一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@DIME』は、本誌連載陣や第一線で活躍する著名人・ビジネスパーソンがテーマに合わせてディスカッションするカンファレンス「DIME Business Trend Summit」を開催した。第2回となる今回のテーマは「Well-Working」。
急速に変容する世界で生き残るために、企業も個人もイノベーションが欠かせない時代に何が必要なのかを考えていく。ここでは人工知能学会会長の栗原聡・慶応義塾大学教授と三菱電機の「AI SPEC(AIスペック)」の立案者である深川浩史さんにAIの現在地と今後について議論してもらった(司会進行/DIME編集長 石﨑寛明)。
プロフィール
栗原聡(くりはら・さとし)
慶応義塾大学理工学部教授。人工知能学会会長。NTT基礎研究所、大阪大学、電気通信大学などを経て、慶応義塾大学の共生知能創発社会研究センターのセンター長やオムロンサイニックエックス社会取締役を兼務。人と共生できるAIの研究の進めており、故手塚治虫のブラックジャックの新作を生成AIを使って制作した「手塚プロジェクト2023」の総合プロデューサー。
深川浩史(ふかがわ・ひろふみ)
三菱電機株式会社統合デザイン研究所、UIデザイナー。AIと人間の共生について議論する社内プロジェクト「AI SPEC」の立案者。
AI技術で「Well Working」を実現できるのか?
現在、多くの企業や組織が参入し、ビジネスシーンをはじめとしたさまざまな場面で注目が集まっている人工知能(AI)。クラウドやネット環境のないスマホやパソコンのローカルな環境でも導入が進んでいる。はたしてAI技術は「Well Working」を実現するための福音となれるのか? まずは栗原教授にAIの現状を語ってもらった。
「テクノロジーは、一言で言えば人間が楽をするために発展してきました。そこで一番重要なのは、時短や作業の簡略化などの効率化です。いまのAIも基本的には同じ考え方です。でも強調したいのは、AIで効率化すること自体はイノベーティブな行為ではありません。いまだに新しいものを考えることは人間の作業で、テクノロジーを使っての効率化ではなく新しいものを作る時にAIを使うことで創造力が増強されることがイノベーティブでのAIの本来の役割だと思います。生成AIが出てきたことで、単なる効率から創造という新しいところに開かれたことは評価したいです」(栗原教授)
AI関連の投資額は世界的にも莫大な金額になっている。それにも関わらず事業としては自転車操業的な状況なのは問題だと指摘する。
「例えばOpenAIは7000億円ぐらいの赤字で、AIはすごく可能性はあるけどお金にはなっていない。お金にならないでずっと投資されているのはまさにバブル状態でして、可能性のあるものを実利のある形でちゃんと離陸させないといけないのに、お金にならないからと下火になってしまったらいけません。AIはその分岐点に来ているかもしれないので、現在の状況をあまり楽観はできないです」(栗原教授)
一方、三菱電機は、「Maisart」ブランドでAIの技術開発を進めている。演算量をコンパクト化しているのが特徴で、機器内でAIを完結させる仕様になっている。通常のAIのネットやクラウド側に接続して応答する形をその場で瞬時に処理することができ、回線設備や通信量を節約したり、機器の中で完結させることでセキュリティの面でもメリットが大きいという。深川さんは、AIの技術開発に直接関わっていないが、AI倫理を自分事として考えるための議論の場として「AI SPEC」を立ち上げた立案者。その狙いを教えてもらった。
「私自身は、AI技術そのものの開発には加わっていないのですが、AI開発に関する研究と並行する形でAI倫理に関するメーカーの責任と取り組みを進めています。社内でAIと未来について考えて、コンテンツを作って社内でワークショップを行なったりしています」(深川さん)
生成AIの急速な発展と普及で、AI倫理の議論は世論全体のトピックスになっている。「AI SPEC」では、AIが判断したことの責任の所在、AIが生成したコンテンツの権利者は誰になるかといった直近の問題から、数十年後の未来でAIと人間の関係性はどういう変化をしていくのかなどを検討しているという。
「普段の生活にAI技術が当たり前のように浸透した時、単なる道具として扱うか、人格や感情的生物として付き合っていくのか、倫理観だけでくくれない話かもしれないですけど、AIと人の付き合い方は広い捉え方をして議論する必要はあると思います」(深川さん)
「AIを作る側としては、ブレーキを踏まず突き抜けていきたいと思うわけですが、これだけ大きくバズってしまうとやはり猪突猛進というわけにはいかない。車や電卓など今までのテクノロジーは、作った機械をそのまま使えました。でも生成AIに関しては,我々は開発されたAIシステム自体を利用しているのではなく、人間の膨大なデータをAIシステムが1つの塊に集積した「AIモデル」を利用しているのです。だからAIは、「人からできている」という言い方が一番しっくりします。人間は、それぞれバイアスがあります。そういった人のデータをたくさん集めて蒸留していくことで,人が持つバイアスが色濃くなっていきます。それがAIモデルなのです。だからAIシステム自体が偏っているのではなく、AIは人の持っているバイアスの映し鏡になっているので、そういうことをちゃんと理解していないと使い方を誤ってしまいます」(栗原教授)
