「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」をミッションに、2020年に住宅関連メーカーやIT企業などの企業が業界横断で集まり、業界の垣根を超えてユーザーのより良い暮らしを実現すべく設立された一般社団法人LIVING TECH協会。『LIVING TECHカンファレンス』は、協会設立前の2017年から開催されているイベントでユーザー視点、社会課題の解決、スタートアップの視点を盛り込み、1つのテーマを異業種のパネリストが多角的に議論するスタイルが人気となっている。
第6回となる今回は、「業界横断の共創でつくる、環境にも人にもやさしい、well-beingな暮らし」をテーマに、日比谷三井タワーからリアルとオンラインのハイブリッドで開催された。ここでは「地域創生×テクノロジーでエネルギー自給自足の街づくり~HiLタウンのオフグリッドの取り組みと共創事例~」についてリポートする。
パネリスト&モデレーター(右から順に)
<パネリスト> 井手一久さん
電源開発(J-POWER)イノベーション推進部
<パネリスト> 東克紀さん
YKK AP 事業開発統括部 統括部長(兼)WHC取締役 HiL事業担当役
<パネリスト> 土屋俊博さん
スマートシティ社会実装コンソーシアム 運営委員
<パネリスト> タブチキヨシさん
住宅デザイナー・クリエイティブプロデューサー
<モデレーター> 佐藤あかねさん
Panasonic エレクトリックワークス社電材&くらしエネルギー事業部
「HOME i LAND」、通称HiLとは?
先進的に共創プロジェクトに取り組むYKK APが仕掛ける地方創生×エネルギー自給自足プロジェクト「HOME i LAND」、通称HiLとはどのようなものなのか。
LIVING TECH協会コラボで実現した2021年の「真鶴の家プロジェクト」から始まり、2023年冬には山梨県甲府市で行政を巻き込んだ地域の活性化とオフグリッド化に取り組む「HiLタウン山梨」がローンチされた。このプロジェクトで、これからの住まい・住宅と地域のかかわり方についてディスカッションが進められた。
「どこの業界もこの先、人材がいなくなる。建築業は家一棟建てるのにも、色々な業者、色々な人たちが関わるのですが、高齢化は課題になっている。今後、家はどのようになっていくのか、それを今の内からトライアルしているプロジェクトです。
職人不足、高齢化、若手不足の中、家を届ける様々なプロセスを効率化するというのがHiLの原点になります。
つまり今、関わっている人たちをどのように効率よく家を建てていくのかにトライアルをしています。地域の建材流通店をハブにしてワンストップで工務店の作業を手伝いながら省力化していくのがこのビジネスのポイントです。
地域の建材流通店は、地域の工務店に家という商材を売る、現場に届ける業態です。昔は窓、基礎、木工などそれぞれ事務所があったのが、人が減って、今後も減っていく。その結果、地域の建材流通店に吸収されひとつになっていく動きがあるので地域の建材流通店に着目をしてビジネスを進めています」(東さん)
HiLのシェアビジネスモデルの概要
「オフグリッド」(電力の自給自足)のスキームを目指すHiLタウン山梨
HiLの事例として、甲府駅から車で15分。富士山を望むことができる地域で進められている「HiLタウン山梨」の事例が紹介された。
「HiLタウン山梨では、試験的な取り組みもしています。地域企業、メーカー、行政が様々な社会課題の解決に取り組んでいます。パナソニックやYKK APもまだ市場に出ていない商品を取り付けていたり、アサヒ飲料の協力のもと、炭酸が出る蛇口なども設置している。特に面白い取り組みがエネルギーの高騰・不足対策です」(東さん)
それが、「地域の流通事業者により持続可能な『エネルギー自立の街づくり』」だという。
「大手のデベロッパーやハウスメーカー、国が補助金を投入して街を造っても造り終えたら彼らがいなくなるという街をこれまでいくつも見てきました。そうではなく、継続しなくてはならない。街に住む人、働く人にお金が落ちることを考えると地域の流通店が主導になるべきなんです」(東さん)
「HiLタウン山梨」のエネルギーの自立には、住む人に向けて次のような価値を提供している。
①安全・安心な電力提供:災害時に止まらない電力システムの提供
