変化の激しい音楽業界でヒットを連発し、成長を続けるユニバーサル ミュージック。同社を率いる藤倉尚(なおし)さんは、46歳で社長に抜擢されて以来、10年連続で最高業績を達成し、売り上げを2.6倍に成長させた。現場出身のリーダーが挑んだ変革とは──。
ユニバーサル ミュージック
社長兼最高経営責任者(CEO)
藤倉 尚氏
1967年生まれ。92年にポリドール(現ユニバーサル ミュージック)入社。2008年に執行役員、12年に副社長兼執行役員就任、邦楽事業を統括。2014年1月より現職。各国の音楽ビジネスの成功を牽引するリーダーを称える「ビルボード インターナショナル パワー プレイヤーズ」に4度選出(2019年、2021年から3年連続)。
成長を続ける原動力は人との出会い
──世界60以上の国と地域に拠点を持つユニバーサル ミュージック グループ。藤倉さんは2014年、46歳で日本法人であるユニバーサル ミュージック合同会社のトップに就任されました。以前から抜擢の予感はあったのでしょうか。
「全くありません(笑)。来日したグローバルのCOOから突然打診されました。『あなた以外に任せられる人物はいない!』といった情熱的なものではなくて、『準備をしていないなら、別の人に当たる』とも言われ、社外から入ってくる人が上に立つくらいなら、自分でやろうと決断しました。当時は邦楽部門のトップという立場でしたから、『邦楽の強化』を目的とした人事だったと考えています」
──社長に就任して最初に実施されたことは何だったのでしょう。
「まず社訓を作りました。『人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける』と掲げています。ユニバーサル ミュージックは、ポリドール、キティ、マーキュリー、トーラス、ユニバーサル ビクター、EMIなどとの合併を繰り返して現在の形になりました。様々なDNAを持った才能が集まっていますから、目指す方向だけは共有しようと、会社として初めて作ったものです。当初は『音楽を愛し、人を愛し、感動を届ける』でしたが、人がすべてという私の体験的学びから、数年前に〝人を愛し〟を一番先にしました」
──社長就任以来、業績が右肩上がりに伸び続け、10年連続増収増益を達成しました。ヒットを生むコツやスキルはありますか。
「残念ながら方程式はないですね(笑)。もちろんヒットのデータ分析は行なっていますが、データだけで、人々を感動させるアーティストや楽曲を生み出し続けることは不可能です。この10年を振り返ると、何より人との出会いが、会社を良い環境に導いてくれました。大切なのは〝人〟だと実感しています。数々のヒットを生んだすばらしいアーティストはもちろん、社員の輝きも大事です。社員が輝いていなければ、アーティストは一緒に仕事するパートナーとして選んでくれませんから。アーティストを発掘して契約を結び、伴走してくれた社員のがんばりは大きいですね。良い出会いに恵まれなければ、10年連続増収は達成できなかったと思います」
現場のマインド改革により成長を続ける
デジタルとフィジカル(CDなどの物販)の両軸経営を推進。契約社員の正社員化を実現するなど、現場のマインドも変革し就任10年で売上高は2.6倍に伸長した。
※日本レコード協会のデータによると、日本の音楽ソフト・配信市場の総合計は2014~2021年で1.04倍(2021年は2831億円)とほぼ横ばい
売り上げ拡大に結びついた〝正社員化〟
──2018年には契約社員330人の正社員化が大きなニュースとなりました。以降、売り上げも大きく伸びていますが、これにはどんな期待があったのでしょうか。
「それまで全社員の7割が1年契約の社員でした。1年で成果が出なければ契約は打ち切られます。この雇用形態では、翌年も契約を更新してもらうために、社員がアーティストファーストではなく、自分本位になる可能性があります。例えば、その年度の成績が振るわない社員が、少しでも売り上げを上げようと、担当アーティストのアルバムを機が熟していないのにリリースしたり、ヒットを出した人も、来年度の自分の成績に売り上げを持ち越そうと、リリースを先延ばししたり……。私も1年契約の社員でしたから、理解できる面もありますが、正社員化でこれらが変わりました」
──アーティストにとってもより良い環境になったわけですね。
「そうですね。正社員化の理由としてもうひとつ、ストリーミングの台頭でビジネスが様変わりしたことも挙げられます。CDの販売は、多くの作品で発売日から1~2週間でおおよその販売予測が可能でしたが、ストリーミングではクチコミやSNSを通じ、楽曲の良さが徐々に広がり、リリースから半年後や1年後にチャートのトップを獲得することもあります。そんな時代に、短期間で結果を求め続けるというスタイルは合わないんです。一方、正社員化によって緊張感が緩まないよう、抜擢や降格制度の導入を含めて人事評価制度を見直しました。適度な刺激や緊張感は大事で、社員のモチベーションアップにつながっていると感じています」
──雇用文化の違うアメリカ本社に、日本の雇用形態を認めてもらった手腕もすごいですね。
「1年かけて説明し続けました。信頼を築き、業績を残したからこそ承認されたと思いますね。2014年、社長として初めてグローバルな会議に出席した時は、私の座席は末席でした。英語も得意ではなかったので名前も覚えてもらえず、全員ではありませんが、『Hey!』と呼ぶ方もいらして……。その時は『せめて名前で呼んでもらいたいな。人間なんだから』と思いました(苦笑)。正社員化に当たり〝10年後に売り上げを倍増させる〟と大見えを切った手前、それ以上の結果を出せてホッとしています」
──一部では〝オワコン〟とも言われるCD、DVDなどフィジカルの売り上げも好調ですね。
「パッケージ文化の強い日本では、手に触れることのできるものでアーティストを感じたいという文化があります。数年前から言われるようになった〝ファンダム〟と呼ばれる熱量の高いファンの存在、推し活の影響も大きいと感じます」
抜擢、降格など人事に緊張感を持たせる
年度の初めに行なわれる全社集会で、1年間で活躍したチームや社員を表彰する藤倉社長。
いいアーティスト、いい社員。成長のためには〝人〟がすべて