ライフワークとライスワークから生まれる積極的休養とは?
海斗さんは世界唯一の「美術解剖学モデル」だが、これが本業ではない。某企業の執行役員を務めながらモデルの仕事もこなしている。
「今は『ライフワーク』と『ライスワーク』という2つの軸で生活しています。ライフワークは自分の好きな美術関係の仕事や解剖学モデルで、ライスワークは単純に生活するためにお金を稼ぐ仕事。この2つの軸を保つことで人生の積極的休養ができるんです」
「休養って、休みの日にたっぷり寝るとか旅行に行くだけじゃないんですよね。仕事とは別に自分の心を満たす作業に一生懸命取り組むことでも休養は得られる。身体は休んでいなくても、使っていない側の脳が休養できているんです。だから、仕事の傍ら美術の世界に打ち込んでも全然苦じゃないんです」
月~金曜は企業の役員として働き、週末は美術関連の企画立案や東京藝大内の美術解剖学会の理事なども務める。はたから見れば多忙な日々だが海斗さんにとっては積極的休養に満たされた充実した日々でしかない。
ただ、美術モデルにはこんな苦労も…
「絵画や彫刻制作でモデルを務めるときは20分間ポーズをとったまま静止して、その後5分の休憩。それを一日中繰り返し、最長で一日200分、作品の完成まで5日連続でやることもあります」
「20分間微動だにせずポーズをとるって結構ハードなんですよね。じっとしたままでもインナーマッスルを使ってますから実は脂肪も燃えているんです。丸一日モデルを務めただけで体重が1キロ減っていることもあります」
なぜ美術解剖学モデルは世界にただ一人なのか?
海斗さんはいかにして美術の世界に飛び込んだのか?経歴を聞くと意外なエピソードが飛んできた。
「若い頃は、モスクワでボリショイバレエの舞台音響エンジニアをやっていたんです。ですがある日の休日、ソチの海に遊びに行ったら、自称画家のおじさんに身体をジロジロ眺められ、『お前はこの大学に行ってモデルとして雇ってもらえ。俺の推薦だと言ったら即採用だ!』と言われて…」
その言葉を鵜呑みにした海斗さん。当時の自称画家のおじさん曰く、「アジア人で農耕民族の骨格と体型は美術モデルとして非常に珍しい」らしく、海斗さんはそのままモデルとして採用されたという。そこで潔く仕事も辞め、美術モデルとしての人生がスタート。その後、各国で美術モデルとして活躍したあと帰国し、以来、京都を拠点に活動している。
ところで、筆者はずっと疑問に思っていた。なぜ世界に一人しか美術解剖学モデルはいないのか?話を聞くと需要がありそうだが、これまで存在しなかった理由とは?
「単純に大変だからじゃないですかね笑。4つの学問を独学で学び、身体を作って自分で教えるとなると大学の先生でも無理ですし、医者もアスリートもマッチョも厳しいでしょう。美術に詳しくても解剖学までは教えられない」
「美術制作のために身体を使って教え、肉体を見せるということは医学、体育学、理学療法、そして美術の4分野の知識がどうしても必要なんです。これがなかなかハードルが高い。でもいつか、私と同じように美術解剖学モデルとして貢献できる人が出てくることを願っています」
――美術解剖学モデルになって良かったことは?
「疑問がわかった!描けるようになった!と喜んでもらえる事ですね。人体についてわからない事があったとき、2次元(本や画像の)資料はあってもリアルな資料はない。例えば、なで肩の人に着物を着せた絵を描きたかったらどうするか?それは整形外科の医師も運動学の専門家も美術的には満足に答えられない」
「美術解剖学はそういったことに系統的にエビデンスベースで答える学問ですから、それを伝えられることができて、作品に活かされるのは大変嬉しいことです」
――今後の目標を教えてください
「今まで仕事をしてきて感じたんですが、絵を描く人ってお金のことや経済、法律に弱い人が実際に多いんです。私はたまたまウラの顔が経済人でお金や法律も専門分野なので、美術や芸術を志す人に対して「最低限知っておくべき生きてゆく知恵」みたいなものを体系的に教えていけたらいいなと思っています。美大や専門学校でのアーティスト教育にはその部分が決定的に欠けてますから」
「たとえばフリーのイラストレーターを志すとして事務所を借りる時の契約は?金利とは?資金繰りとは?クレーム対応とは?…などなど言い出したらきりがないほどあって、みんな現場で覚えていっています。中には遠回りしたり失敗したりする人もいるでしょう。でも、遠回りすることなく、アーティストが作品制作に専念できるような「アートで食べてゆく為のリテラシー」を高める講座をいずれできたらいいなと思っています」
美術解剖学モデル海斗さん公式X
@hankyu30743025
海斗さん公HP
https://artmodel-hiro.com/
文/太田ポーシャ