創刊から38年、常に最前線でビジネストレンドを追いかけてきたメディア『DIME』と国内電通グループ約150社で構成される「dentsu Japan」がタッグを組んで、次のトレンドを探求する『DIME Trend Lab』。
第一回は、コロナ禍によって大きく変貌を遂げた「大学生のキャンパスライフ事情」に迫る。
対談をするのは電通グループで若者に特化したリサーチやプランニング、クリエイティブ開発を行なう「電通若者研究部(ワカモン)」に所属する小谷和也さんとDIME編集長の石﨑だ。
オンライン授業、ガクチカの変化、そして大学の就職予備校化――。二人のトレンドのプロはこのテーマから何を導き出すのだろうか。
(右)小谷和也さん
株式会社 電通データマーケティング局 プランナー
1991年鳥取県生まれ。大学から大阪へ。戦略立案を中心としながら、キャンペーン企画・ブランディング・PRなど幅広い領域に従事。また、若者専門のプランニングを行う社内組織の電通若者研究部(ワカモン)のメンバーとしても活動している。
(左)石﨑寛明
株式会社小学館 DIME編集長
1985年群馬県生まれ。2008年に小学館に入社後、広告局を経て、『DIME』に異動してからは家電・通信・IT・文具・マネーなどを手がけ、2013年より『@DIME』を兼任、2022年から『@DIME』編集長に。2023年10月より、雑誌『DIME』編集長も兼任。大学を卒業してから20年近く経っているが最近は新卒採用面接の場で学生と接することも増えてきた。
2024年は「キャンパスライフの就職予備校化」が進んでいる?
石﨑:小谷さんが所属する「電通若者研究部」とはどのような組織なんでしょうか
小谷:部署ではなく国内電通グループ内の横断的な組織になっていて、若者向けの研究やプランニングを担当する人をまとめたチームになっています。
いま、世代論を語るのは非常に難しく「若者」「Z世代」と一括りにして語るのではなく、価値観で分類した方がいいのではという意見もあります。そんな中、私たちとしては若い人は「次に来そうなこと/ものを捉えるのが上手な人たち」であると考えています。つまり、若者は半歩先の未来を知る手掛かりになる存在です。彼ら、彼女らの消費行動を研究したりプランニングをすることは企業にとっても社会にとっても有意義だと思っています。
「電通若者研究部(ワカモン)」に所属する小谷さん
石﨑:なるほど。『DIME』もヒット商品や今後のトレンド予測といったテーマを扱うことが多い媒体です。若い方々の消費行動に興味もありますし、大学発のベンチャー企業も最近次々と誕生しています。DIME編集長として本日は非常に楽しみにしていました。
早速ですが、今回のテーマである「大学生のキャンパスライフ事情」に焦点を当てた最新の調査はどうなっているのでしょうか。
小谷:直近の2024年調査結果で見えてきた傾向としては「大学の就職予備校化」です。企業の通年採用や早期インターンでの囲い込みが増えたことからか、大学に入学してから早々に就活を意識し活動する学生が増加しています。
背景には、コロナ禍で外出や他の人たちと関わる機会が減り、「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)がなくて就活で困ったという先輩たちの影響が大きいように思えます。
石﨑:そうですね。採用面接で学生と話す機会もあるのですが、例えばマンガ編集者を志望する学生が作家や作品について読み込んできていて僕も驚かされるくらいの知識がある一方で、何か障害を乗り越えてひとつのことをやり遂げたり、人との関係性の中での葛藤など経験的な部分のエピソードは少ないなと感じています。
小谷:はい。コロナ禍でガクチカがなくなった、というのは以前からよく言われている問題でした。おっしゃる通りその一方で何かを極めたり、好きなことに没頭したりして、それをガクチカの代わりにしている学生もいます。傾向としては、二極化してしまっているように感じますね。
「ビュッフェ型」により二極化する大学生の学び
石﨑:コロナ禍の話に戻ると、小谷さんが2022年に執筆した「キャンパスライフは “コース型” から “ビュッフェ型” へ!?」は非常に興味深い記事ですよね。改めて、ビュッフェ型のキャンパスライフがどのようなものか聞かせてください。
小谷:あくまでコロナ禍の学生たちをリサーチして立てた仮説なのですが、大きく二つの要因があると考えています。
一つが、やはりコロナ禍でオンライン授業が増えてきた際に時間や場所を選ばずに何かをするのが当たり前になったことです。これはかなりポジティブな話で、学生たちにとって好きな時間にやりたいことが簡単にできる環境が整ったということです。
一方で、「大学」という場所を中心に回っていたキャンパスライフの概念が崩れてしまった。これが二つ目です。当時、キャンパスライフは大学やサークル活動があり、そのスキマ時間を大学の近くで過ごすというのが一般的でした。時間だけでなく空間的にも大学がありきの価値観だったのですが、オンライン授業が主流になるにつれ大学外あるいは他の大学の授業も同等の選択肢になったんです。
「ビュッフェ型」と呼ばれる価値観が浸透したかどうかは別として、そういった価値観の変化が見えていたのは間違いありません。
