デザインスキルもリーダーシップも備えた“高度デザイナー人材”を育てる
それにしてもなぜクラフトビールなのか? 小田准教授は次のように説明する。
「以前から若者のビール離れが言われているように、そもそも学生にとってビールは身近なものではありません。それでも、ひとたびお酒の場になれば、ビールはあらゆる世代がつながれるアルコールです。人間中心の設計、いわゆるUX(ユーザーエクスペリエンス)を学べる点でも面白いと思いました」
実際、7月半ばに「白蒲田」をリリースすると、予想以上にメディアからの反応が良かったと話す。
クラフトビールづくりは、「自分たちがブランディングしたものが世の中に出ることの意味を考えるいい機会になる」と小田准教授は話す。今回のプロトタイプの結果を評価したのち、早ければ来年度から演習授業やゼミで扱う予定。味からのアプローチが加わることが、従来の教材との大きな違いになると話す。
「グラフィックデザインというと、どうしてもラベルなど視覚的のデザインに偏りがちです。しかしこれからのデザイナーに求められるのは視覚的な要素だけではありません」
背景にあるのは産業界から求められるデザイナー像の変化だ。2019年に経済産業省は「高度デザイン人材ガイドライン」を発表している。変化のスピードを増すグローバル市場で産業発展するためには人間中心の視点で新たな体験や価値を創出するデザインのアプローチが必要……という認識のもと、グラフィックデザインのスキルを基本として、社会の変化にかなった発想、ビジネスにつなげる能力をも有した「高度デザイン人材」の育成を大学にも要望している。
「これまではデザイナーの仕事は末端の仕事と見られていたと思います。図面を描き、プレゼンテーションするのがデザイナーの仕事でした。しかしこれからのデザイナーは企画を立案し、プレゼンし、販促して売り上げにつなげるところまで一貫してデザインすることが求められます。ITやAIのリテラシーはもちろん、ビジネスリテラシーも求められます。本当に幅広い能力が求められるようになって大変だなとは思います。ただ、これまで分業されすぎていた仕事がデザイナーの手に戻って来たとも言えますね」(小田准教授)
もうひとつ、このプロダクトには隠れ研究テーマがある。「パッケージデザインにおける視覚と味覚の相関性と因子分析による評価研究」である。パッケージから受ける印象と、苦いや甘みといった五味の感じ方の相関性を調べる。
「感覚的なグラフィックデザインの領域に、味覚と視覚という複合的な観点から科学的な評価ができれば、感覚に偏らない新しいデザインが可能になります」(小田准教授)。数値化できれば日本初になる試みであり、こちらの結果も楽しみだ。
日本におけるクラフトビールの人気は着実に広がり、今や市民権を得ているように見える。もはやクラフトビールはビールマニアだけが愛飲するものではなく、だれもが手に取り、楽しめるビールだ。そして大学の教育プログラムの教材にまで成長しようとしている。それも農学部や醸造学部ではなくデザイン学部の教育現場で。学生にとって有意義な教材になるであろうクラフトビールの、懐の深さに乾杯したい。
「白蒲田」の瓶ビールは限定につき売り切れと同時に終売になるが、醸造元の大鵬が秋にもう一度仕込み、再販する予定。次は瓶ではなく、タップから「白蒲田」を楽しめる。
取材・文/佐藤恵菜