父親としては、我が子をかまってしまいがち
中村さんは現在15歳(長男)、14歳(長女)、8歳(次女)の3人の子どもの父親でもある。我が子にはどのように接しているのだろうか。
「父が僕に教えてくれたように、“するかしないかは、自分次第”ということは伝えています。ただ我が子だとちょっと変わってきますよね。僕はいろんな人に“成功体験だけでなく、うまくいかない体験を繰り返したほうがいい”と言っているんですが、我が子には先回りしていろんなことを教えてしまう(笑)。やっぱり、転んでほしくないんですよ。妻からは、子どもたちをかまいすぎだと言われます。でももう親離れの時期。僕が親からしてもらったように、成長を見守っていきます」
中村家は一つのチームなのだ。たくさんの苦楽を乗り越えて進化を続けている。『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』には、家族のことも書かれている。
第三子の出産の際、妻が第14週で破水し、前置胎盤だったために医師から「奥さまの命が危険な可能性があります。お子さんを諦めることも考えてください」と言われたことや、それをどのように乗り越えたか、妻への感謝と、命への讃歌が綴られている。
妻は大学時代から、中村さんを支え続けた。サッカー選手の仕事は多忙だ。川崎フロンターレのキャンプもあれば、日本代表選手になれば、何ヶ月も家を空けることもある。ワンオペ状態で2歳差の幼い子どもたちを育てることは、気力も体力も使う。
「家族にとってもチームにとっても妻の存在は偉大です。妻はポジティブで物事の判断が早く、意見をしっかりと言う。僕を信頼しているから、意見を言ってくれるのだと思っています。
やはり、家族こそコミュニケーションが大切なんです。話し合わなければ、何もわからない。特に子育ての方針は、両親の考え方が同じであるべきだと思っています。僕たちは、子どもたちにはそれぞれの人生あり、それには正解がないという思いで接しています。
だからこそ、子どもたちは、自分がどうありたいか軸を据えて、信念と自信を持ち続けることができると思うのです。家族が、よく会話をして、考え方を一つにしていれば、困った時にも助け合えるんです。これはチームの運営と同じことですが、家族は“素の自分”が出ます。似てほしくないところが似ていたりして、子育から得る気づきは、とても大きいです」
中村さんの妻は胆力がある女性だという。夫をいい状態でピッチに送り出し、時に叱咤激励し、現役時代を支えた。中村さんは、最大の理解者である妻に賛辞を惜しまない。一番近くにいる人に感謝することから、ウェルビーイングは始まるのではないだろうか。
(プロフィール)
1980年10月31日、東京都生まれ。中央大学卒業後、‘03年に川崎フロンターレに加入。’16年に史上最年長でJリーグ最優秀選手賞(MVP)を受賞。’17年のJリーグ優勝をはじめ、5つのタイトル獲得に貢献。日本代表としては2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ、国際Aマッチ68試合に出場。現在はサッカー指導者、解説者として、サッカー界の発展に尽力している。
『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』
中村憲剛著・木村謙介監修 小学館クリエティブ 1650円
「心って、一体なんだろう?」という簡単には答えが見つからない究極の問いを、著者と川崎フロンターレのチームドクターでもある医師・木村謙介さんが考察。悩みや生きづらさ、心にもやもやを抱える人の気持ちを軽くし、努力を続ける人の背中を押してくれる一冊。
取材・文/前川亜紀 撮影/五十嵐美弥