一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは衝撃作『MUJINA INTO THE DEEP』連載中の人気漫画家・浅野いにおさんと音楽プロデューサーだけでなく多方面で活躍するヒャダインさんによる「複業」という考え方と働き方に関する対談の様子を紹介していく。
プロフィール
浅野いにお
漫画家、イラストレーター、作詞家。1980年生まれ。1998年に漫画家デビュー。2010年に実写化されて大ヒットした『ソラニン』など数多くのヒット作を生み出す気鋭の作家。SF漫画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は劇場アニメ化されて、その挿入歌として作詞を担当したでんぱ組.incの「あした地球がこなごなになっても」も使用された。現在は、『ビッグコミックスペリオール』にて『MUJINA INTO THE DEEP』を連載中
ヒャダイン
音楽クリエイター、タレント。1980年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、本格的な音楽クリエイターとしての活動をスタート。さまざまなアーティストに楽曲提供しながら、本人もタレント業や執筆など幅広い活動を行っている。ダイムでは『ヒャダインの温故知新アナリティクス』を連載中。
本業を幹にできるからこそ複業がうまくいく
お互いに分野は違うが、本業以外でもさまざまなジャンルでクリエイティブに活動している浅野さんとヒャダインさん。1980年生まれや複数の仕事をするという共通点もあり、同世代として働くことに関する考え方も共感する部分は多かったようだ。浅野さんは、「複業」について対談前に考えてきたという。
「今回の「複業」は一般的な「副業」と漢字が違うじゃないですか。本来の「副業」は本業があったうえで補助的な役割や収入が少ないから増やすための仕事だと思います。「複業」は、本業はあるけど別の仕事を同列でやっていることを指していると思いました。ヒャダインさんはマルチな人という印象が強いので、どうしてそうなったかは関心があります」(浅野さん)
「僕はどれも添える方の副業だと思っていないけど、音楽クリエイターが大きな幹なのでそれがなくなったら終わりだとは考えています。音楽クリエイターとして一線であり続けようと思っていますが、ほかのことも楽しいし勉強にもなるので真剣にはやっています。特にテレビにタレントとして出演するのはすごく面白くて、他のエンタメ業界とは似て非なるエンターテイメントの作り方や喜ばせ方とどこをコストカットして演者のどこを編集で切っていくのかを体感することはいい経験になります」(ヒャダインさん)
元々は社交性がなかったというヒャダインさんは、テレビ出演によって人との絡み方の作法を学んで芸能界での友人も増えているという。さらに音楽クリエイターとしての仕事でも演者側を体験したことで社交性ができてスムーズに仕事を進めることができてフィードバックも大きいという。
一方の浅野さんは本業である漫画家に加えてイラストレーターや作詞家の仕事をしているが、絵を描くことや詩を書くことは基本的には漫画作りと構造は同じだという。そして複業としてさまざまな仕事を縦断する時に、メインの仕事にフィードバックがあるなら積極的にやってもいいと考えているという。その流れの中でヒャダインさんが複業に関する意外な話も飛び出した。
「最近は飲食関係で働きたいと思っています。曲を作ることは楽しいしワクワクもしますが、長年やっているとこのルーティンは飽きたなと思うことがあります。それで給仕をしたいなと思う時があった。それで知人のお店で働きました。レジをやったら死ぬほど疲れましたが、テレビ出演で培った愛想の良さで向いていると思いました。まだ自分の適応力を信じたいので、まったく違うことをやりたいです」(ヒャダインさん)
「僕の印象では、ヒャダインさんはなんでもできちゃう人だから、できない部分を全部できるに埋めていきたいという欲求がありそうな気がする。僕は漫画を描けますし、家でコツコツと何かをし続けることはできるけど、人間関係の業務連絡とかまったくできないです。
30代の頃に、本来は根暗な人間なのに漫画家はしゃべらないというイメージが癪だからベラベラしゃべったり、漫画業界以外の人と付き合いをもって職業のフィールドを広げたりと考えて行動していましたが限界が来て「もう無理」と今は自分に合っていることだけをやるようにシフトチェンジしています」(浅野さん)
年齢によって複業の考え方も変わりそうだという意見も出たが、たしかに年齢を重ねると新しいことに挑戦すると若い頃よりも疲れてしまう。
「若いうちにいろいろな仕事をやっていきたいとか幅を広げていくのはいいと思います。年齢を重ねたらやることの選択肢がどんどん収束していくので、途中段階で選択肢を増やせるようにいろいろやっていくのは建設的だと思います。基本的には同じ仕事をやり続けるのは退屈といえば退屈ですから、そういう意味ではいろいろやってみるのはいいかもしれない」(浅野さん)
切っても切れない仕事とお金の考え方
