「群雄割拠」の時代はいつ?
「群雄割拠」の状態がみられたのは、以下の3つの時代といえるでしょう。
・日本の戦国時代
・古代中国の春秋戦国時代
・古代中国の三国志の時代
それぞれの時代について解説します。
■日本の戦国時代
日本の戦国時代は、「群雄割拠」の状態にあった時代の1つです。日本の戦国時代は15世紀末頃から16世紀後半まで続き、各地の戦国大名が自国の勢力拡大を目指し他国との争いを繰り広げていました。
室町幕府の権威が失墜し、各地に群雄が割拠し、日本歴史上もっとも顕著な戦乱の時代であったとされています。
応仁の乱をきっかけとして全国で戦乱が頻発し、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった有力な大名が次々と台頭しました。
最終的には徳川家康が関ヶ原の戦いで勝利し、江戸幕府を開くことで終焉を迎えます。日本の戦国時代は、まさに多くの英雄たちが覇権争いを行う「群雄割拠」時代であったといえるでしょう。
■古代中国の春秋戦国時代
中国の春秋戦国時代も、「群雄割拠」の時代に該当します。春秋戦国時代には各地に有力者が登場し、国内の分裂が進みました。
その後の五代十国時代は「藩鎮割據(はんちんかっきょ)」、後漢(東漢)の三国時代に続く乱世は「州牧割據(しゅうぼくかっきょ)」と表現され、これらの時代はまとめて「群雄割據(群雄割拠)」と呼ばれます。
■古代中国の三国志の時代
古代中国の三国志の時代のきっかけは、黄巾(こうきん)の乱です。黄巾の乱を契機に後漢王朝の衰退が始まり、中国は「魏・呉・蜀」という3つの国に分裂、各国が戦争を開始したことで混迷の三国志の時代に突入します。
「魏・呉・蜀」は、それぞれ独自の戦略と同盟によって拡大しました。とくに赤壁の戦いは、三国の勢力図を大きく変えた重要な戦いといえるでしょう。この時代の群雄割拠の様子は、後世の文学や歴史書に多大な影響を与え、現在でも多くの人々に愛されています。
「群雄割拠」の意味を理解して使いこなそう
「群雄割拠」は、英雄たちの覇権争いを意味する四字熟語です。「群雄」は多くの英雄や英雄の群れを、「割拠」は各自が領地を所有し、その場所をよりどころにして勢力を張ることをあらわします。
実力のある英雄がいたとしても、自分の領土を持たない流れ者であれば、その者は割拠する者には含まれません。
現代ではビジネスシーンやスポーツ、将棋などの分野で、派閥争いや勢力争いを表現する際に使われることが多いといえるでしょう。
ビジネスシーンでは、多くの企業が生き残りをかけてしのぎを削っている状況をあらわすケースが多いことが特徴です。スポーツや将棋などの分野でも、激しい競争が繰り広げられている様子を示す際に用いられます。
「群雄割拠」の類似表現としては、「竜騰虎闘」「竜攘虎搏」「竜闘虎争」「合従連衡」が挙げられるでしょう。反対表現は、「四海兄弟」や「寡占」などです。
「群雄割拠」はビジネスシーンにおける勢力争いや出世争いでも使われる言葉であるため、正しい意味や使い方を覚えておきましょう。
構成/橘 真咲