②光熱費高騰の不安解消:自給自足エネルギーシステムの提供
③健康な住まいの提供:高断熱・高耐震の高性能住宅の提供
④脱炭素/環境負荷軽減:エネルギーバーチャルタウンの構築
この事業スキーム作りのためにJ-POWER、パナソニック、YKK APの3社が協力している。
「当社の事業は本来、お客様の個々に電気を届けているのではなく、東京電力さんなどの地域の電力会社さんにに電気を卸売りしています。でもエネルギーはみんなが使っているもので、価格高騰など社会情勢にも影響を受けている。そういう意味では暮らしに根付いた事業なので、住宅を造るビジネスと一緒にできることがあると考えています。
一般的に、再生可能エネルギー100%と言えば、家に蓄電池や太陽光パネルを設置して実現するものですが、私たちから言わせるとオーバースペック過ぎるんです。合理的かと言えば少し疑問がある。
とはいえ、スマートシティという枠組みを大きなエリアで作るには限界があります。どこでも実現可能なボリュームを考えると数戸の単位になる。地域の工務店は実際、5軒や10軒単位で街づくりをしているのが現状です。そこに誰でも買えるエネルギーを作ればいいと思ったんです。将来的には全国どこでも使える電気のスキームを作っていきたいと思って参加させてもらっています。
もっとマクロな話をすると、再生可能エネルギー100%はなかなか実現できていない。太陽光パネルや蓄電池を置いていても送電線に繋がっているケースは多い。本当に再生可能エネルギー100%が実現可能なのだという事例を創出したいと思っています」(井手さん)
このオフグリッドのスキームは5年後、10年後実現する取り組みではなく、実際に企業が参画しながら進めている非常に具体的な絵が描けている取り組みとなっている。
Panasonicとタブチキヨシが考えるwell-beingな家
少し視点を変え、このモデルがユーザーに受け入れられるための商品企画を、YKK APとPanasonicがつくった規格住宅「LIAN」の住宅デザインを担当した住宅デザイナーのタブチ氏は語る。
「どのプロジェクトにおいても、『トレンド=ニーズ=集客=売上』をポイントに考えているそう。
LIANでは、ここ数年の5大トレンドのひとつである「well-being」の実現を目指した家を企画した。過ごすのが気持ちいい家。1Fのリビング空間にヌックを配置したり、2階のベンチ上の吹き抜けに採光用の窓を設け、家の中に縁側のようなスペースで朝陽や月明かりを感じることで、情緒を感じてもらえるように設計しているという」(タブチ氏)
well-beingは建物の造りやスペースだけではなく、設備面からも考えてLIANの企画設計に落とし込んでいるとパナソニックの佐藤さんは語る。
太陽光、蓄電池、エコキュートがAIの自動制御により、賢く連携して暮らしをサポートしてくれるAiSEG2が組み込まれている。さらには最近ニーズが高まるEV充電器も外構に設置している」(佐藤さん)
2つの視点から価値のあるHiLに注目
大規模な地域開発をする際には経済循環は生まれる。
「地方だと、その循環の中で建築業が占める割合は多いという。土木工事を含め、街や家を作るために地域の産業になっているケースが多い。地方が衰退して業界が高齢化していく中、業界全体が地方の経済をどのように支えていくのかは大切になっていくだろう。地域ごとにシステムを構築することは素晴らしいこと」(土屋さん)
まず一つ、「HOME i LAND」はこの地方創生の観点でも非常に意義のある取り組みだ。それぞれの地場の工務店をハブにするシステムが一般化すれば助かる地域も多いに違いない。
そしてもう一点、「エネルギーの自給自足」。スマートシティやデジタル田園都市構想など、様々な取り組みがある中でHiLの事例はかなり現実的に思えた。
5~10戸という小さなコミュニティに着目をして、家単位のエネルギーの自給自足だけでなくの集合蓄電池を活用した街単位の自給自足を可能にしている。HiLのような一つの取り組みの中で「地方創生」と「エネルギーの自給自足」、二つの社会課題を解決する可能性のある次のトレンドとして注目していきたい。
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特設サイト
https://livingtech.ltajapan.com/ltc006/
取材・文/峯亮佑