テレビのCMや電車で見かける広告に添えられた、商品やサービスの魅力を伝えるワンフレーズ、キャッチコピー。今年8月、コピーライターが長年の経験で培った思考プロセスをAIに学習させ、キャッチコピーを創造するツール『AICO2』が誕生した。大規模言語モデルをベースとしたAICO2はどのようにして生まれたのか、そしてどうやって実際にキャッチコピーを生成するのか。広告業界の未来図である『AICO2』を生み出し、自身も電通のコピーライターの一人である川田さんに聞いた。
川田琢磨さん
株式会社電通 CXクリエーティブ・センター
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
2011年電通入社。コピーライターとしてキャリアをスタートし、2013年TCC新人賞。2017年、電通デジタルへ出向。クリエイティブ表現からブランドリフトを予測する【Brand Lift Checker】を開発。2020年より現職。同年ACCゴールド/クラフト。2021年Spikes Asiaグランプリ。
AIにコピーライターの考え方を学ばせた「創造的思考モデル」
広告会社の仕事の一つに、キャッチコピーを作ることが挙げられる。
一言で商品の価値を伝えるキャッチコピーは一見、つくるのが簡単そうに見えるが、コピーライターの経験に裏打ちされた技術が詰まっている。
そのキャッチコピー考案にAIを活用できないか――挑戦的ともいえるプロジェクトが、電通が2015年から開発を続けているAIコピーライター『AICO』だ。今回新たに発表した『AICO2』の開発チームのひとりで、CXクリエーティブ・センターのコピーライター/クリエーティブ・ディレクターでもある川田さんに、開発の経緯を聞いた。
「2017年に発表された初代『AICO』は、いくつもの広告制作で活用された実績を残しています。19年には、その年の優れたキャッチコピーが掲載されるコピー年鑑(TCC年鑑)に、AICOの名前がコピーライターとして載っています」
しかし、AICOの挑戦はそれで終わりではなかった。21年から新たなエンジンを搭載した『AICO2』の開発に向け動き出すこととなった。
「初代AICOはいわゆるディープラーニングがベース。大量のキャッチコピーを学習して、言葉同士の距離を類推しながらコピーを生成する仕組みでした。一方で、表現手法を学習データに依存していたため、コピー表現のバリエーションが限られるという課題がありました」
そんな折に登場したのが、ChatGPT等で話題になった大規模言語モデルだった。
「既に言葉同士の距離を学習済みの大規模言語モデルを活用すれば、AICOを進化させられるのではないか――そうして生まれたのが、開発当時最新モデルであったGPT-3.5 TurboモデルをFine-Tuning*して開発したAICO2です。
*ある教師データセットを使って事前学習した訓練済みモデルの一部もしくは全体を、別の教師データセットを使って再トレーニングすること。
初代『AICO』との一番の違いは‶キャッチコピーそのものを学習させる〟のではなく‶キャッチコピーが生まれるまでの過程〟、つまりコピーライターの思考プロセスを学習させている点です。弊社ではこれを『創造的思考モデル』と呼んでいます」
3年弱の検証・開発期間を経て、24年8月、ついにAICO2の実用化へとたどり着いた。
AICO2は「新人ライターを育てるように」開発した
今回、実際にAICO2を使用して仮のビール商品『AICOビール』のキャッチコピーを生成してみた。
まず、商品名と商品の情報を入力する。すると伝えたいこと(What to Say)の候補をAICO2がいくつか提案してくれる。
「今回、『豊かな香りが特徴の美味しいビール』というだけのシンプルな情報を入力したのですが、そこからAIが『香りが特徴ということは高品質な原材料を使っている』と類推して、『高品質な原材料』という商品そのものの特徴や、『特別なひととき』を過ごせるという消費者側のベネフィットまで提案してくれました」
候補からイメージに近いものをいくつか選択すると実際のキャッチコピー案(How to Say)を生成してくれる。
「単にキャッチコピーを生成するだけでなく、それぞれのコピーに辿り着くまでの考え方を『理由』の項目で、そのコピーに対する自信度を『評価』の項目で数値化して表示させています。『評価』は現職のコピーライターの審美眼を学習させたコピー評価システムに出力結果を判定させたもので、候補を選ぶ際の目安にできます」
ただコピー案を生成するのではなく、実際の企画会議でコピーライターが自分のアイデアを説明するイメージで情報設計されており、説得力が増しているのがAICO2の特徴だ。
ChatGPTを利用したことのある人なら経験があるかもしれないが、生成AIは時として適当なことをもっともらしく提案してくることもある。『AICO2』は真にロジカルなキャッチコピーを生み出しているのだろうか。
