■連載/ヒット商品開発秘話
2024年4月にキリンビールが17年ぶりに発売したスタンダードビールの新ブランド『キリンビール 晴れ風』(以下、晴れ風)の売れ行きが好調だ。発売から約3か月の販売実績が年間販売目標430万ケースの7割に相当する300万ケースを突破(1ケース:大瓶633ml×20本換算)。好調を受けて年間販売目標を550万ケースに引き上げた。
『晴れ風』はビールとしてのうまみや飲み応えがありつつ飲みやすさを両立した味わいが特徴。売上の一部を日本の風物詩を守る活動に寄付する「晴れ風ACTION」を発売と同時に始動させたことも話題を呼んだ。
キリンビールが17年ぶりに発売したスタンダードビール『キリンビール 晴れ風』。発売と同時に始まった「晴れ風ACTION」も話題になった
引き算発想からつくるシンプルな味わい
「ビール類の市場は縮小傾向にありますが、ビールカテゴリーは酒税改正が追い風になって私たちの見立て以上に伸びています。2026年には酒税が一本化されるので、これからもさらに伸びることが期待されていますが、スタンダードビールのフラッグシップ『一番搾り』でも発売から30年以上経過していることもあり、これからの時代に求められるビールの新ブランドを立ち上げることになりました」
『晴れ風』の開発経緯をこのように明かすのは、マーケティング本部マーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当の向井優夏さん。商品ポートフォリオに関する議論は以前からあったものの、『晴れ風』が企画されたのは発売の1年ほど前だった。
キリンビール
マーケティング本部マーケティング部
ビール類カテゴリー戦略担当
向井優夏さん
スタンダードビールである以上、飲み応えがある本格感は外せない。その一方で、ビールを飲まない人は苦さや重さを苦手に感じている。とくに若年層は苦さや重さを「古い」と捉え、ビールを自分向きのお酒とは見ていない。
こうした傾向をアンケート調査などからつかんでいた同社は、引き算の発想からシンプルな味わいのビールをつくることにした。トレンドの1つである、クラフトビールのような香りやコクなど何か特徴を際立たせる味わいとは正反対のものを志向した。
「あぁ、昔のビールのコピーだな。これはダメだ」
中味をつくるに当たっては制約を設けることなくあらゆる可能性を検討した。ただ、ビールをつくってきた長い歴史があるので、社内にはこれまでつくってきたビールのレシピが膨大に残っている。過去のレシピを無意識に参考にしすぎたせいもあってか、当初の試作は評価が高くなかった。キリンビールでビール類などの中身の総責任者であるマスターブリュワーの田山智広さんは試飲して「あぁ、昔のビールのコピーだな。これはダメだ」と思ったこともあったほどだった。
評価の低さに中身開発に携わったメンバーは過去のレシピにとらわれていたこと反省。あらゆる可能性を排除することなく一からレシピを見直した。試行錯誤の末に『晴れ風』は、3つのこだわりを盛り込んだ。
第1のこだわりは麦芽100%。何かしら副原料を使う選択肢もあったが、シンプルに麦のうまみを引き出すことにした。そのために採用したのが、デコクション製法と呼ばれるもの。麦のうまみやコクを引き出すために麦汁を煮出す製法で、飲みやすいけど飲みごたえがある味わいをつくるために採用した。
第2のこだわりは日本産の希少ホップ「IBUKI」の使用。ホップは複数種使用することにしたが、「IBUKI」は柑橘系のような香りが穏やかに香るのが特徴。際立った特徴を打ち出さず飲みやすい味わいを実現する意味から使うことにした。
そして第3のこだわりは酸味の抑制。仕込み工程と発酵工程を工夫することで、ビールの飲みにくさの一因になっている過度な酸味を抑えることにした。酸味を抑えることで、まろやかな味わいやスムースな口当たりを実現した。
外部モニターによる調査も複数回実施。そこで得られた声も開発に反映していったが、短い開発期間でも幅広く液種を検討するために、試験用につくるラボ向けの極小タンクでつくったほどだった。
味わいと商品名との一貫性があるパッケージ
『晴れ風』はパッケージに晴れをイメージさせる青系の色を採用した。
「晴れた日に風に吹かれながら飲む気持ちのいいおいしさがある味わいと、『晴れ風』という商品名との一貫性があるパッケージをつくることを大事に考えました」と向井さん。提案されたデザイン案の中には、今よりも水色っぽいものや白をベースにしたもの、エメラルドグリーンをベースにしたもののほか、商品名の書体を手書き風にしたものなど広く検討してきた。
検討したデザインは100案以上。「幅広く検討することにしたので、今までになかった飛ばし気味のものもあれば品質感が伝わるものもありました。新ブランドのパッケージになると色以外にも多くの検討ポイントがありますので、かなり多くのデザイン案を検討しました」と向井さんは明かす。
『晴れ風』という商品名については、商品コンセプトと合致していることから決まった。お客様調査の結果などから開放感のあるものが好まれることがわかり、晴れた空の下で気持ちよくビールを飲むシーンを想起。このシーンに合致したのが『晴れ風』だった。
商品が足りず生産工場数を拡大
販売に当たっては積極的な広告投資を実施。発売2週間前からテレビや交通広告などで情報を小出しにする形で新商品発売を告知するなどして発売された時には聞いたことがある状態をつくり、普段ビールへの関心が薄い人にまで存在を知らしめることにした。
この成果もあってか、発売から約1か月での販売実績が年間販売目標の4割を超える200万ケースを突破するなど、『晴れ風』は新ブランドとしては最高の滑り出しを見せた。あまりの人気の高さから一時期、商品が足りなくなったほど。生産を拡大しないと対応しきれず、それまで6工場(仙台、取手、名古屋、滋賀、岡山、福岡)で生産していたのを横浜工場でも生産するようにし、現在7工場で生産している。