僕のオーディオ・システムは全てLINN製品だったが、さる理由で予算が生まれスピーカーをカナダのパラダイム製ペルソナ3Fに買い替えたことはこの3月に書いた。そして5月には、DSMも新しいLINN製品に買い替えた。これで予算終了だ。LINNとはイギリスの名門高級オーディオメーカー、DSMとはネットワークプレーヤーとプリアンプの機能を兼ね備えたオーディオ製品だ。LINNを自動車メーカーに例えれば、ベンツ、BMW 、アウディのような存在。Klimax(ベンツならSクラスに相応)、Akurate(同Eクラス)、Majik(同Cクラス)の3グレードを揃えていた。僕の使っていたDSMはKlimaxだが、今回購入したのはAkurateの後継グレードたるSelekt。Klimaxより下位機種に替えたことになる。
これまでのシステム。ラック3段目右側がLINNのKlimax。
というのも、性能の向上&円安で、現行のKlimaxの価格は今や700万円弱、とても手が出ない。SelektのDSMも決して安いわけではなく、ベンツのEクラスに車種がいくつもあるように、下は約100万円からいろいろある。僕が購入したのはその最上位機種、価格を書くとこの先を読んでもらえないかもしれないので控えるが(調べればすぐわかります)、10年ほど前に買ったKlimaxのDSMとほぼ同価格だ。
斬新なデザインのSelekt。LP12とは、僕の使用するLINNのアナログプレーヤーの名称。
デザインは近未来的で従来機とは別世界、いわゆるオーディオ機器のイメージとは全く異なる。それ以上に異なるのが音のクオリティーだ。スピーカーを替えてグレード・アップした音が、さらにグレード・グレード・アップした。僕はCDを聴かず、再生ソフトはレコードのみ。DSMを替えて最初に聴いたレコードは、僕が一番音のいい『レッド・ツェッペリンⅠ』と確信するUS盤PR工場製マトリクスC(マトリクスについてはこちらを参照)だが、およそ10年前とはいえLINNの最高峰だったKlimaxの音は眠かった(!?)と思ってしまうくらいクリアーで驚いた。
DSMはネットワークプレーヤー((簡単に言うとネット上の音楽を再生する機器))だから、アマゾンやアップルのようなサブスクリプション・サービスを再生できる。Klimaxでも時々聴いていたが、Wifiのつながりが悪くブチブチ切れた。ルーターの中継機を導入すると改善はされるも、今ひとつ。だがSelektではほぼ問題ない。問題はないのだが、オーディオ・システムが劇的に向上したので、耳を傾けてアルバムを聴くには配信のCD音質、あるいはそれ以下の音質ではなんとも物足りない。僕の1980年代『FMレコパル』編集部在籍時以来40年以上に渡るロックとオーディオの師匠、音楽/オーディオライターの岩田由記夫さんは「ハイレゾ配信ならその不満は解消される」と言うが、日本では2月から始まるとされたQobuzは一向に始まらない。海外のQobuzに加入する裏技があるそうだが、そこまでしてという気にはならない。
ただし現在73歳の岩田さん曰く、「年をとってくるとレコードをかける作業が億劫になる。こだわりがあるアルバムはレコードで聴くとして、そうでないならハイレゾ配信で十分だよ」。今67歳の僕にも、その気持ちは十分にわかる。こうやって原稿を書きながら聴く音楽、レコードのA面B面をひっくり返しながらなんてことはとてもできない。かといってサブスクも気乗りしない。Klimaxほどではないが、Selektでもたまに音が途切れるからだ。
もっと強力なWifi環境を用意すれば解決するかもしれないが、そうせずしてひとつの解決策が見つかった。インターネットラジオだ。SelektのDSMはインターネットラジオに対応する(Klimaxでもできたのだが、気づかなかった)。ラジオ局が多すぎて何を選んでいいかわからなかったが、たまたま「FM-Classic Rock」なる局を選んだところ、僕の好きな70年代ロックが次々と流れてくる。MP3 44.1kHz 192 kbpsながら、音は悪くないし途切れることもない。サブスクのようにアルバム単位で聴くことはできないが、好きなアルバムをレコードで聴く体力(?)はまだ十分なので、今のところ支障はない。
さて新たなるシステムで日々レコード再生を堪能していると、奇妙なことに気づいた。ピンク・フロイドの歴史的名盤『狂気』の音質だ。昨年4月に登場した『狂気』50周年2023リマスター盤(EU盤)を僕は@ダイムで絶賛した。今や10万円でも買えないUKマトリクス1=UKマト1(便宜上こう呼ぶが、 UK盤の初回マトながら実際はマト2)、通称ブルー・トライアングルと聴き比べて、“こんな評価法がありかはさておき、2023年リマスター盤は5段階評価の5で、UKマト1は優良可不可評価で優の上の秀としようか?”とまで書いて褒めた(『狂気』の他の盤の音質についてもいろいろ書いているので、是非こちらもお読みください)。相当、いい音だったのだ。
この2023年リマスター盤と、今年4月に登場した50周年記念コレクターズ・エディション2枚組輸入盤国内仕様を「マネー」で聴き比べた。こちらはクリスタル・クリア・ヴァイナル盤という、表面はオーディオ面、裏面は絵柄がUVプリントされた特殊な仕様。2枚組と言っても45回転ではなく33回転、そして2023年リマスター音源なので、基本的には2023年リマスター盤と同じ音質のはずだ。さらに言えば、僕の持つ定価9900円(税込)の2枚組輸入盤国内仕様=クリスタル・クリア・ヴァイナル盤はオランダ生産のEU盤で、僕の持つ2023年リマスター盤(EU盤)と同じ生産国だ。
回転数も音源も生産国も同じこの両盤を聴き比べて、あまりの違いに驚いてしまった。
後編に続く
文/斎藤好一