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「新商品開発にはプロの料理人が必須」日清食品の〝コーポレートシェフ〟とは?

2024.09.26

日本国民は平均して一人当たり年30個のほどのカップ麺を食べると言われている。

そのカップ麺市場の頂点に君臨するのが言わずと知れた日清食品だ。

カップヌードル、日清のどん兵衛、日清焼そばU.F.O…好きなカップ麺の名前を挙げると大体が日清食品から発売されている。近年、日清食品はカップ麺に限らずカップメシ市場や冷凍食品市場でもその存在感を強めている。

さらに、2022年5月に販売を開始した「完全メシ」シリーズは2024年8月末までに累計販売食数が3000万食を突破したという。

なぜ「完全メシ」はこれほどまでに国民の胃袋を鷲掴みにすることができたのだろうか。

日清食品に話を聞くと「その理由の1つは、専属のシェフがいるからです」との意外な回答が。

日清食品が採用した「コーポレートシェフ」の実態に迫る。

渡欧経験もあるイタリアンのシェフが日清食品に転職

シェフがいるのは東京・八王子にある日清食品グループの技術・研究・開発の拠点、通称「the WAVE」だという。

八王子駅から車で30分。あきる野市との境の山の中、広大な敷地に佇む同センターは、研究スタッフを中心に約470人が勤務する日清食品グループが誇る研究施設のひとつである。

「the WAVE」の外観

ここでは、時期ごとに発売されるカップヌードルなどの人気商品の新フレーバーからこれから世に出るであろう新商品まで幅広く研究・開発が行なわれている、いわば日清食品グループのコアに当たる場所だ。

多くのスタッフが作業服で働く中、コックコートに身を包む人物がいる。シェフだ。

加藤:はじめまして。フューチャーフード研究開発部 主任の加藤です。本日はよろしくお願いします。

加藤孝さん
日清食品ホールディングス グローバルイノベーション研究センター フューチャーフード研究開発部 主任

――よろしくお願いします。早速ですが……加藤さんは本当にシェフなんですね

加藤:ええ、そうですね(笑)。19歳で専門学校を卒業してから東京や地元・新潟、そしてイタリアなど、これまで料理一筋で生きてきた生粋の料理人です。

――専門はイタリアンなんですか?

加藤:はい。専門学校を卒業してはじめて勤めたのも都内のイタリア料理専門店です。その後、本場イタリアで約1年2か月の武者修行をして日本に帰ってきました。帰国後は地産地消をテーマにしたレストランで料理長を務めたり、都内のファミリーレストランの運営に携わったりしましたが、厨房に立つだけではなく、自分が作った食事をより多くの方に届ける料理人になりたいと思い、今に至ります。

――食品会社が料理人を募集している、という話はあまり聞いたことがありませんが業界ではよくあることなのでしょうか

加藤:いえ、私も日清食品がシェフの求人を出していて驚きました(笑)。「シェフ」「新規事業」といったワードで次のキャリアを検索していると、日清食品が「コーポレートシェフ」という役職を募集していたんですよ。「コーポレートシェフ」という言葉も初めて聞きました。

――それで加藤さんは「コーポレートシェフ」としてどのような仕事をしているのでしょうか

加藤:大枠は新規事業のレシピ開発です。具体的に言うと、私は今、「完全メシ」シリーズの新商品の、特に「味づくり」に携わっています。

――味づくりですか?

加藤:そうなんです。「完全メシ」は「栄養バランスが整っていて、普段の食事と変わらないくらいおいしい」ことがポイントなんですが、それがとても難しいんです。

そもそも「完全メシ」は厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」で設定されたカロリーや栄養素から計算して、「カロリーあたり理想の栄養バランス」を追求しています。たんぱく質、脂質、炭水化物の三大栄養素や食塩といった比較的計算しやすい栄養素から、普段の食事ではそこまで意識することがない栄養素まで、0.01g単位で量りながらレシピを作っています。

