楽器市場が盛り上がりを見せています。
帝国データバンクによると、2022年度の楽器店の市場規模は前年度比0.6%増の1939億円(「「楽器店市場」 動向調査 2023」)。2年連続で前年を上回りました。音楽教室やライブ活動、コンサート向けの楽器需要が回復傾向にあるのです。
市場の盛り上がりは歓迎すべき状況ですが、実は若者を中心とした楽器離れが進行中。10代の楽器需要の開拓、獲得が急務となりました。
ヤマハの楽器店の『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!』とのコラボ企画も大好評(画像は2024年6月より開催中の「ぼっち・ざ・ろっく!×ヤマハ Re:Collab」より)
バンドをテーマとしたアニメがヒットするも…
2024年6月7日に公開された劇場版『ぼっち・ざ・ろっく!』の興行収入が5億円を突破しました。この映画はテレビ版を再編集したもので、2部作の前半にあたるもの。しかも上映館が132館で決して多くはありません。まさに異例のヒット作でした。
7月12日から上映される映画館の追加が決定しています。
『ぼっち・ざ・ろっく!』はギターを愛する女子高校生が、バンドに加入する物語。“陰キャ”がバンドに参加するという斬新なストーリーがアニメファンに受けたことに加え、アニメ内で演奏される曲の質の高さで音楽ファンからも支持されています。
『けいおん!』や『BanG Dream!』など、バンドを扱ったアニメーションのヒット作は少なくありません。
楽器市場の拡大と、バンドをテーマとしたアニメーションのヒット。これらを見ると、アニメに感化された若者たちが楽器を手にする姿が浮かんできます。しかし、実態は必ずしもそうではありません。
下のグラフは、総務省による「社会生活基本調査」から、趣味として楽器を演奏する人の割合を世代別に抽出し、1996年と最新の2021年の調査を比較したもの。注目したいのは10歳~19歳の割合の変化。10歳~14歳までは35.6%から27.7%、15歳~19歳は27.5%から22.3%まで低下しているのです。
※総務省「社会生活基本調査」より筆者作成
これはゲームや動画配信などで、趣味や余暇の過ごし方の幅が広がったためでしょう。ゲームを趣味とする人の割合は、10歳~14歳で76.8%から79.7%、15歳~19歳で62.3%から74.1%まで上昇しています。
上のグラフを見ると分かる通り、楽器を趣味とする人の年齢層は40代以降で増加しています。楽器は中高年の趣味として親しまれているのが現状です。
製品の磨き込みでヤマハのギターは1割の増収
ヤマハは2019年3月期の国内楽器事業の売上高が753億円でした。2024年3月期は596億円。コロナ前の8割程度しか回復していません。北米エリアは円安効果も相まって581億円から840億円まで伸びています。
※決算説明資料より筆者作成
2025年3月期は、国内楽器売上を591億円と予想しています。現在のところ、コロナ前の水準まで回復する兆しはありません。
ヤマハは「パシフィカ」というエレキギターのシリーズを展開しています。エントリーモデルは3万円台で、コストパフォーマンスに優れています。その評判はSNSやYouTubeでも話題になりました。
さらにアニメ『ぼっち・ざ・ろっく』の主人公が楽器店でこのシリーズの製品を購入しているシーンが流れ、一躍脚光を浴びました。
ヤマハは中期経営経計画において、ギターに積極的な投資を行って規模を拡大。収益性を改善しながら将来の柱を育てるとしています。事業の中核を担う、ピアノと管楽・打楽器以外のラインナップの充実を図ろうとしているのです。
良質な製品を生み出すことや、マーケティングにおいてはその成果が着実に現れています。2024年3月期のギターの売上高は430億円。2025年3月期は5.3%増の453億円を予想しています。
ギターのライト層の更なる取り込みに成功すれば、国内事業を回復へと導く足掛かりになるかもしれません。
ビギナー向けサブスクリプションサービスでLTV向上を図るフェンダー
ギターのビギナーの獲得と育成に注力しているのが、世界的なギター製造会社のフェンダー。サブスクリプションサービスの「フェンダープレイ」を提供しています。
このサービスはオンラインで楽器の弾き方を教えるというもの。2017年にアメリカでサービスを開始しました。
ギターを始めた人の9割が1年も経たずにやめてしまうと言われています。複雑なコードを押さえるのが難しく、数あるコードの形を覚えるのも容易ではないことなどが背景にあります。
この継続率を伸ばすことができれば、2本目、3本目のギターや弦、アンプなど周辺機器の購入に期待ができ、結果としてLTV(顧客生涯価値)の引き上げに繋がります。
日本はヤマハに代表されるような音楽教室が主流。講師に教わることで演奏が上達するスピードが速いのは間違いありませんが、入会するハードルが高いという難点があります。特にリモート化を促したコロナ禍があったため、ギターのビギナーを外に連れ出す難易度は上がったでしょう。
若者の楽器離れが進行すれば、音楽産業そのものの衰退にも繋がりかねません。
日本のエンタメ業界は韓国に押される状況が続いていました。しかし、2023年にYOASOBIの『アイドル』がビルボード・グローバル・チャートで首位を獲得するなど、世界的な注目が集まっています。
日本のミュージックシーンを盛り上げるためにも、若者の楽器離れを食い止める取り組みが求められるでしょう。
文/不破聡