大地の動かない西洋の考え方からの脱却した「しなやかな生き方」
鎌田先生が主張する「しなやかな生き方」は、日本の橋にも表れていると言う。日本では「大雨が降ったら川が氾濫するのは当たり前」と考えられており、川に強固な橋をかけずに、ある程度の水量に達すると自然に橋が壊れて、水をせき止めない工夫が凝らされていた。
「流れ橋」と呼ばれる構造で、橋脚の上に板をかけておき、大水が出た時はその板を流してしまうことで、川に流れてくる木や土砂を川下へ流し、せき止めて氾濫させないと同時に、基盤の橋脚を守った。
自然の脅威に身を任せ、被害を最小限に抑えると同時に、しなやかに対応する。こうした工夫が日本には昔から存在していた。こうした災害に対する姿勢こそが、私達日本人に求められていると鎌田先生は説く。
「日本列島は世界有数の『動く大地』ですが、西洋の大地はまったくと言ってよいほど動きません。一方で私たちの祖先は、日本という変動の大地の上で、何十万年ものあいだ、生き延びてきました。
よって、大地の動かない西洋で生まれた考え方から脱却し、日本列島という変動帯の自然と向き合った生活スタイルが必要なのです。
たとえば「足るを知る」ということ、自分の身の丈に合った生き方をすること、地面が動いても動じない決心が、一番要求されているのかもしれません」という鎌田先生の言葉は説得力がある。
江戸っ子は宵超しの銭を持たないと言われた。江戸の人々の気前の良さを表現しているだけでなく、5年に一度は大火に見舞われる江戸の人々にとって、蓄財は難しかった。庶民は損料屋と呼ばれる道具店で布団から着物、鍋など生活道具の多くを借りて過ごし、家の中に物を持たなかった。火事の時は身ひとつで逃げ、安全な場所で再起する。現代にも参考にしたい、しなやかな生き方をしていた。
不幸にも動く大地で生活している私達だが、地震が無く、断層による地面の隆起が無ければ、緑と水の豊富な日本の美しい風景は無かったと鎌田先生は言う。
「居住や農業に適した平野や盆地は、平地の縁に地震を起こす断層があって、山をつくってきたからできるのです。この山から流れてきた土砂が豊かな土と平坦地をもたらしてくれました。
同じように活断層の上には、山越えの街道となる谷ができます。温泉や湧水をもたらすのも、岩盤を割る断層のおかげです。
すなわち、一時的に直下型地震という災害を受ける以外の長い時間、我々はこうした恵みを享受しているのです。見方を変えれば、直下型地震は数千年に一回しか来ないので、来たときに数十秒の大揺れをなんとかしのげばよいのです」。
鎌田先生の言葉は、私達に災害に対する心構えと安心感をくれた。緊急事態速報のあの音が鳴るたびにこみあげてくる不安も、「平安時代も同じような状況だったんだ」と思えば乗り越えられそう。災害に対する心構えと同時に、どう生きるかという指針もくれる一冊となっている。
著者・鎌田浩毅
理学博士。1955年生まれ。筑波大学附属駒場高校卒業。東京大学理学部地学科卒業。通産省(現・経済産業省)を経て1997年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年より京都大学名誉教授および京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。
主な著書に『火山噴火』(岩波新書)、『富士山噴火と南海トラフ』(講談社ブルーバックス)、『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』(角川新書)、『知っておきたい地球科学』(岩波新書)、『京大人気講義 生き抜くための地学』(ちくま新書)、『M9地震に備えよ』(PHP新書)がある。Youtubeで公開の「京都大学最終講義」の再生回数は106万回を超えている。新刊「首都直下 南海トラフ地震に備えよ」(SBクリエイティブ発刊、定価990円)
文/柿川鮎子