一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは『家族アルバムみてね』を立ち上げたMIXIの笠原健治さんとさまざまな教育現場を取材しているライターの佐藤智さんによる「子育てと仕事のWellWorking」について話し合ったことを紹介していく。
プロフィール
笠原健治(かさはら・けんじ)
株式会社MIXI取締役ファウンダー。東京大学在学中に起業し、卒業後に国産SNSの草分けであるSNS『mixi』を立ち上げる。『家族アルバムみてね』の立案者でもある。
佐藤智(さとう・とも)
教育ライター。1000人以上の教育関係者へインタビュー。著書に『10万人以上を指導した中学受験塾SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』などがある。
自らの子育て経験から生まれた「みてね」
自身の子育て経験を元に、子どもの写真や動画を無料・無制限でアップロードでき、それらを見ている家族や親せきがコメントできる大ヒットアプリ『家族アルバムみてね』(以下『みてね』)。当サービスを立ち上げたのは、2004年にリリースされたSNS「mixi」を生み出した笠原健治さんだ。
笠原さんは自身の子どもが誕生したことで写真や動画をたくさん撮影するようになり、それをうまく共有できるサービスの必要性を感じ、事業を構想。
「気が付くとスマートフォンで無数に子どもを撮影するようになって、その撮影したデータをどう家族に共有できるかを考えるようになっていました。自分の分だけでなく、妻が撮影した子どもの写真も共有してほしい。そして、将来的には子どもと一緒に見たいとも思ったのです。当時は、こうしたニーズに応えるサービスがありませんでした」(笠原さん)
両親や弟家族と離れて暮らしている佐藤さんも「みてね」のユーザーだという。「日本全国に家族が散らばっているけれど、『みてね』でつながって甥っ子や姪っ子の成長を見守ることができるありがたいアプリです」(佐藤さん)
親以外の大人がたくさん関わることによって子どもの自己肯定感が高まるというデータもあるという。ともすれば、親だけでは視野が狭くなってしまうこともある子育てだが「みてね」のコメントによって、広がる可能性もある。笠原さんの子育てのリアルな経験があってこそ生まれたサービスだろう。
「笠原さんのプライベートと仕事とのよいシナジーで生まれたサービスだと感じました。残念ながら、仕事と子育てのよいハーモニーを生み出せている人はそう多くはありません。例えば、ビジネス脳で子育てに向かい、進捗管理のように成果を求めて親も子どもも苦しくなってしまったといったお話もよく聞きます」(佐藤さん)
「子どもが初めて寝返りをした瞬間やつかまり立ちをした時の嬉しそうな顔をみると、子どもには達成感があるんだなと感じました。その姿を見て、人は人生をより良いものにしていこうという気持ちを持って生まれてきていると実感しました。それを信じて子どもに接していくことが大事だと思います。ビジネスも子育ても干渉すれば短期的にはいい成果は出るかもしれませんが、その人が本来持っている能力が損なわれてしまう恐れがある。本来なら自発的に解決できる力が育まれたのに阻害することにもなりうるし、干渉しすぎないことが育て方のコツとしてあると思います」(笠原さん)
「すべての学校段階で、子どもが興味や関心に合わせて自ら問いを立てて、調べ、アクションして、振り返る探究学習が進められています。私はこれまで1000人以上の先生方にインタビューをしてきたのですが、探究学習の課題のファーストステップである『問い』が立てられない子どもがすごく多いと聞きます。本来、子どもは挑戦意欲や好奇心を持っているにも関わらず、それを学びにつなげられていない現状があります。その課題の背景には、環境の要因も大きいとも感じます。ビジネスの新規事業でも『問い』が重要だと思いますが笠原さんはどうお感じですか?」(佐藤さん)
