今年60周年を迎えるスタンダードファイル「キングファイル」を始め、オフィスを彩るアイテムやラベル作成に欠かせないロングセラー商品「テプラ」などを手掛けているのが、日本を代表する文具メーカー『キングジム』だ。
もしこの世に『キングジム』が無かったら、職場は大混乱で仕事にならず、家庭では整理整頓が行き届かず散らかり放題……今の豊かな生活はほんの少し歪んでいたかもしれない。
そんな私たちの日常に欠かせない『キングジム』だが、実は狂気に満ちたアイテムと他社が真似できない経営戦略で今の地位を築いたと言っても過言ではない。
「もはや何屋なのか分からない」と、現社長で今年9月に会長就任予定の宮本彰氏が語るほど、幅広い商品展開と攻めたアイテムが揃っている。
世間をざわつかせたのが、こちらの「雑学罫線ノート」。
普通のノートかと思いきや、なぜか罫線が百人一首になっている。このシリーズには他のタイプもあり、罫線が市名だったり素数だったり、はたまた元号だったりとかなりぶっ飛んだアイテムだ。
かと思えば、こんな商品も。
これは、ディスプレイに顔を近づけるとライトとブザーでお知らせしてくれる近視対策ライト。
もはや文具という枠を超えた独自のアイデアで幅広いジャンルの商品を次々と開発している。
それはまさに社長の言葉通りであり、いい意味でなんでもアリのやりたい放題。独自の戦略でヒットを連発するキングジムの経営術、発想術がとても気になる。
そこで今回、株式会社キングジム 広報・IR部PR課の宮崎さんに話を聞いた。
――独創的な商品が多いですが、商品開発のこだわりとは?
「弊社では、『10人に1人が強く欲しいという声があれば企画GO!』という商品開発の方針があります。代表的な商品のデジタルメモ「ポメラ」も、その方針で開発が決まった商品なんです」
「また以前から、役員が全員出席する開発会議を月一回行っているのですが、当時その会議でポメラを提案したところほとんどの役員が否定的な反応でした。しかし、一人の役員が「これは絶対に買う!」と強く答えたのを社長が見て、開発着手が承認されたんです」
「また、誰もが自由に企画を提案できる環境や雰囲気も弊社ならではの特長かもしれません。入社して1年目に開発に配属された社員も、1年目のうちに企画が承認されて商品化まで担当することも多いです」
市場の流れが劇的に変化する昨今、その流れにいかに対応できるかがヒットのカギ。キングジムは市場の流れを見極め、スピード命で商品を開発している。そのため、時にはいくつかの決裁を割愛し書面だけで開発を決めることもあるとか。
ちなみに、1年間で約30アイテムの商品を発売しているそうだが、先に紹介した変わり種商品の開発エピソードやシンジラレナイ逸品をここで紹介しよう。
【雑学罫線ノート】
「当社のX(当時はTwitter)で紹介したボツ企画から、ロフト様が面白い!とお声掛けしてくださり、実際の商品化につながりました。最初は円周率が罫線になったデザインでしたが好評を頂いたため、素数、百人一首などラインアップも増え、Xを中心に盛り上がりを見せた商品です」
【めまもりん】
「未就学児の子供がいる社員の声が商品化のきっかけ。ロボットのような見た目とかわいらしい商品名で、子ども自身も使いやすいように意識した商品です。キングジムでは珍しい子ども向けアイテムです」
さらに、やりたい放題は続く。
プレゼントキャンペーンでは企業の看板商品をバックパックにしてしまったり、
エイプリルフールに発表したシールを本当に商品化してしまったりと、とにかく自由が過ぎる。
幅広い世代をターゲットに文具だけに留まらないアイテムを手掛けているが、その根底にあるのは「とにかくやってみて、ダメだったらやめればいい」の精神。
…ということは、ダメだった商品もあるということ?
