宇宙が身近に。宇宙飛行士・若田光一さんが語る宇宙の使い方
イベントの大トリは、宇宙飛行士の若田光一さんによる基調講演でした。
若田さんは1992年に宇宙飛行士候補者に選抜にされて以来、日本人最多となる5回の宇宙飛行を経験し、通算の宇宙滞在日数は日本人最長の504日を記録しました。宇宙航空研究開発機構(JAXA)を2024年3月に退職し、現在は国際宇宙ステーション(ISS)の後継として期待されている宇宙ステーションや月面で使用される予定の宇宙服の開発を手がける米国の新進気鋭のベンチャー・Axiom Space(アクシオムスペース)の宇宙飛行士兼アジア太平洋地域のCTO(最高技術責任者)として資金調達やビジネス開拓、宇宙飛行士の経験を生かした設計・開発のフィードバックなどを行なっています。
Axiom Spaceは独自の宇宙ステーションを打ち上げる準備として、ISSへの飛行および滞在を提供しています。これまでに3回の宇宙飛行を通じて、民間人やISSのパートナー国以外の国の宇宙飛行士がISSに短期滞在し、微小重力環境を活かした100件以上の実験を実施しました。
基調講演の後に若田さんにAxiom Spaceの宇宙飛行について尋ねると「どなたでも参加することができます」と回答がありました。ただし、宇宙飛行にかかる費用は非常に高価だといいます。具体的な金額は明かさず「海外旅行というような価格ではない値段だと思います」と若田さんは話しました。一方、宇宙飛行に直接影響を及ぼすロケットの運用会社間の競争がより激しくなり、打ち上げ費用が下がれば、「多くの方が宇宙に行ける時代になる」といいます。
(Axiom Space若田光一さんのぶら下がり取材にて撮影)
宇宙飛行士として長年ISSでの科学実験を担ってきた若田さんですが、Axiom Spaceでの業務を通じてISSがある地球低軌道の微小重力環境のポテンシャルの大きさに改めて気付いたといいます。宇宙ステーションの微小重力環境を活かして人工網膜を作る構想や微小重力環境下では従来の光ファイバーよりもデータロスが少ない、高品質な光ファイバーを製造する構想を例に挙げて、民間企業が構築する宇宙ステーションで製品を製造する「宇宙工場」としての利用も期待されていることを説明しました。若田さんは「まだまだ人類は微小重力をわかっていない。微小重力の実験には未知の領域があります」と驚きを語りました。
さらに、若田さんはAxiom Spaceが開発中の月面用の宇宙服についても触れました。若田さんは米国・ヒューストンに出張した際に、宇宙服を着用し、使い勝手を確認したといいます。日本と米国の両政府は、有人月面着陸を目指すアルテミス計画において、日本人宇宙飛行士による月面着陸の機会を2回提供することに合意しました。Axiom Spaceが開発する宇宙服は、近い将来に日本人宇宙飛行士が月面に着陸する際に着用する可能性が高いと見られています。若田さんは「JAXAの後輩の仲間たちがいつか我々の宇宙服を着て月面に立てる日を夢見ながら開発に参加しています」と語りました。
この宇宙服は米航空宇宙局(NASA)からの発注を受けてAxiom Spaceが開発していますが、NASAはサービス調達という形で宇宙服を使用し、開発によって生じる知的財産はAxiom Spaceが持つ契約になっています。そのため、NASA以外のパートナーにも宇宙服を提供することができます。若田さんは「例えば北九州の企業さんが我々の宇宙服を使って技術試験をするという利用方法もあります」と話しました。
宇宙ビジネスに取り組む民間企業が増えたことで、宇宙に関連するサービスがより身近になりつつあります。
取材・文/井上榛香