サッカー元日本代表・中村憲剛さんの著書『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』(小学館クリエティブ)が話題だ。18年間、厳しいプロサッカーの世界でピッチに立ち続けた背景には、心を強く「し続けた」ことがある。1回目では現役時代のエピソードを中心に、ビジネスパーソンや学生の読者の方が実践しやすい「心の強化法」を詳述した。2回目では、誰かの力を取り入れて、自分の中に眠れる力を引き出す秘訣を伺った。3回目の今回は、現役を引退した現在、感じていることや、人生をより充実されるための、心のあり方や考え方について紹介していく。
楽に流された先にある自分が許せない
2回目では、川崎フロンターレを優勝に導いて、真の自信が芽生えたという話を伺った。真の自信が芽生えるとどうなるのだろうか。
「チームメイトへの接し方が変わったと言いましたが、誰に対しても優しくなったかもしれません。視野が広くなり、他人はもちろん、自分がミスをしても広い心で受け止められるようになったのです。それまでは、やはりピリッとしてしまっていたんですよ。自分では寛容なつもりでしたが、態度に現れてしまっていた。それが、コミュニケーションを阻害していた。
自分の中にゆとりがあれば、相手とのコミュニケーションもスムーズになります。結局、信頼がないと人間関係はうまく行かないことが多いのです」
中村さんは、フラットな立場で相手と接し、人当たりが柔らかい。「この人に、嘘はつきたくないな」と思わせる力がある。そのリーダ力はどのように育てていったのだろうか。4月から管理職やリーダーになり、プレッシャーに悩んでいる人も多いことを伝えた。
「なんでしょうね、人を好きになること、相手を信頼することでしょうか。年齢を重ねて感じるのは、生き方に全てが出ると言うこと。僕は常に“中村憲剛”という姿勢を崩しません。これは、誰かから見られているからそうするのではなく、“生き方”がそうなるのです。その全てが、相手の心に伝わっていくんじゃないかと思っています」
つまり、行動規範を持つということだ。これはリーダーのみならず、社会人としても意識していきたいことではないだろうか。結果を出すことは、日常で瞬間を重ねた先にある。いい心を維持しようとすれば、法令違反や行儀が悪いこと、モラルから外れたことはしなくなるだろう。それにより、他者からの信頼が得られて、それが自信につながっていく。
中村さんは「易きに流れた先にある自分のことを昔から許せないんです。その怖さを知っているから」と続けた。だからこそ、後進たちに自身の経験を振り返りながら、指導をしていく。
「ずっと、僕がいるチームに来た選手や、その周りの人が幸せになってほしいと考えてきました。親元から離れてチームに入った若い選手、外国から移籍した選手……たくさんの不安もあるだろうけれど、ここは大丈夫だとわかってほしい。僕が、その人が安心して活躍できるような場所を作るのです。これを信じてもらうには、生き方で示すのみです」
中村さんの言葉は、心に届く。それには父親の教えもあるという。
「僕の父は、団塊の世代の企業戦士で、バリバリの広告マンでした。幼い頃から、“相手の目は見て、その人が何を思っているか感じながら会話をしなさい”と教えられました。それを続けるうちに、相手の思っていることがだんだんわかるようになってくるんです。
さらに、僕は指導者に恵まれました。人は最初に出会った人の影響を受けます。幼少期や育成年代に受けた経験は、その人の考え方を左右すると思っているんです。僕は強いチームにいましたが、基礎技術を重視する適切な指導を受けてきました。体罰の経験がなかったことも良かったと思っています」