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「50代で大学院に行かなかったら、仕事は辞めていたかもしれない」自分に足りなかったものを得た61歳女性の学び

2024.08.20

ゼミで突っ込まれて、考える訓練に

「大学院で、マーケティングとか経営戦略とか理論も学びましたが、大きかったのはゼミですね。うちのゼミは厳しかったです。〝なぜ?なぜ?〟〝どうしてそう思うんですか?〟っていつも突っ込まれて、すごく考える訓練になった。教授は、私のウイークポイントをわかってくださっていたのだと思います」

(画像はイメージ)

法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科は、主に中小企業のコンサルティングができる人材を育成している経営大学院。

一般の大学院の修士論文に相当するものとして「プロジェクト」を仕上げることが求められます。担当教授の指導のもので、現実にあるビジネス課題を解決する概念を構築し、実現する計画を立案する、というもの。

「だから理論の論文を書くのではなくて、自分が考えるビジネスモデルの論文を書くんです」

リアルな課題をどう解決するか、どう提案するか。実際にいろんな企業をリサーチしたり、現状分析やプレゼンもしたといいます。

修士論文は野菜料理の組み立て方のメソッド

新田さんが開発したいすみ鉄道(千葉県)のオーガニックトレイン弁当

「修士論文は、ずっと携わってきた野菜料理の組み立て方のメソッドを書きました。

それまでの仕事で商品開発やレシピ提案をしていて、どうやって思いつくんですかといったことを言われていました。

それで、料理を作るときに、私の頭の中に浮かぶ組み立て方を見える化したら、商品開発をする人たちの役に立つんじゃないかと考えました。料理は人の感性が大事といわれますが、そのバックには考え方や公式があるんです。

野菜をおいしく食べるための方法もきちんと書いたんですよ。例えば、野菜単体だけだとおいしいと感じられるものは少ない。だから油脂・たんぱく質・糖質を足す。特においしいと感じるにはうまみ、つまりたんぱく質のアミノ酸が必要だったりするわけです。

春菊と干しえび

なすを食べるのに、発酵調味料であるしょうゆや、かつおぶしをかけるとか。マヨネーズをかけると野菜がおいしくなるよってよく言うじゃないですか。マヨネーズは酢と卵と塩でできている。酢は発酵調味料だからアミノ酸、卵はたんぱく質でアミノ酸だからです。そうやって足していく。満足感を得させるための肉や魚など他の食材とのバランスの問題も、メニュー作りに役立つように書きました」

分かりあえそうにない人たちとの合意形成

大学院で、まったく考え方が違う人がいると気が付かされたのも大きかったといいます。

「1学年が20人ぐらい。大企業に勤務しながら来ている人もいれば、やめて来た人も自営業の人もいました。中小企業診断コースの人とも交わり、経歴も年齢もバラバラだとこんなに違うのかと。めちゃめちゃショッキングでした」

人生経験などほとんどなかった大学生のときとは違って、今回大学院に入学したときは50代半ば。何十年と過ごしてきたバックグラウンドも考え方も違う人たちと、一緒に課題発表を仕上げていくのは大変だったといいます。

「チームになって課題を分担し、最後に合わせて仕上げるんですが。上手な人もいるけど、話し合った通りにやらない人もいる。誰かが意見したり妥協したり、皆で引いたり押したりしなくちゃならないわけですね。

今の私の仕事でワークショップをやったりプロジェクトをやったりするうえで、それを知ったことが役に立っています。大学院を卒業したあと、ワークショップデザイナーの資格も取りました。

分かり合えそうにない人とどうやって共通項を見つけて合意形成をしていくかというのは、今の時代、どこでも大きな課題なんですよね。
地方自治体などで、商品開発をするために会議を立ち上げるわけですが、それまでは、うまく進行しないプロジェクトをたくさん見てきました。

考え方も立場もみんな違うけど、こういう視点だったらどうですかという道を探っていくわけです。〝100全部はできないけど、この部分20だけなら一緒にできますよね、今の課題を突破できますよね〟というふうに。

ワークショップは、対話の場を作るということ。合意形成をする。そこで私はファシリテーションをする、私は答えを言わないわけです。

なるべく意見を出しやすい雰囲気を作って話し合っていくうちに、ああこうすればいいんだということを、参加者が他の人の話を聞きながら気が付いて、これなら一緒にできるよねということになって、課題が解決できるようになっていく。

大学院時代2年間に、分かり合えそうにない人たちとディスカッションしたりするのをガンガンやらされたおかげですね」

大学院に行かなければ仕事をやめていたかもしれない

新田さんの肩書は「農と食をつなぐ農産物プロデューサー」。

農産物のプロデュース、食による地域活性化、企業研修、農産物の輸出など、各地から仕事が入ってきていて、大学で環境と食文化の講座を持ったりもしています。

「大学院でロジカルということを身に着けたことによって、いろんなことがやりやすくなった。ゴール設定や落としどころを明確に考えるようになったんですね。

仕事には目的がある。目的に向かってプロジェクトをどう持っていくかを考えることが必要。そのための道筋を作っていき、段取りしていくのは、もともとやっていた料理の仕事と同じところもあるし、楽しいですよ。

大学院に行かなければ、食の仕事をやめちゃっていたんじゃないかな。大学院に行くときには、息子に言われたんです。『こんなに仕事がたくさん来てるのに、なんで今行くの?』って。でもあの時は、それぞれの案件を進めていくことに疲弊し、アウトプットばかりで空っぽになっちゃう感じだった。大学院に行くという選択は間違っていなかったと思います」

食の多様化、マルシェ、特産品を使っての生産者による地域おこし、ECサイトで物を売る人の増加……

そんな時代の変化についていくことは、この年では無理だとあきらめてしまいがち。しかし、新田さんはあきらめなかったといいます。

「やっぱり社会とずっと関わっていたい。世の中が変わっていく中で、仕事をすること、人の役に立つことは、面白いんですよね」

■新田美砂子さんが運営する「コートヤード

取材・文/新田由紀子

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