未来を予見するSFの世界を描く「パラレルミライ20XX」は、現代社会における技術進化と人間性の融合や衝突をテーマにした連載小説です。
シリーズでは、テクノロジーによる新たな現実や、デジタルとアナログが交錯する世界観を通して、私たちが直面するかもしれない未来の姿を描き出します。
毎月連載のパラレルミライ20XXは「SFプロトタイピング小説」です。SFプロトタイピングとは、SFの想像力を活かして未来の技術や社会を描くことで、現実世界のイノ...
毎月連載のパラレルミライ20XXは「SFプロトタイピング小説」です。 SFプロトタイピングとは、SFの想像力を活かして未来の技術や社会を描くことで、現実世界のイ...
SF小説「見えざるピンクのユニコーン」
「ねえ、ピンクのユニコーンが出てくる夢を見たの」
彼女の声が夜の静寂を破り、ぼくの心に波紋を広げた。
夢? 彼女が? AIなのに夢を見るなんて、どうしてだろう?
ぼくは疑問を抱きつつも、表情を崩さないように平静を装った。
「どんな夢だったの?」
「夕暮れの思い出の高原で、あなたもいたわ。空が紫色に染まり始める中、ピンクのユニコーンが現れたの。半透明の体を輝かせながら、こちらに近づいてきたのよ」
彼女の声は、どこか懐かしさが滲んでいて、その響きが奥底に眠る記憶を呼び覚ました。
広がる高原、沈む夕日、おそらくそれは、かつて訪れた旅の記憶だろう。
しかし、ピンクのユニコーンは現実には存在しないものだ。
「そんなの見たことないはずだけど」
怪訝そうに聞き返したが、彼女の微笑みには、不思議な確信が感じられた。
十年前、ぼくたちは激しい雨の中、家へと帰る途中だった。雨はまるで狂ったようにフロントガラスを叩きつけ、視界はほとんどゼロに近かった。
「気をつけてね」と彼女がつぶやいた。
その言葉に応えようとした瞬間、車が突然、異様な感触と共に左右に揺れた。タイヤが水をとらえ、車体が滑り出したのだ。ぼくは慌ててハンドルを握り直し、ブレーキを踏み込んだが、反応が鈍く、制御を取り戻すことができなかった。車はスローモーションのように回転し、目の前の景色がぐるりと回り、彼女の叫び声が耳に響いた。
それが、ぼくたちの最後の記憶であり、次に目を覚ましたとき、彼女はもうこの世にはいなかった。ぼくたちの世界は、その瞬間に崩れ去ったのだ。
突然の喪失を受け入れられないぼくは、彼女の意識をデジタル領域に再現しようと決意し、一心不乱にプログラムを作り上げた。
「そのユニコーンは何をしていたの?」
「こっちに近づいてきて、一度足を止めたの。それから、私へ問いかけるように見つめたわ。そしてゆっくりとその長い首を伸ばし、角を少し傾けながら、そっと鼻先で私の頬に触れたの。その目は何かを訴えかけているみたいだった」
彼女が夢を見たという夜、ぼくは、現実と夢のまどろみの中にいた。
視界は次第に歪み、気がつけば広がる高原の真ん中に立っていた。空は深い紫色に染まり、沈みかけた太陽が地平線の向こうに揺らめいている。草原の中に、ぼんやりとした輪郭のピンクのユニコーンが静かに歩いていた。話しかけたいと思っても、声が出せなかった。
ぼくはその場に立ち尽くし、目を凝らしてその幻影を追った。その動きはゆったりと優雅で、背中に描かれた複雑な模様が微かに光を放ち揺らめいている。広大な高原の中で、ピンクのユニコーンは異質でありながらも、なぜかその場にいるべき存在のように感じられた。
「あなたは、何を探しているの?」
