毎月連載のパラレルミライ20XXは「SFプロトタイピング小説」です。SFプロトタイピングとは、SFの想像力を活かして未来の技術や社会を描くことで、現実世界のイノベーションや問題解決に役立てるための洞察を得る手法です。
今回はドローン傘のある未来社会の物語を書いています。
ドローン傘アリス
ふと雨音に耳を傾け窓の外を見下ろすと、小さな白ウサギが佇んでいた。
じっと動かず雨に濡れているように見えるが、その頭上には小さなドローン傘がふわりと浮かび、すべての雨粒を弾いている。片耳には小さな黒い斑点が散らばり、まるで星空のように見える。
白ウサギはそのまま安心した様子で地面に座り込み、雨に濡れることなく静かに守られていた。
舗道は表面が乾いたまま続いている。これは道路に施された特殊コーティングが雨粒を瞬時に分解し、常に乾いた状態を保っているからである。
サトウは高台にある自宅でソーダを飲みながら、その光景を見て「本当に便利だな」と呟いた。彼のドローン傘には、AIアシスタントのアリスが搭載されている。アリスは日々の生活をサポートする存在であり、雨の日は特に頼りになる。
アリスのホログラムが現れるのは、サトウのドローン傘が特定の情報を受信したり、何か重要な通知を受け取る必要がある時である。通常の操作では、アリスはバックグラウンドで静かに作動しており、視覚的に現れることはない。
サトウのドローン傘は先進的な撥水技術を用いており、雨粒が触れるとすぐに弾き返し、表面は常に乾燥を保っている。このドローン傘のおかげで、いつも濡れずに外出することができた。
アリスに「この雨が止むことはないのかな」と声をかけると「現在の予測では、少なくともあと一週間は降り続く見込みです。でもサトウさん、あなたの安全と快適さを私が保証します」と応えた。
サトウは窓の外に視線を戻し、白ウサギが静かに守られている姿を再び眺めた。その一瞬の安らぎが心に広がり、彼は深呼吸をした。
「ありがとう、アリス。君がいてくれて本当に助かるよ」
「どういたしまして、サトウさん。あなたのためにここにいます」
サトウが子どもの頃、雨の日は憂鬱なだけでなく、どこか楽しい期待感を含んでいた。それはお気に入りの透明なビニール傘の中に包まれ、遊園地のアトラクションに身を任せるような高揚感を伴っていた。
サトウはその透明なビニール傘越しに見る雨粒の模様が特に好きだった。雨粒がビニールの表面を転がりながら小さな曲線や波紋を描き出す様子は、一つ一つが異なる物語を語りかけるようで、決して飽きることがなかった。
サトウは懐かしい思い出に浸りながら、最後の一口のソーダを飲み干すと、視線を時計に移してゆっくりと立ち上がった。「さて、アリス、そろそろ行こうか」
休日に街をぶらぶらと歩くのがサトウの日課である。
深い青のドローン傘が指先の操作に応じて、まるで風に乗る羽のように静かに浮かび上がり、柔らかな光を放ちながらスムーズに展開する。
サトウが玄関を出る
サトウはその言葉に頷き、アリスと一緒に外へ出た。
ドローン傘は軽やかに動きに合わせて浮遊し、打ちつけるように降り注ぐ雨粒を一滴も漏らさず、見事に弾き返している。
サトウは雨に濡れることなく、賑やかな都市をいつものように散歩する。
駅前の大きなスクランブル交差点で信号待ちをしていると、一つのドローン傘が彼のドローン傘に近づいてきた。その傘は鮮やかなオレンジ色でプロペラが軽やかに回転している。二人のドローン傘はまるで互いに挨拶するかのように一瞬だけ接近し、すぐに元の位置に戻った。
「これがない生活はもう考えられませんね」と男性が声をかけた。
「このドローン傘のおかげで濡れずに助かります」とサトウは笑顔で同意した。こうした自然な会話はドローン傘が普及してから日常的となり、雨の日の街をより親しみやすいものにしていた。またドローン傘は嬉しいニュースを受け取ると少し跳ねるように上下に揺れ、その喜びを表現する。その一方、悲しい知らせを聞くとゆっくりと沈み込み、まるで共に痛みを感じているかのようだった。
サトウは雨に濡れずに歩き続けながら、その快適さを改めて実感していると、突然、彼のドローン傘が紫色の光を放ち、目の前にアリスが現れた。
「突然どうしたんだい」
「メッセージがあります。奥さまからのものです」
アリスが再び口を開き、ホログラムが一瞬輝きを増したあとに現れたのはサトウの妻だった。
「今日は予定より早く仕事が終わってね、いつもの図書館にいるんだけど、もし時間があればおいでよ。それと、友人にドローン傘を貸しちゃったから、今日は普通の傘を使ってるの。懐かしいけどちょっと不便ね」
サトウはそのメッセージを受け取り、ゆっくりと頷いた。自然と気分が上がり足取りも軽快になる。アリスは微笑みを浮かべながら「サトウさん、図書館までの最短ルートを表示しますね」と言った。
ホログラムの中で一連の地図が浮かび上がり、サトウの現在地から目的地までの経路が表示された。サトウは指先でホログラムを操作して地図を拡大し、アリスのガイドに従って歩き出した。
街のざわめきは次第に遠ざかり、足音だけが静かに響いていた。周囲の風景が少しずつ変わり、古い建物と新しい建物が混在するエリアに入った。
「アリス、このルートは本当に最短かな」サトウは半ば冗談交じりに尋ねた。
「もちろんです、サトウさん。全ての交通状況をリアルタイムで解析していますからね」
アリスは淡々と答えたが、その声はどこか親しみが感じられた。