「AIの技術開発者には倫理でブレーキをかけるのが煙たがられます。でもAI技術者が未来や倫理的なことを自分事として考えて、足かせではなくより良い未来を創るために必要なリテラシーとして認識してもらう必要があると思います。そのために親しみやすいコンテンツとして短編のSF漫画を作りました。少し先の起こりうるかも知れない未来を描いていますが、三菱電機が描くハッピーで美しい未来ではなく、人によってはディストピアと受け取れるような未来を描いています」(深川さん)
ある意味で賛否両論が起きるような内容にしたのは、それによってさまざまな立場の人間がAIの未来を自分事として活発な議論を起こすためだという。ちなみに作品は、三菱電機のサイト「AI SPEC」で無料で読むこともできる。
AIとクリエイティブの結びつき
栗原教授はAIとクリエイティブについてもさまざまな活動を行っている。特に注目を集めたのが手塚プロダクションと行った「AIと人間の共創マンガの実現」として取り組んだ「TEZUKA2023」における名作『ブラック・ジャック』の新作制作だ。
「人工知能は人間みたいにゼロから何かを作り出すことはできるのか質問されますが、人間だってゼロからものを創造することはできないと答えています。人間も生まれてからいろいろな情報を頭の中に入れて、そこから独自のモデルを作って反応するという点ではAIと同じです。AIでストーリーを生成される過程では,あまりに奇抜過ぎてでたらめな展開と思えるものも出力されることがあり,それではストーリーは作れないと思いました。でもクリエイターにとっては、そのデコボコがイノベーティブな心を刺激したんです。AIには膨大な知識が詰まっており,人がAIとやりとりする過程で,その人にはない多様な知識やアイデアの種をAIが提供してくれることで,新たな発想やイノベーションを効果的に起こすことができるということを,今回のプロジェクトで思い知らされました。いろいろな人が人工知能を使うことによって、まだまだ先に進めることがあると思います」(栗原教授)
「デザイナーとしては、AIでクリエイティブを広げることに可能性を感じています。正確な答えを求めると「ハルシネーション」と呼ばれる平然と嘘をつく問題があります。でも新しいアイデアや斬新なバリエーションには嘘という概念はないので、クリエイティブな作業はAIが協力してもらえる職業だと思いました」(深川さん)
「まったくの同感です。ただ生成AIが怖いのは、あくまで膨大な人々の考えの集約体なので、大体において自分の意見より良い可能性が高い。よって,自分が強いモチベーションを持って使っている時は大丈夫だけど、適当に使っているとマイナス効果でAIのいいなりになってしまう。自分が高いモチベーションを維持しておかないと、生成AIによって簡単にダークサイドに墜ちてしまう。そこが難しいポイントです」(栗原教授)
ビジネスにおけるAI活用の課題と今後
栗原教授は、AIの未来においては人間がどう使っていこうとするかによるという。
「AIエージェントという言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、いままで道具だったAIが自分で物事を考えて判断する,自律型のAIが登場してくるだろうと考えられます。AIが道具ではなく、自ら何かを考えて人間に何かしらの信頼できるアドバイスをしてくれるようになった時に、例えば苦渋の判断をAIが説明してくれて納得できるものであれば、みんなの合意として判断していくことになるかもしれない。そうなれば未来の流れが少し変わるかも知れないと考えながら次の人工知能を作っています」(栗原教授)
「AIに対するリテラシーを高めて。自分が道具として使われるようにならないようにしないといけない。最後は人間が判断をするためには、今まで以上に見極める能力やスキルが求められると思います。AIは計算能力さえあれば時間をかからずにたくさんの情報を出してくる。AIを仕事に活用することは、自分がやっている仕事に対する見極めのセンスを磨くことも同時にやっていく作業なんだろうなと思います」(深川さん)
AIを仕事に活用することは、同時にジャッジするための知見や材料を持つことも重要な要素になる。AIが高度になれば、それだけ使う側の高いモチベーションと判断力が必然になってくるという。栗原教授は、「これまで日本の会社は優秀な歯車を作ってきたと思いますが、これからは自分が駆動するモーターになってAIをどんどん回していくようになるべき」と提言する。人間とAIの連携がうまく回っているうちはいいが、人間側の判断力がなくなるとAIに飲み込まれてしまう危険性もある。使う側の能力は試されるのだろう。
今回のディスカッションでは、会場で質疑応答も行なわれた。AIをうまくクリエイティブで活用する時に、大切な発想の仕方や考え方の訓練方法など興味深い話もあった。そしてSF作品であるようなAIによる核戦争勃発などが起こりうるかという質問にも栗原教授は答えた。
「可能性はあるとしか言えない。ロシアがウクライナ侵攻する時は、自律型AI兵器の開発と使用を国連が禁止する話で進んでいた。でも安価で大量生産できるAIドローン兵器を使ったのはウクライナでした。けしからんと言っていた西側諸国が推す国が使ってしまい、いまは開発競争を止めようと思っても止まらない状況です。これは人間の業ですよね。戦争になった時に歯止めがきかないし、楽観はできない状況だと思います」(栗原教授)
今回のディスカッションでは、AIは人間の映し鏡というのがあった。今後のAIの進化を考える上で人間の判断は重要なファクターになりそうだ。
動画でチェック!
文/久村竜二 撮影/五十嵐美弥