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「出奔」とはどんな意味?覚えておきたい正しい言葉の使い方

2024.06.16

出奔とは、どういう意味なのかわからない人も多いのではないでしょうか。読み方は「しゅっぽん」で、逃げ出して行方がわからなくなるという意味です。

また、歴史書など、武士の失踪を意味する言葉としても使われます。本記事では、出奔の意味や使い方、類義語をご紹介します。

出奔とは?

■読み方と意味

出奔とは、「しゅっぽん」と読みます。

意味は「逃げ出して行方をくらますこと」。歴史書などで、江戸時代の武士が失踪するという意味で使われることもあります。

逐電との違い

出奔と似た言葉に、逐電(ちくでん)という言葉があります。逐電は、すばやく逃げて行方をくらますという意味です。「逐」は追いかけるという意味で、「電」は稲妻のことを表します。組み合わせて、「稲妻を追う」という意味になり、そこから素早く逃げるという意味になりました。

逃げて姿を消すという意味では出奔と同じですが、逐電は、稲妻を追うほど迅速に逃げて姿をくらますというニュアンスがあります。

逃げ足が速いという意味で使うときは、逐電が適しているでしょう。

【例文】

・その会社の社長は不正がばれて逐電してしまい、ずっと姿を隠している

武士の失踪を指す場合もある

出奔には、武士が失踪するという意味でも使われます。江戸時代には、徒士 (かち・江戸時代の武士の一身分で、騎乗を許されず徒歩で戦う下級武士のこと)以上の武士が失踪することを指して使われていました。歴史小説などでみかける言葉です。

武士の出奔は仕えている大名家を飛び出すことで、所属する藩を抜け出す「脱藩」と同じ意味で使われます。脱藩は死罪となるほど重い罪で、血縁者が罪に問われることもあったということです。そのため、実行する際は相当の覚悟を必要としたとされています。

参考:デジタル大辞泉

出奔の例文

出奔の使い方について、例文をみて確認しておきましょう。

・店員がいきなり出奔してしまい、店長は困惑している

・両親に結婚を反対された彼は、恋人とともに出奔してしまった

・彼は東京に憧れて故郷から出奔し、実家とは音信不通になっている

・武士の出奔は重い罪になるが、幕末には黙認していた藩もあり、実際に坂本龍馬をはじめ多くの武士が脱藩をしている

出奔の類義語

出奔は、主に武士を描いた時代小説などでみられる言葉です。日常会話ではあまり馴染みのない言葉であるため、普段の会話やビジネス上では使いにくいかもしれません。

似た意味の類義語も覚えて、状況に応じて使い分けるとよいでしょう。

家出

家出(いえで)は、帰らないつもりでひそかに家を出ることです。主に、両親のもとにいる子どもや若者が家を出ていくこと、あるいは出ていったまま戻らないことを指します。行方をくらますという意味で、出奔とよく似た言葉です。

【例文】

・長男が家出してしまい、両親はひどく心配している

・彼女は身の回りのものをすべてかき集め、家族に書き置きを残して家出した

・警察が保護した中学生は、家出少年として捜索願が出されていた

駆け落ち

駆け落ち(かけおち)とは、 それまでにいた場所から逃げ出し、行方をくらますことです。ほぼ出奔と同じ意味ですが、駆け落ちは主に結婚を許されない男女がひそかに別の土地へ逃げることを指して使われます。

駆け落ちはもともと「欠落」と書き、貧困や借財などが原因で失踪することを意味していました。

【例文】

・彼の妻は勤め先の同僚と不倫をしたあげく、駆け落ちしてしまった

・娘の結婚に反対したら駆け落ちされてしまい、両親は途方に暮れた

・周囲の人に結婚を反対された彼は、彼女との駆け落ちを真剣に考えている

石川数正の出奔とは

出奔という言葉で有名なのが、徳川家康の重臣である石川数正の出奔です。長年、家康に仕えてきた石川数正は、小牧・長久手の戦いのあと、家康のもとを去りました。

ここでは、石川数正の出奔について解説します。

家康から秀吉のもとへ

石川数正は、徳川家康が今川氏の人質となっていた竹千代の時代から、長い間仕えていた重臣です。

天正12年(1584年)、家康は秀吉を倒すため、織田信長の長男・信雄と組んで「小牧・長久手の戦い」を行いました。この戦いの最中に、数正は家康に岡崎城(愛知県岡崎市)の城代を任されています。

戦いは8ヶ月におよび、両者の和解により終結しました。平和が訪れたものの、岡崎城代を務める石川数正が、豊臣秀吉のもとに出奔する事態が起こります。重臣で徳川家の軍事機密にも通じていた数正の出奔は、家康にとって大きな痛手となりました。

出奔した数正は、秀吉から和泉国(現在の大阪府南西部)の所領や河内国内に8万石を与えられたといわれています(※諸説あり)。

出奔の理由は謎

石川数正は家康が幼いころから仕え、忠誠を尽くす三河武士の代表といわれていました。数々の戦いで功績をあげ、筆頭家老となった忠臣が徳川家康から出奔した理由は史料にも記述がなく、謎とされています。

数正は徳川方の使者として何度も秀吉のもとを訪れており、その能力を評価して自ら進んで出奔したという説や、秀吉が和泉国の所領などの条件を提示して誘惑したのではないかという説などがありますが、どれも憶測の域を出ていません。

また、数正は家康の長男・信康の後見人を努めており、信康が切腹を命じられたことに対して不満を覚えたために出奔したという説もあります。

和正はその後、文禄2年(1593年)ごろに亡くなるまで、平穏に暮らしたということです。

出奔には2つの意味がある

出奔は、逃げて行方をくらますという意味と、江戸時代の武士が失踪するという2つの意味がある言葉です。逐電と意味は似ていますが、逐電の方はより早く逃げ出すというニュアンスがあります。

類義語には家出と駆け落ちがあるため、一緒に覚えておけば出奔の意味がより深く理解できるでしょう。

出奔という言葉は歴史上、徳川家康のもとを去った石川数正の話でも有名です。数正が出奔した理由は、いまだに歴史上の謎とされています。

構成/須田 望 

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