近年、働き方が多様化する中で、会社員を辞めてフリーランスになりたい、という方が増えています。会社に守られている会社員に比べ、フリーランスは保障がほとんどないので、自分で自分の身を守る必要がありますが、そういったことを理解せずフリーランスになると、「こんなはずじゃなかったのに…」と後悔することになりかねません。
全国16か所に展開する税理士法人TOTALの神田事務所所長を務める廣岡実さんの著書「お金の管理が苦手なフリーランスのための お金と税金のことが90分でわかる本」から一部を抜粋・編集し、フリーランスになる前に考えておくべき心構えをご紹介します。
フリーランスになったら自分が商品
会社にいる間は、はっきり言って会社の名前で仕事をしています。あなたの名前で売上が上げられるわけではありません。フリーランスになったり、起業したりしたら、売上はすべてあなた自身の力で作っていかなければなりません。いわばあなた自身が「商品」になるのと同じです。ですから、会社にいる間に少しでも「あなた自身の存在」をアピールしておきましょう。そのうえで、可能なら会社に迷惑がかからない程度に「独立したら宜しくお願いいたします」と顔繋ぎをしておきましょう(もちろん、社長や上司の許可を取ったうえで)。
ただし、就業規則に「競業避止」という、退職後一定期間は同業の仕事をしてはいけない旨の規定がある場合は、会社にいる間はあなたが独立して始める会社について、おおっぴらに営業活動をしてはいけませんし、退職後も似たような仕事につくことは避けなければなりません。
リアルでの人脈が大事
ビジネスはいろいろな人との関係で成り立っています。黙っていては仕事はやってきません。元々、知人や友人が多い方なら良いのですが、そうでない場合でも地道に知り合いを増やしていくしかありません。私自身、最初は顧客を広げるのに苦労した時期がありました。お金を払って紹介会社に登録したこともありますが、意外と強かったのが、リアルな場での繋がりです。
私は趣味でテニスサークルに入っていたのですが、そこでさりげなく税理士であることを話したところ、そのサークルにいたフリーランスの方の何人かは私の顧客になりましたし、そこから紹介された方も多かったです。会社員でとくに肩書きが付いていた人ほど自分をアピールしたり頭を下げたりすることが苦手なようです。フリーランスになったらそんなことは言っていられませんから、いろいろな勉強会に顔を出したり、時には飲み屋さんでお店の人に話しかけて宣伝してみたりするのも、営業のトレーニングになるはず。
ただ、巷に多くある「異業種交流会」のようなものは、その主催者以外はあまりビジネスには結びつかないようです。しかし、知らない人に話しかけるトレーニングにはなると思いますので、そのつもりなら積極的に行ってみるのも良いかもしれません。SNSを活用するのももちろん大事ですが、まずはリアルな場で人脈を広げることです。
家族の協力が必要不可欠
独身の方なら割と融通がきくと思いますが、結婚している方だと生活サイクルや収入が激変することがあり、その影響は自分だけでなく、家族にまで及びます。とくに男性は奥さんの協力がないままに会社員を辞めてフリーランスになったり、起業したりすると後悔するケースがしばしば見受けられます。調子がいい時はいいのですが、壁にぶちあたった時、ただでさえ孤独になってしまうのに身近にいる人にまで「だから言ったじゃない!」と追い討ちをかけられ、いよいよ孤立してしまうのです。逆に「経理ぐらい手伝うよ」と奥さんに言ってもらえるような関係だとうまくいくことが多いです。
女性の場合は、フリーランスになる時の状況にもよりますが、ご主人には黙って見守ってくれればいい、という人も多いです。起業する方だと最初の資金援助だけお願いしている方もいました。いずれにせよ、一人で決めるのではなく、家族にはきちんと相談し、いざとなったら協力してもらえる体制を作っておきましょう。
いざという時に慌てないリスク管理
定年を迎える前であっても、不慮の事故や病気で仕事を続けることができなくなることはあります。会社員であれば傷病手当金の支給もあるでしょうし、勤務中のけがや疾病で一定の基準を満たせば「公傷病休暇」が認められ、休業中の収入なども補償されますが、フリーランスの場合、基本的にこうした補償制度はありません。
