絵画モデル、美術モデルという職業があることは知っていた。美術のプロはもちろん、美術系の学生の作品づくりのために自らの身体を提供し、協力するお仕事だ。
しかし先日、SNSで『美術解剖学モデル』という言葉を目にした。美術とモデルの間に「解剖学」という違和感のある言葉が付いている。その肩書きを携え、世界でただ一人の美術解剖学モデルとして活躍しているのが海斗さんだ。
単なる美術モデルではなく、美術“解剖学”モデルとは一体なんなのか?
調べてみると、「人体の内部構造と体表(外形)との関係を解剖学的に考察し、そこから得た成果を彫刻や絵画などに活かす美術分野」らしい。
う~ん、難しい。しかし、この美術解剖学というのは現代のマンガやイラスト、アニメ、ゲームといった人体を表現するクリエイターにも大きな需要があり、注目されている分野でもあるとという。
そこで今回、モデルとして肉体を披露しながら、人体構造を説く講師としても活躍する海斗さんに取材をお願いした。美術解剖学モデルになった経緯から、仕事内容、知られざる美術解剖学の世界まで伺うことに。
8月初旬、都内某所の待ち合わせ場所に居た海斗さんは、タンクトップを突き破ろうとする、ぶ厚い胸板と鍛え抜かれた肉体で迎えてくれた。落ち着いたダンディな佇まいに一旦安心し、取材へと突入する。
――美術解剖学モデルを始めた経緯から教えてください
「そもそも、美術解剖学モデルというジャンルが美術モデルや美術そのもののカテゴリーにあるわけではありません。美術解剖学(=Anatomy for the art)と美術モデル(=Life model for the art)、この2つを合体させて美術解剖学モデル(=Life model for Art Anatomy) というものを私が勝手に作って旗揚げしたものです」
「学問としての美術解剖学は昔からあるんですが、そのためのモデルは検索しても出てこないので、どうやら世界中で自分ただ一人なんですよね。オンリーワンならやってやろうと思って始めました」
――改めてになりますが、「美術解剖学」ってナンデスカ?
「美術解剖学とは、簡単に言えば絵を描くために知っておくべき人体の解剖学ですかね」
「たとえば、腕は伸ばすこともできれば曲げることもできますよね?それによって筋肉の形も変わりますが、なぜ腕は曲がるのか?曲げた時に筋肉はどう動くのか?を論理的に知ることで、よりリアルに絵を描けるようになるんです」
――なるほど(…と言いつつ、もう少し深く教えてもらうことに)
「では、この力こぶを見てください。腕を曲げて力こぶを作った時に2つの山があるのわかりますか?」
――なんか、上と下に分かれてるような…
「そうです。この力こぶは上腕二頭筋と言うんですが、この筋肉は長頭と短頭の2つに分かれているんです。それぞれ別の筋肉でそれぞれの役割があります」
「でも、2つの筋肉があることを知らない人は絵で力こぶを描くときに一つの丸い筋肉として描いてしまう。それってリアルじゃないですよね。特にアニメやマンガなどでアップで描く時なんかそれが如実に表れチープになってしまいます。そうならないために私は実際の肉体を見せて、触ってもらいながら身体の構造の説明をしているんです」
力こぶの説明だけで納得してしまった。正直、筋肉の役割や違いなど今まで考えたこともない。しかしそれは、巷で目にするアニメやマンガにおいて非常に重要な知識であることを知った。
ただ、それを多くの人に伝え、生業とするには医者や専門家並みの知識を要するはず。海斗さんはどうやって身につけたのか?
「すべて独学です。医学的な知識は整形外科分野の書籍「プロメテウス・運動器編」で学び、洋書の体表解剖学にも手を伸ばしました。それと美術に関しては若い頃から興味があって勉強してましたし、身体の運動機能を知るために体育学を学び、理学療法は自分の体で実験しながら身につけました」
つまり、医学、体育学、理学療法、美術。この4つの分野を網羅し、知識を蓄え実行できるお仕事。それが世界唯一の美術解剖学モデルなのだ。
現在、海斗さんのプロフィールを見ると下記のような肩書きが並んでいる。
・美術解剖学会(東京藝術大学内)理事
・アカデミック造形研究プロジェクト(兵庫教育大学後援)
・京都アトリエ路樹絵プロデューサー
さらに富山大学や東京工芸大学での授業のほか、芸術の道を志す学生のために進路指導なども行なっているという。