心身と社会的に満たされた状態で生きることをいう「ウェルビーイング」という生き方を選ぶ人が増えている。その新しい潮流として注目されているのが「SBNR(Spiritual But Not Religious)=無宗教でスピリチュアル」という考え方だ。ここでは、「SBNR」について、その第一人者である、価値デザイナー・渡邉賢一さんにお話を伺っている。前編では、「SBNR」の流れが起こった背景について詳述した。ここでは、「SBNR」の流れが起こった結果、ビジネス界からも日本の精神性が注目されていることを紹介する。「SBNR」は、2025年に開催される大阪・関西万博の「ウェルビーイングウィーク」におけるテーマの一つとして取り上げられて、今最も注目されている「生き方」なのだ。
前編はこちら
先祖代々受け継がれてきた日本人の生き方
――「SBNR」について知れば知るほど、日本人の多くがもともと「SBNR」であることに気づきました。正月に神道の神殿である神社に参拝し、お盆には仏教の教え通りに墓参りに行き先祖の魂を祀る。10月になれば、古代ケルト人の宗教的行事が起源のハロウィンのパーティをし、クリスマスにはキリストの誕生を祝う。特定の宗教に縛られずに私たちは生きています。
「そうなんですよ。多くの日本人に、宗教的な思想、教義、生活様式の縛りがありません。個人の自由な想いに従って行動をしており、結ばれる縁や、自分に与えられたものに感謝し、そして自然を畏れるという生き方が、先祖代々受け継がれてきました。
私はこの、日本独自の宗教観と思想を、私はこれらの本を参考に深掘りして行きました」
自然を崇拝するネイティブアメリカンの思想は、日本の神道に近いという。
「日本は江戸末期に開国するまでは、ずっと多神教の文化の中、暮らしてきました。神仏は融合し、人々の心の拠り所として存在してきたのです。
しかし、明治期に西洋的な思想が入ってきた。合理的で白黒をはっきりつける、明確な論旨がある思想を、日本人は取り入れて行きます。廃仏毀釈運動がされたとはいえ、多神教的な宗教観を維持したまま、西洋的な行動規範に基づいた教育や社会の運営がされるようになったのです。
その結果、富国強兵や産業の勃興が達成されていき、天皇を神とする一神教的な考えが国策として広められていきました。その結果、開国(日米和親条約・1854年)からたった50年で日露戦争(1905年)年に勝利。欧米と肩を並べ、その後は戦争に向かって突き進んでいきます。そして、太平洋戦争の敗戦(1945年)を迎えました。
戦後は、アメリカの占領統治下に、西洋的思考と行動様式を学びます。アメリカは日本的な精神性や文化を徹底的に研究しており、日本人のことをよくわかっていた。宗教においては、政教分離を目的とした神道指令(1945年)が出されます。
これにより、「上からの強制」である神道が廃止されつつも、個人の信仰としては認められるようになりました。さらに日本国憲法の施行(1947年)もあって、真の信教の自由が保証されることになったのです」
「お天道様は見ている」という精神性と宗教観
――日本は宗教の自由が保障されているとはいえ、特定の宗教を持たない人が大多数ですが、「なんとなく神社に行き、神様は信じている」という人は多いような気がします。
「その通りです。それは神道が寛容な宗教であることが大きいです。西洋の宗教(キリスト教、ユダヤ教。イスラム教)は一神教で、教祖がいて、経典と戒律があり、教えは厳しく、物事を敵と味方に分けて考えるのが特徴です。
一方、神道は戒律・教祖・経典がありません。人は神への畏敬の念を抱きながらも願い、神にふさわしい自分であろうと努力して生きる。神はそんな私たちを護ってくれるという信頼があります。それを端的に表したのは“お天道様が見てござる”と言う言葉。この一節はウェルビーイングな生き方を示すものであり、SBNRな精神性と宗教観を表していると思っています。
