康をサポートできるウェブサービス。自分が支払っているお金が自分の好きな応援したいクリエイターに健康をサポートする形で届く。それに対してクリエイター側は、「リターンコンテンツ」と呼ばれる作品の舞台裏などの情報コンテンツをウェブ上で提供していく。このサービスでは、アニメ制作側は健康サポートを無料で活用できる。
「この企業は仲間だ、と思ってもらえることが大事だと思います。企業コラボの時は、企業自体にポジティブなイメージを還元した方がいいと思うので、そのときに、中の人(担当者)も絶対にオタクだろうなと思ってもらえると、親近感も湧くのでプラスに働きます。実際に推し活をしている人は、自分の推し活をうまくビジネスにしていくと、お互いにとって納得感のある楽しいものができるはず」(鈴木さん)
鈴木さんは、推し活においてその対象に還元されているかはすごく大事だという。ちなみに「YoKIRIN」に最初に興味を持った層は、リターンよりも感謝を伝えたいという、ある種の投げ銭みたいなものに近い感覚を持っている人たちだったようだ。
「サービス自体は今年4月に始まったばかりなので、これからだと思っています。キリンは飲料とかビールの会社として見ていただいている人が多い中で、アニメ領域にアプローチするのは面白いという声はいただきました。サービスは、日々の健康に役立つものを提供していくことがコンセプトですが、キリンだと飲料やサプリメントがメインになってしまう。それ以外の食品や健康に大切な運動の領域などについては、理念に賛同してもらった他社さんとも連携しています」(奥村さん)
「漫画家さんは昔から健康を気にしない人が多いとか聞いたことがあります。職場環境も要因としてありますが、日々忙しいクリエイターさんが健康に意識を向けにくい中で、企業側からの取り組みがその意識を変えるきっかけになるのもいいなと思います。ファン目線では、自分が出したお金がちゃんと還元されて、本当に次の作品につながることが実感できるサービスなのが面白いです。最近のアニメは特に作画がめちゃくちゃキレイ。それも職場環境の改善の結果なのかな。こういうサービスによって日本のアニメのクオリティがどんどん上がっていくといいなと私もアニメオタクとして思いました」(鈴木さん)
「推し活ビジネス自体は、どんどん大きくなっていくと思っていますし、アニメ業界やアニメ製作の領域も今後もどんどん成長していくと考えています。そこが成長していく限りは、そこに関わる方に貢献できる価値を提供できる部分はまだまだあると思います。キリングループは、人生100年時代の健康ライフスタイルパートナーというのを健康領域の取り組みとして掲げています。健康には体の健康と心の健康があって、飲料などでは体の健康をメインに価値提供をしていますが、心の健康を支える大きな部分というのがアニメをはじめとしたクリエイティブや作品だと考えています。そこを「YoKIRIN」を通じて心の健康として支える。これが両輪で回れば、みなさんに対して寄り添っていけると思います」(奥村さん)
「推し活ビジネスは、若い世代の一トレンドとして取り上げられていますが、今後は年齢も広がっていくと考えています。実は女性60代でも約18%が「推しがいる」と回答しています。推しという言葉ができたことで、昔から好きだった歌手が「推し」だったと気づいて、それによってますます積極的に応援できるようになる。そういう意味でも広がりはまだまだあります。もうひとつの展望として、自分自身がコンテンツにどんどん参加していくライブ的な傾向も強くなるはず。少し前までのコンテンツ消費は作品が好きでたくさん見るだけだったけど、「推し」という言葉が生まれたことで、いわゆるオタク文化がアイドル文化と融合して、能動的な「参加」の側面が強くなった。Vtuberも同じ時間にリアルタイム配信を視聴してみんなでコメントのやりとりをするのが醍醐味のひとつ。今後はこうした参加性が求められるのではないかと予測をしています」(鈴木さん)
さまざまなジャンルが推し活で包括されていく中で、いま勢いのある「推し活」について、鈴木さんはeスポーツを挙げている。大会の観客には、うちわなどの応援グッズなどを持っている若い女性も多く見られるそうだ。
「eスポーツが競技として盛り上がっているのはもちろんのこと、グッズがあったりファンが集まるイベントが開催されていたりと、そこに推し活的な文脈が関わっていて、推し活的な消費を生んでいたりする。VTuberやゲーム配信の流行も、eスポーツの盛り上がりと連動していて、ますます注目されるジャンルになるのでは」(鈴木さん)
ディスカッションの後半では、奥村さんと鈴木さんの推し活体験が語られたが、いまはボーダレスになっており、「推し活」という共通言語で他ジャンルとも重なり合っているも大きな特徴かもしれない。
「今はたくさん見たいコンテンツがあって、たとえばVtuberをチェックしているとアニメが観られなくなってしまうという嬉しい悩みもあります。2次元と3次元の境界も解けていて、いろいろなコンテンツを垣根なく楽しめるのがいいです。昔は男性アイドルが好きな女の子とアニメが好きな女の子は相容れなかったりしましたが最近はそういうのがなくて、アニメ好きの友だちが気づいたらK-POPアイドルにハマっていたりと、「推し」という言葉で同じジャンルに入ってきたのが面白いです。「推し」は推せるときに推せ、というのが共通の合言葉。「推し」というものがある意味とても刹那的な存在だからこそ、積極的に自分から働きかけたいと感じるのだと思います」(鈴木さん)
さまざまなコンテンツをボーダレスにつなぐ「推す」という言葉は、日本のポップカルチャーが生み出した魔法の言葉なのかもしれない。
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取材・文/久村竜二 撮影/木村圭司