また、理論上では栄養バランスが整っていたとしても、実際に作るとおいしくならないことも少なくありません。

理想の味わいと整った栄養バランスを両立させるには、シェフならではの技術とセンスが必要になると思っています。それに栄養素はたくさん入れれば良いというものではありません。カルシウムやリン、鉄など、一部の栄養素には摂取上限値があるため、その制限内におさめなければなりません。

そのうえで、料理として「おいしい」もしくは「普段の料理と同じ」と思ってもらえる味づくりが非常に難しい。だからこそ、日清食品はシェフを求めていたんだと仕事をしてみて実感しています。

――新商品の味づくりをするのはどういうプロセスなのか教えてください

加藤:まずは、マーケティング部から「こういう商品を作りたい」と要望が来ます。

例えば、先日発売した「冷凍 完全メシ DELI おにぎり」シリーズでは、まず20種類のフレーバー案が送られてきました。

「冷凍 完全メシ DELI おにぎり」シリーズ

私はそこから「完全メシ」のコンセプトである「栄養とおいしさの完全なバランス」が実現可能かを考えます。時には、マーケティング部から無茶な依頼をされることもあります。

今回で言うと、候補のひとつに「塩おむすび」があったんですが、「これは無理だろう」と思いましたね(笑)。「完全メシ」にはたんぱく質をはじめ、様々な栄養素を配合しないといけないので、シンプルなメニューほど「完全メシ」にするのは難しいんですよ。

チームで協議を重ね、どんなラインナップで開発を進めるかが決まると、次は「味づくり」です。毎日、調理場で試作品を作り、試食を重ねます。多い時には、ひとつの商品に対して数か月間で100を超える試作品を作ることもあります。

味が完成すると製品化を担当するチームにバトンタッチしますので、そこまでが私の仕事です。「完全メシ」はこれまで3000万食以上販売されましたが、これほどまでに多くの方に食べてもらえる食事を作ることは、私が一人でレストランを経営していたのでは不可能でした。商品づくりには多くの人間が関わりますが、その一つのステップとして携われることは、コーポレートシェフならではのやりがいだと感じています。

試作、試食を繰り返し、チームメンバーとも意見を交換する加藤さん

麺のプロはいても料理のプロはこれまでいなかった

完全メシ事業を統括するビヨンドフード事業部長の矢島さんはコーポレートシェフについて次のように言う。

矢島純さん
日清食品株式会社
取締役 ビヨンドフード事業部長

「『完全メシ』の〝完全〟には33の栄養素が過不足なく摂取できるというだけでなく、『おいしい』という意味も含まれています。おいしくなければ完全ではない、という考え方は開発当初から一貫していますので、『味づくり』を専門に担当してもらうコーポレートシェフを採用することにしました。

現在は『完全メシ』の開発チームに4人のコーポレートシェフがいます。『完全メシ』は『おいしい』というイメージを作ることができているのは彼らのおかげだと思っています。

ご存じの通り、日清食品は麺には強い会社です。麺商品の味づくりだけで言えば、社内にその道のプロがたくさんいます。しかし、『完全メシ』はインスタント麺やカップメシ、冷凍食品だけでなく、社食メニューやお弁当なども展開しており、さらにはパンやお菓子といった領域にまで進出しています。『完全メシ』のラインアップを拡充し、さらに発展させるためには、料理のプロである彼らの技術や経験と既存の研究開発スタッフの知見の相乗効果が欠かせないと思っています」

「完全メシ」はこれまで3000万食以上も販売され、2025年度にはブランド単体で売上100億円を超えるまでに成長する見込みだという。

「2014年に発売した『カレーメシ』が100億円規模の事業に成長するまでは7年ほどかかりましたが、『完全メシ』はその約半分に当たる4年で達成する見込みです。完全メシの成長曲線は、弊社の数ある他ブランドと比較しても目を見張るものがあります」

9月9日、「完全メシ」シリーズから「完全メシ カップヌードル 汁なしシーフードヌードル」が発売された

チキンラーメンやカップヌードルなど〝おいしいは当たり前〟な商品を作り上げてきた日清食品だ。おいしい商品を私たちに届けるために本気で考えた結果、専属シェフを雇うという結論にたどり着いたのは当然だったのかもしれない。

取材・文/峯亮佑 撮影/木村圭司

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