仕事を休んでしまえばとたんに収入がなくなりますし、しばらく休んでから仕事を再開したとしても、今までやっていた仕事にそのまま復帰できるとは限らないのです。そのほかにも、次のようなリスクがあります。このようなことが起こっても慌てないで済むように、いつもバックアップを考えておきましょう。何よりも「何が起こるかわからない」ことをいつも頭におき、想定外のことが起こっても「そう来たか」と思える心構えが必要です。
1.取引先倒産のリスク
これを避けるためには、まずは取引先を1社にせず、売上の分散をすることが必要です。これは取引先が倒産まで行かなくても、何らかの事情で取引が終了してしまった時のリスク回避にもなります。できれば業績が好調な時に準備しましょう。
2.従業員退職のリスク
店をやっていたり、会社経営で人を雇っている場合、意外と深刻な影響を及ぼすのが、有能な従業員の突然の退職です。または病気やけがでの突然の長期欠勤。一時的に経営者や他の人がバックアップできるように、経営者や幹部は最低限の現場の仕事を忘れないようにしておきましょう。
3.災害のリスク
これはある意味で避けようがありませんが、警備保障会社を活用するとか、常に備蓄をしておくとか、できることはしておきましょう。重要なのは「起きてしまってからの対策」です。そして、不慮の災害は必ず起こりうると常に思っておくことです。
4.健康のリスク
長く安定的に仕事を続けていくために何よりも大切なのは健康です。フリーランスは、自分で仕事を獲得する必要があるので、体調を崩すとダイレクトに収入の低下につながってしまいます。会社員のような有給休暇もないので、自分自身でしっかりと健康管理をすることが大事です。
フリーランスで伸びていく人の特徴
フリーランスをやっていくうえで何よりも大切なことは長くやり続けることです。長く事業をやっていく中では、もちろん収入の波もあるでしょうし、コロナのような不測の事態に直面することもあるでしょう。そのような中でもうまく切り抜け、事業を拡大している人はどこか「覚悟」がある人のように思っています。
フリーランスや中小・零細企業の方は基本的に「下請け」の仕事が多くなります。下請けの立場はしっかりと仕事さえすれば、特に営業活動をしなくても定期的に仕事が回ってきます。その反面、元請けの都合で金額を値切られたり、厳しい納期を迫られたり、場合によっては突然仕事を切られたりするリスクもあります。
とはいえ、今の仕事もいろいろな経緯があって得ることができたのでしょうし、簡単に「下請けを脱却しましょう」ということはできません。少なくとも「強い立場の下請け」になることを目指しましょう。要するに「あなたにぜひお願いしたい」「あなたの会社がないと、うちの仕事は無理」と言わしめる立場になることです。
なかなか難しいことだとは思いますが、改めて「自分(自分の会社)の強みは何か」ということを洗い出してみることも大事ではないでしょうか。そのうえで、さらに研鑽を積んでいけば他と差別化できる立派な強みが得られるはずです。
不謹慎なことなのかも知れませんが、私は会社を立ち上げて、経営者になった方には「夜、眠れなくなって一人前」「使えない従業員にちゃんと辞めてもらって一人前」「税務調査が入って一人前」と申し上げています。一般に言われているように、経営者というのは孤独で、重要な案件についても最終判断は自分でしなければなりませんし、資金繰りや従業員の問題も最終的には自分一人で処理しなければなりません。こういう苦しいことを経験して初めて一人前の経営者となり、ステップを一つ上がれるのですね。
フリーランスになりたての方も、ビジネスを拡大した後にはこのような未来があることをぜひ知っておいてほしいと思います。
文/廣岡 実(ひろおか みのる)
税理士法人TOTAL神田事務所所長 / 税理士。1959年生まれ。神奈川県出身。明治大学商学部を卒業。大学卒業後、大手商社に就職。会社員として経理・総務部門の実績を積む。
税理士であった父親の病気をきっかけに退職し、父の税理士事務所で修行。1995年、税理士資格取得と同時に「税理士廣岡事務所」を設立。2024年1月より税理士法人TOTALのパートナーとして合流し、神田事務所所長となる。「みんなが儲けてほしい」をモットーに顧客の立場に寄り添ったきめ細かいアドバイスが人気を集め、各種フリーランスや中小企業の顧客を増やす。ファイナンシャルプランナー(AFP2級)の資格も持ち、お金の知識、経営のノウハウを月一度のレターで25年以上顧客に発信し続け、「先生のおかげで起業できた」「事業が拡大した」という声も多い。