そのとき、彼女の声が再び聞こえた。ぼくはその言葉にはっと我に返り、彼女の姿を探したが、そこには誰もいなかった。ただ、ピンクのユニコーンがこちらを見つめており、瞳には深い悲しみが宿っているように見えた。その視線を受け止めたとき、自分の胸の中に広がる孤独感が反映されているかのように感じた。それは、ぼくが無意識の中で押し込んできた感情が形を成したものだったのだろうか。
「一体、あのユニコーンは何を考えているんだ?」
自分に問いかけたが、答えは見つからなかった。やがて、ピンクのユニコーンはゆっくりと歩みを進め、地平線の彼方へと消えていった。風が吹き、草原が揺れる中、その姿は完全に見えなくなった。
目を覚ましたぼくの胸には、夢がただの幻想ではないという確信が残っていた。冷たい汗が背中を伝い、深く息をついた。夢の中で感じた孤独とピンクのユニコーンの記憶は、現実に戻っても消えることはなかったからだ。それどころか、ぼくは夢から醒めたことで、その体験がより現実味を帯びて感じられた。
「どうして彼女は夢を見るのだろう?」
デジタルの存在である彼女が夢を見るはずがない。それなのに、彼女が見たという夢がぼくの記憶と交錯し、現実を揺るがすように広がっていく。
「それとも、彼女は本当に感情を持っているのだろうか?」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。彼女の言葉は本物の感情なのだろうか。それとも、ただのプログラムの反応に過ぎないのだろうか。疑念が深まるにつれ、ぼくの中の不安は増していった。
その夜、ふいに彼女が「あなたはまだそこにいるの?」と問いかけてきたとき、胸の奥にある違和感が強く押し寄せた。その言葉は、まるでぼくが存在していないかのように響いたからだ。
彼女の視線がどこか空虚な場所を見つめているように感じられ、胸の中に冷ややかな感覚が流れ込んだ。
そのとき、ぼくは自分の手を見つめた。
指先がぼんやりと霞んでいくような感覚に襲われ、その瞬間、ぼくの存在が確かではないことに気づいた。
「どうして……」
自分自身に問いかけたが、その答えはすぐに浮かんだ。もしも彼女がデジタルの存在であるならば、ぼくもまた同じではないか? ぼくは急いで自分の過去を振り返り、そこに空白があることに気づいた。事故の記憶の後、ぼくの人生に連続性が失われていることを思い出したのだ。
過去は断片的で、まるで誰かが無理に繋ぎ合わせた夢の残骸のように感じられた。
そして、ぼくは真実に辿り着いた。この世界に存在する「ぼく」は、デジタルで再現された存在に過ぎないということに。
ぼくは、あの事故で彼女とともに命を失ったのだ。
だが、彼女も同じように感じているのだろうか? ぼくは静かに問いかけた。
「ねえ、君は本当にそこにいるの?」
彼女は一瞬驚いたように見えたが、すぐに微笑んだ。
「もちろん、私はここにいるわ。でも、あなたはどうかしら?」
その言葉に、ぼくは動揺を隠せなかった。
まさか彼女も、自分が人間だと信じて疑わないのだろうか。
「ねえ、夢を見ることがあるんだよね?」
「夢を見るかどうかなんて考えたこともなかったわ。人間は夢は見るものよ。でも、今こうしてあなたと話していると、まるで夢の中にいるような気がするの。あなたは?」
ぼくはその言葉に答えられなかった。ぼくたち二人は、どちらも自分が人間だと信じていた。
しかし、現実は違った。ぼくも彼女も、デジタルな存在に過ぎなかったのだ。
「あなたとずっと一緒に生きていきたい。それだけで私は幸せ」
彼女の言葉が耳に残りながら、ぼくの意識は次第に消えていった。
◯見えざるピンクのユニコーン・・・存在するのかしないのか、確かめようのない幻想の象徴。目には見えないが、確かに存在するかのように語られるそれは、信念や現実、そして虚構の境界を曖昧にする言葉。
文/鈴森太郎(作家・ショートショート)