「そこが苦労した点でもあり、創造的思考モデルのポイントです。開発段階のトライアルの一環で、『AICO2』に‶なぜ、そのキャッチコピーを導き出したのか〟という理由とセットで出力をさせてみました。すると精度が一気に向上したんです。そのキャッチコピーに辿り着いた意図を併記させると、それから矛盾したものを出しづらくなるようなんです」
では、このパフォーマンスを支えている創造的思考モデルはどのようにして作られたのか。鍵となるのは、これまで電通が行なってきた新人向けのコピーライター研修講座だった。
「新人研修では様々なキャッチコピーに対しての講評を行います。なぜこのコピーが優れているのか、どのように発想すれば生み出せるかを言語化して、解説します。それと同じことをAIに対して行なえば、よりよいものができるのではないかと考えたのが出発点です」
Fine-Tuningに使用したのは、社内研修の課題で提出されたものなど、電通が権利を保有するキャッチコピー36年分のアーカイブデータだ。そこに、このコピーで伝えたかったこと、このコピーに到達するまでの思考プロセスを書き加えていった。
「例えば、『人権スローガン』という社内のDEI啓発を目的とした取り組みで、有名なコピーライターでもある玉山貴康さんが「子どもの人権」をテーマに書いた『忘れられない思い出が、どうか、いいことでありますように。』というコピーがありました。『忘れられない思い出』という言葉は一般的に、素敵な思い出を指す表現として使われますが、そうじゃないものを指していることに気付かせる文脈で、『児童虐待で受けた心の傷は一生消えない』ことを強く訴えています。これらの内容をキャッチコピーとセットにすることで、コピーライターの思考プロセスをAIに学習させました」
キャッチコピーの出発点となるWhat to Say(伝えたいこと)の生成も、コピーライターが自然と行っている“Whatを見つけるための思考プロセス”をAIに教えることで精度を向上させた。
「キャッチコピーを作るコピーライターの思考があるのと同様に、Whatの見つけ方にもテクニックがあります。その基本形の一つとして、商品そのものの特徴を言う『機能的価値』と、消費者側の気持ちに目を向けた『情緒的価値』に整理して発展させるというやり方があるのですが、そのプロセスを再現しました。AICO2を開発することは、コピーライターが無意識にやってきたことを再定義していく作業でもありました」
一方で、インプットする情報によっては、かえって精度が下がってしまうケースもあるそうだ。
「広告は時代を映す鏡と言われますが、キャッチコピーが作られた時代背景について学習させたところ、タイムトラベルが実現した現代では~等、ありもしない世相を反映したキャッチコピーを作るようなってしまい、大規模言語モデルの得意不得意があるなと。なので、時流に左右されない本質を突くキャッチコピー開発に必要な思考プロセスに絞ってチューニングすることにしました」
エンジニアとコピーライターが連携し手探りで組み上げたAICO2は、東京大学AIセンターとの共同研究で行った評価実験において、コピーライターとAICO2が協働すると、コピーの品質が向上する傾向を確認している。
【参考】電通と電通デジタル、東京大学AIセンターとの共同研究 「AIとの協働による人の創造性の拡張」を人工知能学会全国大会で発表 – News(ニュース) – 電通ウェブサイト (dentsu.co.jp)
「コピーライターの思考プロセスを学習させたことで、よりよいコピーが生成されている可能性が示されて、コピーライターがAIを使いこなす未来へとさらに近づけました」
現在、AICO2は独自技術として特許出願中だ。まずは社内のクリエイティビティを飛躍させるツールとして展開していきたいと考えているという。
今後はChatGPT最新モデルの採用や、精度向上に有用なインプット項目の調査、誰も体系化してこなかった無意識的な思考プロセスの再定義などをトライしていく予定だ。
「試験段階ですが、ChatGPT最新モデルでは言葉の精度がさらに上がっていて、やっぱりすごいなと(笑)。あとは不適切用語のフィルタリングやターゲットを指定したコピーライティング機能の追加なども検討しています。特にターゲットは唯一無二のキャッチコピーを作るうえで重要な情報。開発過程で今回は省いていますが、今後定義できるようにして、より印象に残るキャッチコピーを生み出せるようにしたい」
ちなみに、本記事のタイトルにある「人間の心と、AIの頭でつくる」のキャッチコピーはAICO2に考えてもらったものだ。まさにAICO2は、長年積み上げてきたコピーライターたちの思考と、AIが持つ知能で作られた、新しい広告の形なのかもしれない。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。
撮影/干川修