「僕は何も持っていない」〝凡人〟の自分が戦うための戦略
地道な努力が実り、晴れて声優事務所へ所属することに。しかし、そこからがスタートライン。3か月間ずっと仕事のオファーが来ない時期も経験した。
「焦っても仕方がないから、自分という人間の輪郭をはっきりさせる期間だと捉えていました。結局のところ『自分がどういう人間で、何をして生きたいのか』と。それを明確にしていくと、足りないものや今やるべきことがわかってくるから」
どこまでも論理的に自分と対峙した結果、苦手意識を抱いていた「人と会うこと」の必要性に気づいたと語る。
「もともとは表現者として前に出ることが苦手だったし、感性を持っているタイプでもない僕は、この業界においては何も持っていないただの凡人でした。そんな自分がどうしたら周囲の天才たちと戦えるのか? それには凡人なりの攻め方
が必要でした。行き着いたのが、『おもしろい人たちと一緒にいれば、自分もそうなれるだろう』っていう発想です」
昔を懐かしむ表情で「20代の頃は、誘われたら150%断らないようにしていましたね」と話す江口さん。最初は無理やり足を運んでいた社交場も、ずっと通い続けるうちに〝モチベーションを与えてくれる場所〟へと変化していった。今ではひとりで飲み歩くことも多いという。
「いい仕事をするためには、自分の価値観やアプローチを常に変化させなくてはいけないと思っています。でも、変化するためには自分だけじゃなくて他者との関わり合いが必要不可欠なんです。だから、いろんな性別や世代の方とお酒を飲み交わして、幅広い考え方やトレンドを探る時間を大切にしていますね。僕にとって人との出会いは、新しい絵の具を集めることに似ています。手に入れた絵の具で『次はどんな絵を描こうかな』って。そこで吸収したことを仕事にぶつけるのが今の一番の楽しみです」
この日の取材後も、彼はふらりと夜の街に消えていった。今夜はどんな色の絵の具を手に入れるのだろうか。
等身大の〝働くヒント〟が見つかる!江口拓也のハタラキズムQ&A
01/ 明日、自分の声が変わっていたらどうする?
新しいアプローチを模索する
今までの声でできていたことができなくなるけど、その分ほかにやれることが増えるから楽しそう。これまでにないキャラクターに挑戦したりね。声が変わっても、声優を続けることの軸は変わらないです。
02/ストレス解消法は?
お酒
僕の場合、お酒さえあれば大体解決します(笑)。
03/声優という仕事の好きなところは?
声さえ出ればできるところ
怪我しても、気分が悪くても、身ひとつあれば現場で戦える仕事なので。気楽でいいです。
04/仕事で「絶対しない」と決めていることは?
「こうあるべき」を作らない
人間なんだから、落ち込んだり気が乗らなかったりする時もある。そういう自分を「しょうがない」って受け入れながら、仕事をきちんと完結させるのがプロですよね。
取材・文/髙橋千里 撮影/須田卓馬 スタイリング/本田雄己 ヘアメイク/山脇志織