石﨑:最近は海外の一流大学の講義もYouTubeに公開されていますよね。無料で世界中の一流大学の学びを享受できるようになって、やる気のある学生にとっては自分次第で学べる環境が充実していると思います。その一方で、コロナ禍に本当にオンラインの授業を真面目に受けていたのかというと、怪しい気がします。授業の動画はつけっぱなしにして他のことをしていた学生も多いでしょうし。言い過ぎかもしれませんが、そういう人にとっては「大学の講義」もNetflixやYouTubeの動画を見るのと同じ感覚なのかもとすら思います。
コロナ禍での学びの変化を改めて振り返る石崎
小谷:同じ「動画コンテンツ」ですからね(笑)。
石﨑:大学に行かなくなった代わりに、講義を受けることへの強制力が減ったんですよね。それによって学習の差はどんどん開いているのは学生たちを見て感じました。
小谷:そうですね。いろいろなことが並列的にできるようになるのは魅力的でもあり、本人の潜在的な力が試されるようになってしまいました。
学生をリサーチする中で学生の価値観の変化に気付き「ビュッフェ型」という仮説を立てたという
石﨑:ビュッフェでも、人によってはコレとコレを組み合わせてサンドイッチにしたら美味しそうという発想ができる人もいます。やる気とクリエイティビティ次第で、学ぼうと思えば何でも学べるし、要領よく遊んで終わらせた人もいるでしょう。その差が今後どうなっていくのか気になりますね。
「大学」と「企業」の価値観のアップデートこそが、新しいキャンパスライフの‶カギ〟になる
対談は盛り上がり、話は大学生から大学や企業、社会の課題に
石﨑:一方で、僕はその責任を学生にだけ任せていいのかと感じているんです。「ガクチカ」がないという学生の課題を大学はどこまでサポートできているのか。
小谷:その点で言うと、学生に大学の外の体験や接点を提供しようとしている大学もありますので、大学によってどんどん差が出てくるかもしれません。
石﨑:最初に「キャンパスライフの就職予備校化」の話がありましたが、僕は就活やインターンが長期化することについて、どちらかと言えば否定的なんです。
就職することをゴールにした取り組みに貴重な大学生の時間を費やすべきなのかと個人的には思っていて、時間のある学生時代にしかできないことだったり、その時だからこそできた一見ムダに思える経験も後の仕事にいきてくるかもしれないし、その人の個性になってくるのではないかと思っているんです。
企業側も就活エリートを囲い込むより、もっと仕事にあまり役に立たなそうな経験や知識をもった学生も評価するべきじゃないのかなと。それを受け入れてこそ多様性ですよね。
編集長として企業視点の課題を指摘する石崎
小谷:そうですね。就活が通年採用になったり、インターンの早期の囲い込みが増えてきているので、今の学生は入学してすぐに就職を意識してしまっています。そういった意味では、ガクチカをサポートしてくれる大学の需要はあると思います。
ただ、学生としてもやっぱりそれだけがすべてではなく、ガクチカではない自分自身の経験を求めていると見える部分もあります。
「ワカモン」では学生プロジェクトを監修させてもらうこともあるのですが、学生もなるべく自由があるうちに、失敗してもいいからやりたいことにチャレンジしたいという思いはあるようなんですよね。
石﨑:哲学専攻や歴史専攻など、いまの就職事情では不利だと言われている学問であっても最近流行りの企業のパーパスを考えるとかには向いているかもしれない。いろんなバックグランドの人がいるからこそできたという成功のロールモデルを見せてあげることが企業側にも求められていると思います。それができれば学生たちももっと自由な学びに時間を費やすこともできるようになる。そうなると「ビュッフェ型」を活用して、好きなことをとことん追求する学び方もできるようになりますね。
小谷:学生は学外の活動を「ガクチカ」と考えてしまっています。でも、何かを突き詰めた行動というのは自分の専攻の学問であっても評価されるべきだし、突き詰めたものであれば実際に就活時に評価されるとも思います。あまり深く考えずに学びたいことを学び、人と違うレベルまで行くのもいいんじゃないでしょうか。
企業としても、そういった面を評価した方が素晴らしい人材を取れる気がしますからね。
石﨑:企業も「多様性」を求めるのであれば、様々な評価軸を持ってほしいですね。
小谷:コロナ禍を経て、オンラインでの学びの場が増えました。「ビュッフェ型」のような新たな学びのスタイルで何ができるのかは、学生だけでなく大学や企業も改めて見つめなおして取り組まないといけないと思います。
石﨑:企業が学生や大学に歩み寄るべき必要もありますね。大学は無数のアイデアの種がある場所だと思います。それをどうビジネス活かすか、最近少しずつ増えてきましたが、もっと企業と大学が連携したプロジェクトが生まれてくると、シリコンバレーがスタンフォード大学を中心にあるように、日本でもいい感じのエコシステムは生まれてくるはずです。ぜひ期待したいところですね。
大学生、大学、企業が作り上げる新しい可能性に期待する二人
取材・文/峯亮佑 撮影/篠田麦也