■インタビュー連載/ハタラキズム
小さな会議室に用意したオレンジのバック紙の前。非常口へ続く廊下に広がるコントラストの中。すっと立つその凛々しさは、演じた役柄の力を受け取ったよう。彼女がひとたびカメラの前に立てば、何でもない場所が最上級のセットに変わる。
『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』空条徐倫役、『チェンソーマン』パワー役など、飛ぶ鳥を落とす勢いで代表作を増やし続ける声優・ファイルーズあいさん。
今回彼女が吹替を演じたのは、社会現象となった映画『マッドマックス』最新作『マッドマックス:フュリオサ』のタイトルロール・フュリオサ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では孤高の戦士だった、シリーズ屈指の人気キャラクターだ。本作では、故郷から拉致され、過酷な日々を生き抜いてきた少女の過去が描かれる。
たった30ワードのセリフに、声優としてどんな息吹を吹き込むか
常にもの言いたげなフュリオサだが、作中ではほとんど口を開かない。復讐心を静かにたぎらせ、力強い瞳だけで強烈な印象を残す。そんなキャラクターをファイルーズあいさんはどう解釈したのか。
「フュリオサは、感情が一貫していて、基本的に喜怒哀楽の『怒』と『哀』しかないんです。だけど、その中に何種類もの怒りがあって、哀しみがある。ふたつしかないのに、なんでこんなに難しいんだろうと思うくらい、複雑なキャラクターでした。しかもセリフが少ない中、説得力のある芝居を伝え、たまにあるセリフの中で『おっ』と思わせなきゃいけない。だから、演じ方を何パターンも考えましたね。
それでもフュリオサの原点を描く今作で、その役を任せていただけることが本当に光栄でした。とにかく、彼女の持っているものを全力で私も出し切ろうと。喉なんか出し惜しみしない、はち切れてもいいって覚悟を持って挑みました」
英語版のスクリプトだと、フュリオサのセリフは30ワードほど。声で表現することが仕事でありながら、その機会が極端に絞られる異例の役どころをファイルーズあいさんは「新たな挑戦だった」と語る。
「30ワードしかないなんて、前代未聞じゃないですか?タイトルが役名そのもの、フュリオサなのに!もちろん、最初は私もセリフの少なさにびっくりしました。でもそれは紙の台本を読んでいたから、だったんです。いざ映像と照らし合わせたら、『こんなに存在感あるの?』と思うくらい、フュリオサ役のアニャ・テイラー=ジョイさんの存在感が計り知れなかった。言葉はいらないというか、行動と表情で魅せるお芝居がすごすぎました。だから、変に私が味つけするんじゃなくて、アニャさんのお芝居を見てほしいなと思ったんです」
近年〝どの声優が演じているか〟が、映画の集客に大きく影響するようになっている。「ファイルーズあいの声だから作品を観る」というファンも多いだろう。だが、彼女はあくまで「吹替」に徹したと言う。
「アニャさんの芝居に寄り添うことが第一。観客が聞き取りやすいようにとか、日本語で聞いて馴染みやすく、といったところにフォーカスしました。また、過去作の『怒りのデス・ロード』で描かれたフュリオサとは違い、今作は未成熟だった少女が怒りの力を源に成長していく過程が描かれています。監督からも指摘されたことですが、彼女の覚悟が決まっていくストーリーであることを大切にして、あえてキレイで完成した声で演じることを避けました。トーンを落とさず、そこは地声に近い声で演じましたね」