生魚も普通に食べるタヒチの人々
タヒチで生魚を使った料理の代表と言えばこの「ポワソン・クリュ」。だが現地の人たちはこれ以外にも普通に生魚を食べる。
たとえばタヒチには「Sashimi」という料理がある。もちろん語源は日本の「刺身」だ。ただ食べ方は少し異なる。生魚(こちらも主に「マグロの赤身」だが日本の刺身と薄造りの中間くらいの薄さにスライスする)の下にキャベツとニンジンのスライスがあるのだが、これは「刺身のつま」のような扱いではなく、「刺身といっしょに食べる」ことが多い。
一般的なタヒチの「Sashimi」。この下にキャベツとニンジンの千切りが敷かれている
キャベツはなく、ニンジンのスライスともやしを乗せたバリエーションメニュー
味付けも大きく異なる。しょうゆではなく「Sashimiソース」で食べる。原材料は塩、オイスターソース、油、マスタード、砂糖など。想像していただければわかるようにかなりの濃厚。マグロの刺身とだけで食べるとしつこさが勝るが、キャベツとニンジンのスライスも合わせると「ん? これはこれでありだな」と感じる。
「タルタル」という料理もある。これは「牛肉のタルタル」同様に、生の魚を細かく切ってマリネしたもの。これは炙るほうではなく刻むほうの「たたき(なめろう)」に食感が近い。
マグロのタルタル。同時に食べたSashimiよりもうまかった
データ的なものは見つからなかったが、ポリネシア人のガイドさんによるとタヒチの主要な産業は観光業、黒真珠、漁業で、魚も多く輸出されているという。
美しい海が広がるタヒチ。漁業も盛ん
では「ポワソン・クリュ」などの生魚はいつごろから食べられていたのか。ネットなどで調べてみてもわからず、また現地のポリネシア人に聞いても「子どものころから食べていた」という答えばかりで正確なところはわからなかった。
屋台から高級レストランまでどこにでもある「ザ・定番」
さてこの「ポワソン・クリュ」、とにかく素材を切って混ぜ合わせるというシンプルなレシピからすると立派な「B級グルメ」である。だが屋台や安食堂だけでなく、高級レストランでも必ずと言っていいほどメニューに載っている。
いろいろと珍しい逸品だって頼める高級レストランに行っても、やっぱりなんだかんだでこれが食べたくなったりする。このあたり、まさにタヒチの人たちの「ソウルフード」なのだろう。
値段は場所によって変わってくるが、平均すると2000円くらいだろうか。物価が安いとは言えないタヒチは、ハンバーガーと山盛りポテトチップスのセットと同じくらいの値段だ。
高級なレストランでは「テーブルの前で素材を和える」というパフォーマンスをしてくれるところも
気に入ってしまい1週間ほどの滞在中に結局4回も注文したが、どこで食べてもほぼ同じ味。決まった素材を混ぜ合わせたものなのだから当たり前だ(輪切りのネギをトッピングするとか、トマトを加えるといったバリエーションもあったが)。
「同じでつまらない」と感じる人もいるかもしれない。でも「マズい」に当たってしまう可能性はほぼない(たぶん生魚の鮮度が悪いとか以外は)。どこで食べても安定の味。安心して頼める。それこそがB級グルメの魅力の一つかもしれない(当たりはずれの多いB級グルメもまた楽しいのだけれど)。
そして味付けもシンプルなだけに汗をかいたときは塩を加え、普通のときはそのままと調整できるのもいい。
ちなみに大抵の場合、炊いた白米といっしょに提供される。じつはタヒチで出されるコメはインディカ米。「ああ、ふっくらとしてジャポニカ米が食べたい」と毎食思っていたのだが……このインディカ米を「ポワソン・クリュ」のスープに浸すと妙にうまくなる!(たぶん邪道で、現地の人もしないまさに「B級」な食べ方だと思うがぜひお試しあれ!)。
世界はうまいで満ちている。
取材協力
タヒチ観光局 https://www.tahititourisme.jp/
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住