そのルーツとなる『古事記』や『日本書紀』を紐解くと、個性豊かな神々が共存し世界を作っていることがわかります。敵と味方がありながらも、神々たちは“落とし所”を意識して全体を調和させているのです」
――日本の宗教観を考える上で、自然災害が多いことも関係しているようにも思います。災害も神が与え、神が救うものだと考えが根付いているからです。
「自然災害も、日本人の精神に影響を与えています。災害に見舞われ、理不尽な力で一瞬で全てを失ったとしても、“仕方がない”と現状を受け入れ、立ち上がる。この“仕方がない”は、日本独自の言葉なんですよ。“水に流そう”も同様です。悲しみに囚われず今を生きようとするのは、まさにウェルビーイング的な生き方にもつながっていきます」
――この日本の思想性は、今、世界中で注目されています。コロンビア大学の『ドナルド・キーン日本文化センター』が知られていますが、東京大学の『東京大学現代日本研究センター』や、早稲田大学の『国際日本学拠点』では、プリンストン大学やUCLAのAsian Languages & Cultures(ALC)学科ほか、多くの大学と共同研究を進めています。
「日本人は戦後に驚異的な高度経済成長を達成しました。その精神性の研究は、多くの機関でされています。現代ではサブカルチャー、ポップカルチャー、ハイカルチャーが融合したクールジャパンが世界を魅了しています。これらは、私たちが内包する奥深く豊かな精神性から生まれた表現であり、その背景も研究対象になっています。
その根底に流れるのは、寛容な思想と、自然と共に生きるSBNRのライフスタイル。日本文化の根っこは一つなんですよ。
私は海外の研究者とやりとりすることが多いのですが、日本文化を体験するというコンテンツは、コロナ以降のSBNRの流れとともに注目度が高まっています。神社や寺に参拝しマインドフルネスをする、禅寺での宿泊、農作業体験、精進料理教室、伝統工芸の体験などのプログラムに参加を希望する外国人が増えています。私たちにとって当たり前のことが、異文化の人々にとっては、得難い体験になるのです。
今、私が注目しているのは、日本の各地域に根付いた文化です。それぞれに独自の神がおり、祭り、郷土料理、方言など、多様な文化があります。そういうと地方都市を思い浮かべる人が多いですが、東京もまたユニークな地方都市なのです。
例えば丸の内のビジネスパーソン。仕事が終わるとジャケットを脱ぎ、それまでの姿勢を崩してフランクに酒を酌み交わします。そして、祭りの季節になれば、スーツを着ていた人がふんどし1本で神輿を担いでいたりする。これは世界のどの都市でも見ることはできない風景です。そういった個性やユニークさを、時代の文脈に合わせて再構築し、価値デザイナーとして、世界に発信していくことにも取り組んでいます」
――渡邉さんに「SBNRの文脈で、ビジネスを興すことはできるのか」と質問したところ、「できますよ。キーワードはタウマゼイン(驚異)です」と答えた。これはギリシャ哲学者のプラトンとアリストテレスの師弟が、哲学の起源を求めたときに「知的探求の始まりにある驚異だ」と結論したときに発した言葉だという。
彼らは人が驚愕する
タウマゼイン(驚異や驚愕)は、日常の些細な出来事の中にこそある。知的好奇心の先にタウマゼインはあり、それが人に新たな発見や、喜びをもたらす。自分の中で起こった驚異や驚愕は、目に見えないが確かにそこにある。タウマゼインは自分の力と、神のエネルギーのシンクロニティがもたらすものなのかもしれない。この「偶然の力」を認識し、自分や社会のために生かす姿勢が、「SBNR」の本質なのかもしれない。
価値デザイナー 渡邉賢一
XPJP 価値デザイナー。Space SAGA代表。内閣府CJPF ディレクター。慶應義塾SDM 研究員。京都芸術大学 客員教授。辰元 取締役。Jakarta Japan Town プロデューサー。
取材・文/前川亜紀 撮影/横田紋子