ビジネスパーソンとして気になる金銭的な話題も出た。仕事を自己実現優先でやるのか収入優先でやるのかで働き方は変わってくるはず。ヒャダインさんは、30代でいろいろな仕事をしたことが音楽クリエイターとして幅と見識が広がったので、日本の終身雇用的なひとつの仕事に集中するという考え方よりも複業をしたほうがいいという考えだ。その流れのなかでふたりのリアルな収入事情も語られた。
「年収ベースでリアル数字を考えると音楽活動が5でタレント活動が1です。ギャラが安い文化人枠ではなくタレントとしてちゃんともらっています。不労所得はいいですよ」(ヒャダインさん)
「僕は漫画を描いているので、基本的に漫画の原稿料と単行本印税が入ってきますが、イラストの仕事は印税じゃなくてギャラになります。僕は印税とイラストがトントンです。漫画が売れにくい状況もありますが、広告イラストのギャラが大きすぎます。その内情で漫画を描き続けることはかなりきついです。
それでも漫画を描いていると、専業のイラストレーターとは違うメリットがあります。僕から言うことではないけど、漫画家は修正などの言うこと聞かなそうじゃないですか?(笑) そういうズルができるからこそ漫画家という肩書はあった方が得策だし、イラストレーターの世界で戦っていく自信はないです。だから先達の漫画家とイラストレーターを複業していた方たちをロールモデルとして、うまくやっているなと思いながら習ってやっています。そう考えると本業と複業のバランスや相互関係の目測を誤らなければ、どっちもいい感じでやっていけるはずでいいシナジーを生むと思います」(浅野さん)
ヒャダインさんも浅野さんも本業での立ち位置が重要で、それを確保できるからこそ複業もうまく行くという。収入面では印税に対する危機感も意見交換された。CDや本が配信やサブスクに移行したことで売れなくなっているという。ヒャダインさんは「音楽プロデューサーとして楽曲提供することでそのアーティストとの仕事が増えるなどのスパイラルもあるので、即時的な考え方では仕事をしないようにしている」という。
最後に、浅野さんがこうまとめた。
「クリエイターという括りでも最近10年で取り巻く環境は激変しています。漫画市場全体の売り上げは上がっていますが、それは漫画家の数が数倍に膨れ上がっているからで一人当たりでいうと収入は減っています。現状はそういう状態で今後10年がどうなるかはわからない。AIも急速に普及していますが、これからモノを作っていく人は、なぜ人が作る必要があるのかという疑問を考えながら作っていく時代がやってくると思います」
さらにお互いに40代を迎えて、今までの向かっていく感じから逃げ切ろうとするメンタルに変化しているという。その意味でも複業を探すなら好きなことを仕事にするという選択肢は有効かもしれない。
そして趣味を仕事にすることに関する意見では、こんな意見があった。
「漫画も音楽も元々は趣味だから、それを仕事にしちゃいけないというのは自分には当てはまらない。趣味でお金が入ってくるのは最高です」(浅野さん)
「趣味は複業としてマネタイズしやすいものとしにくいものがあると思います。それは趣味自体の特性みたいなものなので、それで一喜一憂するのはちがうかな。でも趣味が配信などで簡単にマネタイズできてしまうとSNSと承認欲求で悲劇になることもあります。一瞬でスターになれる世の中で、内実がともわないと続かないけど浴びたスポットライトは忘れられない人もいます」(ヒャダインさん)
「それは現代的な悲劇ですね。毎日のようにスターが生まれて消えているわけだから、そういう意味で落差を感じる人はいるかも知れない。でもスポットライトが当たったことがないよりはあったほうがいいのかなとは思います」(浅野さん)
ヒャダインさんからは余談として浅野さんにパラレルワールドの考察について質問が飛び、浅野さんの人生観について語られたが、これも興味深い内容だった。イベントの終盤には質疑応答のコーナーがあり、ブランドイメージやタイムマネージメントの考え方についてヒャダインさんと浅野さんの考え方も語られた。ブランドイメージでは、ヒャダインさんが音楽プロデューサーとして意識していることはあるが、自分自身の曲調を好きなので作り続けている中で迷いはないと回答し、浅野さんは常に最近作が一番嫌いな作品で、これまでのブランドイメージが邪魔だから新作ではガラッと読者層が変わるぐらいテコ入れして作品作りをしているという。
「一番売れた作品の印象が残ってしまうらしくて、昔の作品といまの作品はまったく違う作風なのにいまだに20代のモラトリアムを描いている漫画家と思われています。それを覆しきれない部分はあるけど、自分を常に否定して別方向に行くことをやり続けたゆえに、それが僕のやり方になっています」(浅野さん)
「浅野さんは、クリエイターとしては伸びしろがあります。僕はいまの曲が最高と思うからマジで伸びしろがないです」(ヒャダインさん)
「ヒャダインさんは、それで結果を出せているからいいですよ」(浅野さん)
ブランドイメージの考え方だけでなく創作に関する取り組み方でもマルチタスク型のヒャダインさんとシングルタスク型の浅野さんは、かなりスタンスが違う。同じ年の複業クリエイター同士で共感する部分も多かったようだが、制作スタイルはまったく共感できていないのも面白かった。今後10年でクリエイターの環境は激変するだろうと予測するふたりが、今後どんな複業に挑戦するのかも楽しみだ。
動画でチェック!
取材・文/久村竜二 撮影/五十嵐美弥