「自分の内なる声や本当にやりたいことに気付けることが重要だと思います。周囲がヒントを出すのはいいけれど、答えを提示したり強要しすぎたりするのはよくないと思います。人によっては気にせずに進んでいけると思いますが、内なる声は繊細なものなので、言われすぎると消えてしまうというか、自分が何をしたかったのか見えなくなってしまうこともあります。そうならないように、上司や親が接することが大事です」(笠原さん)
笠原さん自身は他者からの言葉をそこまでは気にしないタイプだそう。だからこそ、問題意識があった時に迷いなく、その道に進んでいけるのかも知れない。
「最近10年で一番熱中していた子育てを仕事として活かすことができた『みてね』がいい感じに重なりあったので、幸福な公私混同というか幸せな時間が過ごせたと思います」(笠原さん)
佐藤さんから「社員の内なる声を大事にするMIXIの働き方」について質問がでると、笠原さんからMCC(ミクシイキャリアチャレンジ)という取り組みが紹介された。これは自身の手挙げで異動できるシステムで、活発な社内人材循環機能にもなっており、社員がモチベーション高く仕事ができる要因にもなっているという。
「社内のいろいろな公募にいつでも手を挙げていいし、所属している上司に断りなく異動が決められる制度で、社員の内なる声を大事にして、やりたい仕事や希望を最大限実現できるようにしています。そういう異動なので、異動先でも最初からモチベーションが高い状態だし、自分が選んだ選択なのでより責任感を持って業務を遂行してもらえます」(笠原さん)
子どもが生まれてライフステージが変われば働き方も変わる
MIXIは育休の取得率が男女ともに高い傾向があり、育休から復帰する時に以前に所属していた部署に戻るケースだけでなく、各人のライフステージや興味関心の変化で働き方を変える社員も多いという。実際に「みてね」の社員の中には、子育て中にヘビーユーザーとなりみてね事業部への異動を希望した人もいるという。MCCでは、特定の部署に人の偏りが出たり、経営上重要な事業から人材が流出したりする懸念もありそうだが問題は出ていないという。
「潜在的に勢いがある部署に人は集まりやすい傾向を感じます。社員もその部署の実力をよく見ていますし、だから意外と信じて任せても回っていくなという感覚はあるので、MCCは取り入れても損はない気がします」(笠原さん)
「MIXIには、『次のステージでこれに挑戦してみたい』と堂々と言える文化ができているんですね。会社的に伸ばしていきたい事業に人が集まるのは、社員目線というよりも経営的な目線になることができている。会社全体を見渡している人が多く、どこに行けば自分を活かすことができるかを考えるといった視座を高められるマネジメントがなされていると感じました」(佐藤さん)
終盤では、子どもの幸福についての意見交換も行われた。佐藤さんは、OECDの調査の結果から親と子どもで幸せに関する感覚のずれが生じていると言い、それをどうすれば是正でき、ともに幸せに向かっていけるかという命題があると語った。
それについて笠原さんは、子どもはやりたいことや得意なことをサポートしてほしいと思っている。しかし、親は将来への不安からいまやるべきことを提示し、子どもはそれがサポートではなく、干渉をされていると感じるズレが生じているのではないかと分析。
「AIが出てきて一層社会の不確実性が増し、いろいろな仕事が代替されていくことが予測されます。スピード感やどんな仕事から代替されるかは予測しにくいですが、最終的には自分の好きなことや得意なこと、他の人と比較して特殊な強みを活用していくことが、いきいきとした人生につながるのではないか思っています。子ども自身が自分の「好き」に気づいて、それを実現できるように親としてサポートしていくことが大事ではないかと思います」(笠原さん)
子育ての中からビジネスの芽を見つけ、子どもの自由な関心を大事にする笠原さんも、自分の子どもへはつい厳しい接し方をしてしまうこともあるという。自分の経験を押し付けるのではなく、子どもをきちんと見つめてサポートできるよう試行錯誤を続けているという。それはビジネスにおける人材の育成にも通じるものなのかもしれない。
動画でチェック!
取材・文/久村竜二 撮影/大嶋千尋