「そうですね。足元の暖房器具として販売した『うらぽか』というアイテムはダメでした。男女問わず多いとされる冷え性の方に向けた企画として商品化されましたが、靴を脱いで商品の上に足をのせる使い方のため、足のニオイが気になるという声が多くありまして…」
コロナ禍を乗り越えた強み&変化をチャンスにする経営術
キングジムでは年間300以上のアイデアが開発会議に出され、そこから商品化されるのは約30アイテム。全ての商品に息づいているのは、高い志しと固い信念。
「弊社が商品開発する際に気をつけていることは3つあります。一つは『他社にはない独自性のある商品であること』、二つ目は『他社にはない機能を持っていること』、そして三つ目は『一部に深く刺さる「絶対欲しい」と思うような商品の作り込み』です」
「ニッチな商品が多いですが、細かいところに配慮が行き届き、便利に感じてもらえる商品をお届けしたいと思っています」
果敢に攻めまくるキングジムだが、この会社、正真正銘の老舗である。
会社の歴史を見て筆者は驚いた。なんと創業は1927年。つまり、もうすぐ創業100年。
創業者の宮本英太郎氏が「特許人名簿」、「印鑑簿」を発売したことから全てが始まり、1954年には「キングファイル」を発明。
現社長の祖父にあたる英太郎氏はアイデア満載の「町の発明家」だったとか。
以来、オフィス文具メーカーの雄として突き進んできた。
しかし、長年の主力商品だった「キングファイル」はペーパーレス化などにより近年は売上が減少。さらに新型コロナによるテレワークの増加がそれを加速させた。
ビジネスに役立つ文具が、売れない。
キングジムの看板が、光を失っていく。
しかし!キングジムにはオフィス文具だけではない、強みがあった
「キングファイルやテプラなどに代わり、コロナ禍の経営を支えたのは家具やキッチン家電、衛生用品でした」
「グループ会社で、家具のオンライン販売がメインの『ぼん家具』は巣ごもりで家の中を整理したくなった人が増えたせいか収納用品の売上が好調で、テレワークの増加によりデスク・チェア用品も大変人気でした。また、キッチン雑貨を取り扱う同じくグループ会社の『ラドンナ』も、家で料理する人が増えたことで売り上げを伸ばしました。低価格のトースターやコーヒーメーカー、ホットサンドメーカーが非常に売れましたね」
キングジムは2014年に『ぼん家具』というネット専売の組み立て家具メーカーをグループ会社化するなどM&Aで商品ジャンルを拡大していた。
今やキッチン家電にライフスタイルアイテム、造花や手袋まで取り扱い、まさに「何屋なのか分からない」状態に。
もちろん、本丸と言える「キングジム」もコロナ禍の躍進に一役買っている。
「自動手指消毒器の『テッテ』が人気でしたね。インフルエンザ予防の関連製品ということで、コロナ禍前の2019年に発売したのですが鳴かず飛ばず…。生産を中止しようかと思っていたところコロナ禍で怒濤の発注が舞い込みました」
キングジムは時代の変化に合わせて、また変化に先んじてアクションを起こし、ピンチをチャンスに変えている。
その根幹にあるのは積み上げてきた経験と確固たる技術力。襲いかかる変化をビジネスチャンスにつなげられる強さがそこにある。
目先の利益を求めず、新しいものを受け入れる姿勢
いかなる危機を迎えようとそこで屈することなく再び立ち上がるキングジム。その一因は巧みなSNS活用にもある。
「SNSは広告費が少ない企業にとって大きな武器ですし、特にXは広告以上に話題となる点も大きなメリットですね」
「Xの中の人は、他社様の公式アカウントの中の人と交流したり、時にはコラボキャンペーンを実施したり、また『姉』としてフォロワーのみなさまとの交流も人気の理由の一つかなと思っています」
ご存知の方も多いかと思うが、中の人は「キングジム姉さん」と呼ばれ、一般のフォロワーにも親しまれている。そんな身近なお姉さんの魅力もあり、キングジムのXフォロワー数は45万超(2024年8月時点)。企業公式アカウントの中でも特に人気の高いアカウントだ。
企業の広報ながら、近所のお姉さん的存在が話題となり、SNS活用術をまとめた書籍まで発売されるほどの人気ぶり。
寄り添うツイッター わたしがキングジムで10年運営してわかった「つながる作法」
人気の秘密は、目先の利益を求めない自然体のコミュニケーション。そして、フォロワーたちとの壁を感じさせない会話にある。
「キングジムのアカウントは個人のフォロワーさんがとてもよく話しかけてくれますし、他の企業アカウントとも会話が生まれることも多いです。そんな自然なつながりが多くの方に共感いただけてるのかもしれませんね」
ちなみに、SNSに力を入れたきっかけは、ツイッター黎明期に現社長の宮本彰氏が個人的に始めたことだったとか。「新しいものを知ろうとしないのが、年寄りの一番まずいところ」そう語る社長の言葉も心に響く。
――貴社の今後の展望を教えてください
「弊社のコーポレートメッセージ「おどろき、快適、仕事と暮らし」のとおり、みなさまの仕事や暮らしの中が、弊社のアイテムを使っていただくことで、少しでも快適になったり、驚きを感じてもらうこと生活に豊かさをもたらせたり、そんなアイテムを作り出していきたいと考えています」
取材協力 株式会社キングジム
キングジム公式X
@kingjim
文/太田ポーシャ